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11話 嫉妬

 午前中の授業が終わり、あと2時限頑張れば解放されると喜びながら昼食を取ろうとしたときだった。
「理真、一緒に食べない?」
 明るく私に声掛けてきたのは夏実だった。彼女は独りの私を心配しているのか、最近よく声掛けてくる。私のことより、他の友達のもとへ行った方が絶対に楽だと思うのだが。
「別にいいよ。」
 まぁ少しくらいならいいだろうと思い、机の上にあるコンビニのおにぎりやサンドイッチを自分の方へ引き寄せた。
「理真、やっぱりお弁当作る時間ないんだね。」
 私の机を挟み、向かい側に椅子を反転させて座った夏実は、私の昼食を見て小さな声で言った。私が彼女の弁当箱に目をやると、そこには彼女の母が作った愛情のこもった食べ物がぎっしりと詰められていた。それに対して、私は大量生産されたおにぎりとサンドイッチ。まるで今の状況を表しているようだった。彼女の心には愛情がぎっしりと注がれていて、私は何もない。空っぽだ。
「あたしのママに、お弁当もう1つ作ってって頼もうか?」
「い…いいよ!そんなことしてもらわなくて!あたしコンビニのおにぎり、結構好きだし。時間とか余裕ができるようになったら自分で弁当作るから。」
 嘘つけ、どうして私はこれほどまでに強がっているのだ。時間とか余裕とか、もう一生作れないのではないか?呼吸しているだけで精一杯なのに。
「…3回目。」
「え?」
「ため息。今ので3回目だよ?」
 夏実の大きな瞳が私の心を探ろうとする。やめてくれ。私はもうボロボロで泣きたい気分なんだ。
 何とも言えない妙な空気を打ち破ったのは、携帯電話の着信音だった。それが私の携帯電話から発せられているのに気づき、余計に驚いた。
「マナーモードにしておきなよ!授業中だったら没収されてたよ?」
「ご…ごめん。」
 初めて強い口調で夏実に言われ、少し身構えた。しかし夏実はそれ以上は何も言わず、私の携帯電話を見つめていた。
「誰から?」
「さ、さぁ。あたし、あんまりメールとか来ないから、マナーモードとかにしてなくてさ。それで…こう…」
 ここで言い訳を始める私は本当に馬鹿だ。自分で言っていて恥ずかしくなる。
「見てみたら?迷惑メールとかかもしれないけど。」
「そ、そうだね。」
 私は夏実に見られ、緊張しながら携帯電話を開く。受信ボックスを開き、メールの送信主に目をやった。
「セ!?」
 目を見開いて思わず大きい声で名前を言いそうになってしまった。送信主はセナからだったのだ。
「せ?」
「あ。先輩だよ。」
 夏実に笑顔でそう答えると、画面をスクロールさせてメールの内容を確認しようとした。こんな時に何のメールだろうか?まさか彼女の家に泊まってくるとか、そういう断りを入れるためのメールか?はっきり言ってメールを送信するタイミングが悪過ぎて腹が立つ。無愛想なことを言うようだが、彼女の家に泊まりたいのなら勝手に泊まればいいだろう?私が心配していると思っているのか?アホな奴だ。
 そんなひどいことを考えながら、私は本文に目をやった。

   “元気?”

 …それだけ!?ふざけているのか!?こんな小学校の健康観察みたいな質問。もしかしたら暇してるのか?だからと言って私に携帯電話越しに絡まないでほしい。そういうメールは彼女にしろ!

   “はい。元気です。”

 小学校の健康観察を思い出して、少し現実から遠退きながらメールを送信した。
「理真。今のメール送信してきた先輩って男?」
 急いで携帯電話の画面から顔を上げた。夏実は口角を少し上げながら大きい瞳で私を見つめる。
「え…。」
 男?っていうか、アイツは人間ではないから正直人間の男と女で分類して良いのか、良く分からないのだが…。やはり男なのか?そうだ。彼女がいるということは男だ。だが根本的に人間ではないから…。
「男なんだ。」
「えぇ!?」
「その人、先輩なんでしょ?何歳?」
「20…過ぎかな。」
「へぇ。大学生とか?」
「いやいや。社会人。」
 …アイツは社会人だったのか。自分で言って初めて知った。それにしても夏実はセナに興味を示しているようだ。
「へぇ。でもよかった。男でも、理真の相談に乗ってくれそうな人がいて。」
「え?」
 夏実は興味を示していたわけではないことを、私は思い知らされた。
「あたしじゃ、まだ幼いだろうし。相談相手にはなれないと思うから。」
 私のことを気遣ってくれたのか?気遣ってくれたということは、気を配ってくれたことになる。迷惑を掛けたことになる。
「ご、ごめんね!あたし…」
「メール。来ないんだったらあたしが送ってあげるから。」
 そう言って夏実は私にコンビニのおにぎりを手渡した。
「いいよそんなわざわざ。」
「メールくらいいいでしょ?」
 彼女に強引に押される私。
「だって友達じゃない。ほら、いい加減おにぎり食べたら?あれ、また鮭?これで何日目よ。」

 友達。友達だったんだ。それにおにぎり、夏実はずっと私が1人で鮭おにぎりを食べているところを見ていたのか。私は無意識に友達登録番号2番を作っていたらしい。

 昇降口のロッカーからローファーを取り出すと、乱暴に地面へ落とした。下校時間になったものの、ほとんどの生徒は部活動があるため、昇降口は比較的静かだった。教室の中で笑いながら会話をしている生徒の声が私の耳に届く。本当に幸せな人たちだと妬むように思った。こんなことしか考えられない自分に腹が立って仕方がない。性格が悪くなりたいわけではないのに、私の思考回路はひねくれ者の思考へと変わろうとしている。
 今の私は「最近苦手だと感じている人は?」と尋ねられたら真っ先に「自分だ」と答えるだろう。自分の扱い方が分からなくなってしまったのだ。ついこの間までだったら、「高校生って難しい」という結論に辿り着いて終わりだった。しかし今の私は「両親が死んだから」ということにして甘えている。両親が死んだのだから、少しくらいは仕方ない。少しくらいは許してよ。そういう積み重ねで私は駄目な人間へと変わっていってしまうのだろう。きっともう元には戻れないのだ。

 校舎から出て校門に近づいた時だった。女子生徒の騒ぐ声が聞こえた。それも2,3人ではない。結構まとまった人数らしい。だいたい予想がついた。私の学校は女子生徒の人数が圧倒的に多い。他校に彼氏がいる生徒の割合が多いのだ。きっと他校の男子生徒が彼女を迎えに来たに違いない。案外その彼氏の顔がよかったのだろう。こうして女子生徒が集まり、こういう状況ができる。
一般的に言うイケメンが嫌いではない私は、一瞬見る程度なんだから大丈夫と自分に言い聞かせて校門から出た。そして早技で女子生徒たちの声のする方向へ目を向けた。そこには茶色の髪に黒いジャンバーを着た、背の高い青年が立っていた。その周りの女子生徒たちはチラチラと青年に目を向けては高い声で歓声を上げている。私も思わず彼の姿を見て通り過ぎるはずが、青年のいる校門に背を向けて立ち止まってしまった。あれは見るからに高校生ではない。立派な大人だ。まさか私と同じ年代の彼女がいるのか?犯罪だ!格好が良くて美青年でも許されないことはあるのだ。
私は恐る恐る青年のいる校門に振り返った。やはり最初に目に入るのは明るい茶髪。そして綺麗で鋭い瞳。あれ…どこかで見たことがあるような気がする。この目。
 下から上へ青年を見上げた。彼も私をじっと見つめている。…なんてことだ!セナじゃないか!
「理真ちゃん。」
 嬉しそうに笑って私に近づいて来る、つい先程まで私が美青年だと思っていたセナ。どうしてセナがここにいるのだ?まさか、彼女があたしと同じ学校なのか!?誰だ?こんなアンドロイドにだまされている子は!
「彼女って、この学校にいたんだ…。」
 周りの女子生徒たちに気づかれぬよう、小声で彼に言った。
「え?違うよ。理真ちゃんのところ待ってたんだよ。」
「なんで?暇してたから?」
「今日はちゃんと仕事したよ。その帰りだったからついでに。」
「じゃ、なんで小学校の健康観察みたいなメール送りつけてくるの?あぁいうのって迷惑メールって言うんだよ。」
「だってー。」
 セナに対して美青年だとか、格好良いだとか思った自分が嫌になる。何だか敗北した気分だ。
「今度からここに来ないでね。知り合いだと思われたら嫌だから。」
「ねぇねぇ。それよりさ。」
 それよりってどういうことだ?私の話をちゃんと聞け。
「遊び行こ?」
「は?」
「だから待ってたんだよ。2時間も。」
「に…2時間?」
 逆算していくと、彼は午後1時前後からここで私を待っていたことになる。その時間私は昼休みで…まさか。
「理真ちゃんにメール送った時からここにいた。」
「…え?」
「案外仕事が午前中で終わっちゃってさ。オレ優秀だから。」
「仕事ってどういう内容の?」
 聞いてはいけないことだと分かっていた。
「…壊してきた。」
 彼が低い声でぽつりと呟いた。伏し目がちにした目はまつげが長くて、その奥にある瞳は潤んでいるように見えた。もしこの場で泣き出されたらどうしようという恐怖のようなものが私の中で駆け巡った。
「だからさ、オレの気分転換のためだと思って少し付き合ってよね?」
 彼がアンドロイドであれ、苦しむ気持ちは私が一番良く理解している。それに1人だった私を助けてくれたのは彼だ。
「少しだけならいいよ。」
 上から目線で答えた私。しかし本当は、彼は自分の気分転換のために私を誘ったわけではなかった。私のためだったのだ。私はそれに少しも気づかず、偉そうに彼に言い放った。

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