アスタラビスタ 4話 part3
私は頭を働かせる。彼との今までのやり取りを、私は分析する。
ある程度予想はしていたが、彼の力は私とは比べものにならないほど強い。想像より遥かに打撃が強かった。なるべく彼の技には触れたくない。薙刀で受けるのも危険だ。あの重たい一撃を薙刀で受けたとして、もし連続技で立て続けに違う場所を狙われたらどうする? 重い一撃を受けてから彼の速い攻撃を防ぐには、今の私では防御が追いつかない。彼のペースにはまってしまえば、攻撃を受けるだけのサンドバックになってしまう。
彼に連続技を使われないよう、なるべく彼の間合いに入らないようにしよう。彼は私より背が高く、腕も長い。リーチは私以上だ。彼の攻撃が届かないよう、間合いを空ければ、当然ながら私の攻撃も彼に届かなくなる。
私も、ある程度動いて自分の身体の調子がよく分かった。一歩で相手の間合いに入り、打突を狙う踏み込み技は、今の私の脚力と体力では難しい。そして、打ったという証拠となる「残心」は僅かに身体の停止が必要だ。だが、今の私の筋力では、その間も作り出せない。ならば踏み込み技は雅臣に狙われるリスクを生むだけだ。使わない方がいい。
やはり大技にはなるが、持ち替え技である八相に構え、側メンや脛を狙うのが、今の私のベストな戦い方だ。
私は大きく息を吸いこむ。そして彼の攻撃範囲へと大きく飛び込み、それと同時に薙刀を持ち替えて八相に構えた。頭の中の戦略は組み終わった。あとは時を待つのみ。
私はスネを狙った。身体をさばくのと同時に、薙刀の切先を彼のスネ当てへと走らせる。だがふと、私は彼との間合いが計算と異なることに気がついた。
雅臣が予想の半歩、私から離れていたのだ。
咄嗟に思考を巡らせる。私から少し遅れて八相に薙刀を構えた雅臣は、にやりと笑っていた。
雅臣は私の考えを見抜いていた。私が彼を攻撃できる距離は、彼よりも短い。その僅かな距離を彼は私と同様把握していた。私の攻撃が届かない距離で、なおかつ自分の攻撃が届く距離を、雅臣は既に見抜いていた。
私の技が彼の脛へと僅かに届かず、薙刀が空振りしたことを確認してから、彼は着地した私の右足を狙うつもりだ。
彼のスネ当てへと届かなかった薙刀の切先が、大きく彼の身体の前を通り過ぎて行く。遠心力に振り回され、私はなかなか体勢を戻すことができない。
彼は、彼の目は、私の脛を狙っている。分かっているのに、防御もできない。薙刀を再び自分の身体に引き付けることができない。間に合わない。
やはり雅臣の薙刀は私のスネ当てへと振り下ろされた。
僅かに躊躇する。だが、こんな時に何かを渋る余裕なんて、本当はないことを理解していた。
狙われている右の膝を大きく曲げる。それは一瞬だった。そして、きっと与えられる痛みも一瞬だと信じて、その痛みに備えた。
バチンと薙刀が跳ねる音がした。それは肉塊に当たり、跳ね返る音だった。
「い、今、雅臣のスネ、入ったよな!」
圭は清水に尋ねた。
「いいや、あれは、雅臣が外したね」
清水のその言葉に、雅臣の技が有効にならなかったことを確認した。
私の膝から薙刀をすぐさま離し、私から間合いをとって中段に構えた雅臣は、不安そうに私を見つめた。
「……雅臣が外したというより、紅羽ちゃん自身が自分の打突部位を守るために、わざと生身の膝を打たせたね。へぇ、意外とガッツあるねぇ」
清水の言う通りだった。私はわざと雅臣の狙いを外すために膝を曲げ、有効部位ではない、防具のない場所を打たせた。防御も回避も間に合わないと思ったからだ。
膝が動かなくなるほどの痛みに、唇を噛む。反射で涙がじわりと溢れ、視界がぼやける。本来、こんな捨身の戦い方は好ましくない。だが、私には何もないのだ。守らなければならないルールもない。教えもない。スタイルもない。
使えるもの。何かを捨てて、勝利が近づくなら、そうする他手段はない。
雅臣は心配そうに私の様子を窺っていた。だが、私は「大丈夫」という返事を、言葉ではなく、技で返した。彼のメンを容赦なく狙う。それを彼は薙刀で防ぐと、私が大丈夫であることを感じ取ったのか、先ほどの鋭い目つきへと表情を戻した。
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