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アスタラビスタ 3話 part3
大学に面した大通りを、私たちは並んで歩いていた。圭は大学の正門を出てすぐに私の腕から手を離し、私に歩調を合わせた。
大通りのどこからか、クラクションの音がする。鳴り止まない車の走行音をうるさく感じるようになったのは、つい最近だ。昔は雑音に耳を傾ける暇も余裕もなかった。だが今の私は、まるで感覚が敏感になっているかのように、昔見えなかったもの、聞こえなかったものを感じるようになった。
それが良いことなのか。悪いことなのか。ただ分かるのは、感じ取ることができるようになったもの以上に、感じられないものが増えたということ。
「そういえば、紅羽って何年生なんだ?」
おそらく雅臣や清水のいるマンションへと向かっている圭が、大きな目をギョロっと動かし、私の顔を覗き込んで尋ねてきた。
「……三年です」
「俺も大学三年! なんだ、同い年だったのか! やったぜ! 他大学に女子の友達ができた!」
圭も大学三年だったということに驚いた。てっきり私は、彼を年下だと思い込んでいたのだ。言動も無邪気で子供っぽさがあり、何より容姿が幼かったから、同い年とは予想もしていなかった。
「しかも武術ができる子かぁ! 俺、感動しちゃう!」
なんの脈絡も前触れもなく、突然「武術」と言う言葉が飛び出し、私の頬は僅かに痙攣した。
内心、またその話題なのかと辟易した。
「武術ができる人なんて、どこにでもいるじゃないですか」
剣道をやっていた。空手をやっていた。柔道をやっていた。そんな人間は私以外にもいるし、別に珍しくもない。
冷たい私の言葉に、圭の笑顔が消えた。胸の高さにある、嬉しさから作られたガッツポーズを示す拳が、力なく落ちていく。
「確かにお前が言う通り、武術ができる人間はたくさんいる。だけど、お前は他と少し違う気がした」
違う、とは一体何なのか。先ほどとは打って変わって、真面目な声色で話をする圭の、次の言葉を待った。
「俺はお前に襲われたから分かる。あの時お前は憑依されていて、まったくの別人がお前の中に入っていた。だけどお前の表情を見て、お前は別人格で戦う人間のような気がした」
彼の目が私を射抜くように見つめてくる。思わず私は彼から視線を逸らし、地面へ目を移した。
似たようなことを言われたことがある。初めてではなかった。
「狂気的だ……ということですか」
圭は私の困惑する様子を見て、私がそういったことを言われるのが初めてではないと気づいたのか、少しの間の後、勢いよく首を横に振った。そして大声を出して笑った。
「違う違う! ギャップがすごくて、まるで別人だなって思っただけ!」
あからさまに取り繕うので、何だか彼に悪いことをした気分になった。
私は薙刀を辞めてから、武術や武道の話が嫌いになった。薙刀のことについて褒められ、羨ましがられても、それは今の私ではなく、過去の私のものだった。過去の私を褒められるたび、今の私を否定せざるを得なかった。
今もそうだ。圭は、薙刀という言葉や武術という言葉に食いついてくる。今の私ではなく、過去の私に興味を抱いている。
彼ら……雅臣や清水も、そうだったのだろうか。今の私にではなく、過去の私、薙刀をやっていた私に興味を抱いたから、いつでも遊びに来いなどと言ったのだろうか。
「紅羽は何歳から薙刀やってるんだ?」
心がえぐられていく。今の私は必要とされていないような気がして、苦しくなる。
「……中学の部活から始めたので、十二歳くらいからです」
この気持ちは、おそらく誰にも理解してもらえないのだと思う。現に今の私に魅力がないことは事実で、過去の私の方が魅力的だったということは変えられない。
「いいな。俺は小学生の頃からサッカーやってたから、そのままサッカー部に入ったけど、今思えば、武術とか選んでたらよかったな。清水みたいに剣道でもできたら、きっと楽しかったんだろうな。勿論サッカーも楽しかったけどさ」
武術なんて、もう興味はない。やっていたのは過去の自分。そう思っているはずなのに、私は圭の言葉を聞き流すことができなかった。
「え? ちょっと待ってください。清水さんって、剣道やってたんですか?」
どうして私は他人の武術についての話に食いついたのだろう。武術が嫌いだったんじゃないのか。
「そうだよ。小さい頃からやってたらしいぞ。あと、高校卒業してからは古流剣術やってたって言ってたな」
驚いた。あのおおらかそうな清水が、武術をやっている人間には見えなかった。纏っている雰囲気も、武術で礼儀を叩き込まれたものには感じなかった。普通ならばストイックになり、堅い印象の人間になる。だが、清水にはそれを感じなかった。
「……なんだ、血が騒ぐか? 腕試ししてみたいか?」
圭はニヤニヤと笑みを浮かべながら、顔を近づけてくる。
「ちなみに、あいつかなり強いぞ。古流やってたから、いろんな技知ってて、正規身体提供者の中でも二番手くらいの強さだぞ」
彼をよそに、真っ直ぐに続く大通りの先へと目をやる。別に清水が強いからどうだというわけではない。
……ただ、私が一番強かった頃、もし清水と対峙していたら、私はどれだけ戦えただろうか。
そんなことを頭の隅で、ほんの少しだけ思った。
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