2024年8月20日(火)

その日にアップできなかった日記を後から1日ずつ書こうと思ったがもう1週間も溜めてしまったので諦める。ここに拘っていたら日記をやめてしまうだろう。諦めが肝要だ。

さて、この1週間何をしただろうね。いくつか映画を観たことは確か。ピエール・フォルデス監督『めくらやなぎと眠る女』、黒沢清監督『蛇の道』、ギヨーム・ブラック監督『宝島』。どれも良かったが、『蛇の道』はとりわけ良かった。一つ一つのショットに見応えがある。一つのショットの中でピントを合わせる対象を変える。終わりのない復讐、「本当に苦しいのは終わらないことでしょう」。先の見えなさとピントの合わなさ。

16日、京都は送り火だった。これがあるからいい街だと思う。

これを書いている今は東京にいる。厳密には池袋の高速バス乗り場にあるベンチに座っている。乗らないのに。7時になったらいろんな店が開く。

また就活の事情。御社でランチセッション。何の意味があるんだか。就活なんてあほらしいと、やりながら思う。じゃあ就活しなかったらどんな道があるんだと言われるとわからない。公務員くらいしか浮かばないが、それにしたって試験も面接もあるだろう。芸能関係か文筆業しか思い浮かばない。

深夜バスはつらく苦しかった。前に乗ったときはそうでもなかったのだが、ついうっかりコーヒーを飲んでしまい眠れなかった。故に精神衛生に問題が発生し、かなり気分が落ち込んでいる。端的に言って寂しい。夜には帰るから誰かに会うつもりもなかったのだが、今からでも誰かに声を掛けようか。

街が臭い。東京の臭さは何なのだろう。人がたくさん住んでいるというだけでこんなに臭くなるのか? 京都はなぜ臭くないのだろう。

8月は忙しすぎる。自分のせいだが。何もない1ヶ月はもう、退職するまでやってこない。悲しいことだ。暇に最上級の価値を置く私としては、これ以上悲しいことはない。絶望だ。

ドトールの看板が見える。そういえばこの前の日曜日は近所の喫茶店で千葉雅也の『デッドライン』を読んだのだった。主人公はドトールで論文を書いていた。いくつかの文章が書かれたページ数をメモしたのだが、本自体を今持っていないので書けない。明日か明後日の日記で書こう。

メモのアプリを見返してみる。

傘を忘れた。どこで忘れたかとんと見当がつかぬ。コメダを出るときに傘をちゃんと持ったのははっきり覚えている。その後、歩いて河原町オーパの8階にあるブックオフに行ったときは…どうだっただろうか、覚えていない。しかしその間に傘を置くような場所はなかった。持っていたのだろう。歩いて京都シネマへ…座席に忘れたか?違う。思い出した。発券後ベンチにしばらく座っていたのだった。そこに忘れたのだ。ああすっきりした。

こう書いてあった。傘をなくしたんだった。予備は、というか前に買ったままのやつが家にいくつかあるから問題はないのだが、ビニール傘にしては握りも長さもちょうどよかったから気に入っていたのだが。この失くした日、出かけた最初しか雨が降っていなかったのでその後は「どこかに忘れるなよ」と念じながら行動していたのだがダメだった。建物を出るときに意識していたら、建物の中で既に失くしていたのだった。

もう書くことがない。もうすぐ7時だ。あと数分、ツイッターでも見て過ごそう。

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