幸せな陰謀論者(短編小説)
「…という事で、真実を知らない人間は政府の言いなりになって、一生搾取されて生きるのです!皆さん!今こそ真実に目覚める時です!」
そう言った男は、力強い言葉と共に勢いよく腕を上げる。会場中が熱狂の渦に包まれる。僕も腕を上げ、声を上げる。客観的に見れば、僕のこの渦の中で踊っていたのだろう。しかし、僕の心は渦の外側にあって、とても滑らかな気持ちになっていた。
このセミナーは、いわゆる陰謀論を扱うセミナーで、ゴマくさい集団が運営する、詐欺まがいの集まりだった。高い参加費を払って、訳の分からない話を聞かされる。正直、何を言っているのかよく分からない。家で眠ってしまった方が、よっぽど幸せだ。
それでも僕がこの集まりに参加するのは、ここに友達がいるからだ。齢42の男は、こんな手段でしか友達を作る事なんか出来ない。
「ピーター博士の演説、熱が籠ってましたねえ!多くの人に真実を届ける熱意、もうビンビンに伝わってきましたよ!」
「いやあ本当ですねえ。」
「僕らが真実を多くの人に届けて!人々が目覚めて!この世界を巻き付けている鎖を!解き放つ!こんなにワクワクしたのは産まれて初めてですよ!」
「僕もですよお。本当にワクワクしますよねえ。」
陰謀論に染まっている人間は、喋りたい人間だ。世の中に何らかの不満があって、それをぶち撒けたい。吐き出してしまいたい。そんな心のエチケット袋が陰謀論だ。
僕はただそれを聞いているだけでいい。時々、共感しているテイの相槌を打ったりすればなお効果的だ。何か質問をされても、主催者の本を読んで、それに沿って話をすればいい。それ以上の知識なんて、ここにいる人は持っていないのだから。
それに、ここにいる人々だって、お茶を飲んだりケーキを食べたりする。そういう時は、陰謀論以外の話もしたりする。大抵面白くはないんだけど、僕も面白くないから丁度いい。メンバーの中にはお酒が好きな人もいて、その人と一緒に呑んだりもする。
この界隈は入れ替わりが激しいから、後腐れもない。皆、陰謀論に飽きていく。いや、変わらない世界に飽きていく。自分たちが壁に向かって喋ってる事に気づいた奴から辞めていく。
けど、僕にとって陰謀論は、実に都合の良い友達作りのコミュニティだ。僕の人間性が空っぽで、何ひとつ面白みのないという事がバレない。普通の友達作りだと、共通のトークテーマとかがいる。あるいは、下らない身の上話とかを聞かないといけない。
もし、陰謀論がなくなったら。僕はひとりぼっちになってしまうだろう。会社の席に座って、つまらない仕事をして、つまらない顔で家に帰る。家に帰っても、暗い部屋で冷凍食品を食べて眠るだけ。休日は何をしていいのか分からないから、近所をぐるぐる散歩する。徘徊老人って、こういう奴の成れの果てなんだな、と最近気づいた。
ある日、ひやかしで陰謀論のコミュニティに参加した。今思えば、それくらい病んでいたのだろう。しかし、そのコミュニティの人々に僕は奇妙な安心感を覚えた。彼らは皆ロボットのようで、目の奥が真っ黒だった。この年になって恥ずかしいのだけれど、僕は誰かと喋る時に、申し訳なさを感じてしまう。僕なんかと話しても、面白くないだろうな、と。この人たちには、不思議とそういう気持ちが湧いてこなかった。台本がどこかにあるみたいに、スラスラと話す事が出来た。僕は人生で初めて友達を得た。
陰謀論の内容には、いまだに一切の関心が持てない。僕にとって、この世界で守りたいものとか、残したいものとか、そういうのが全く無いからだ。陰謀論に染まってしまった人々は、そういう思いが強すぎる人なんだと思う。
けど、僕はこの場所で初めて孤独じゃなくなった。それは、とてもとても細い糸だ。すぐに千切れてしまうかもしれない。けど、それでもいい。今はこれに縋るしかない。
「来週のボランティア、参加しますか?」
「ええもちろんですよお。その後、食事でも行きませんかあ?」
「いいですねえ!皆も誘いましょう!」
こんなやり取りができる人達と巡り会える日が来るとは思わなかった。金は無くなったが、人生で初めて僕はそれなりに幸せだった。
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