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綺麗な廃墟モール(短編小説)

そのショッピングモールは何年も前に潰れた。けれど、土地の権利の問題があったらしく、いまだに解体すら出来ていない。

ここまでなら良くある話だと思う。けれど不思議なのは、そのショッピングモールがやたらと綺麗である、という事である。中に入るとまるで開店前のように清掃が行き届いていて、塵一つない。けれど、運営会社はすでに倒産していて、掃除夫を雇う事は出来ないはずだ。つまり、誰かが自主的に潰れたショッピングモールを掃除している、という事なのだ。

この話の真実を確かめるべく、私は電車に揺られバスに揺られ、目的のショッピングモールまで足を運んだ。駅から徒歩12分と微妙な立地が目立つそのモールは、外から見ると手入れが行き届いているとは思えない禍々しさがあった。様々な色の落書きや壁の変色、無許可で貼られたであろう出会い系のポスターなど、廃墟らしい廃墟といった見た目であった。

中に入るため、私は事前に許可を得ていた。土地の権利を主張されている1人である佐藤さん(仮名)は、先祖代々の土地を運営会社に貸していた。しかし、広さが足りなかったので隣の土地を同じく土地持ちだった鈴木さん(仮名)に借り、モールの建設が始まった。しかし、長い時間が経つにつれ、佐藤さんと鈴木さんの土地の境界線が分からなくなり、どちらにどのくらいの面積を返せばいいのか?という争いに発展した。今でも法的闘争は続いている。「最高裁まで争うと思うんで、解体は先の話ですね。」と佐藤さんは苦々しく言った。

「本当はね、早く解体して、新しい人に貸したい。そうじゃないと、税金ばかりかかるからね。」

「払ってる税金の額から土地の境界線が分からないものなんですか?」私は思わず聞いた。

「驚くかもしれんがね、今争ってる境界線は凄く小さな話でね。税金はそんな細かい所までは対応していないのだよ。私もね、正直鈴木さんがそこまで言うなら譲ろうとも思ったのだけど、これはもう会社としての話でね。舐められたら終わりだからね。もう今はプライドの話なんだよ。」

「….なるほど。無事に解決するといいですね。」

くだらない、と言いかけたがその言葉を私は必死に飲み込んだ。

佐藤さんは物々しい鍵を開けて、私を中に案内してくれた。実際、鍵は太く大きく、市販の電鋸では開けられそうもない。これくらいしないとイタズラで中に入られてしまうそうだ。

従業員入り口は埃っぽく、本当に手入れされているのか不安になった。もしかしたらガセネタをつかまされたのかもしれない。

「ガセネタか?と思っただろう。けど、掃除が行き届いているのは売り場だけなんだ。お客様のいる所だけ。見れば分かる。」

佐藤さんは怪訝な顔をした私を察してか、言葉を紡いだ。中にはもう電気は通っておらず、佐藤さんの懐中電灯の明かりだけが頼りだった。

「ここが売り場入り口です。開けますよ。」

勿体ぶったような言い方で佐藤さんがドアに手を当て、ぐっと押す。売り場の中が見えた時、私は思わず息を呑んだ。

まず驚いたのは売り場内は電気がついている、という事だ。そして床には埃一つなく、均等にワックスも塗られている。覗き込むと、うっすらと自分の顔が見えるほどにピカピカだった。遠くからゲームセンターの筐体音がやかましく聞こえてくる。観葉植物も青々として、まるで生きているかのようだ。

このモールで今唯一足りていないものは店だけだろう。テナントは全て綺麗に片付けられていて、売り物は何一つない。

「さあ奥まで行こう。ああ、靴を脱いでくれないか?」

「靴を、ですか?」

「汚したくないんだよ、こんなに綺麗なんだからさ。」

言われた通り私は靴を脱ぎ、中を見て回った。見れば見るほど驚きが積み重なっていった。噴水は美しく曲芸を見せていた。エスカレーターに乗ると、注意の自動音声案内が流れた。自動販売機ではコーラが買えた(賞味期限も切れておらず、ひと口飲んでみたが普通のコーラであった)。

「だ、誰がこんな事をしているのですか?」

私は段々と恐ろしくなり、佐藤さんに真実を聞こうとした。

「分かった。では真実を話そう。こちらへ。」

佐藤さんは私を奥の部屋へと案内した。売り場に入った際に使ったドアと、対極の地点にある別のドアを開けると、そこには白髪の老人がいた。

「ああ、佐藤さん。そちらは?」

「東京からモールの見学に来られたそうだ。」

「そうかい。どうも、鈴木です。」

「す、鈴木さんって…。」

「私たちはね、いつの日かこのモールに人が帰ってくる事を願っているのさ。ここには本当にたくさんの思い出があるからね。それで、無理矢理難癖をつけて解体を先延ばしにして、その間に他の運営会社に入ってきてもらえないか交渉しているんだ。その時に、廃墟みたいなモールだったら買い手もつかないだろう?だから佐藤さんと協力して掃除しているんだ。」

「な、なるほど…。」

「けどいいのか佐藤さん。こんな若造に真実を話して。」

「なあに、実は鈴木さんに言っていない事があってさ。昨日、マルショーとの商談があってさ、モールの運営、考えてもいいとさ。」

「本当か!」

「けどほら、このモール外まで手が回ってないだろう?」

「…なるほどなあ。」

「え?佐藤さん?何を….。」

「まあ色々と見せてあげたんだからさ。それくらいやってくれよ。な?分かるだろ?」

押し問答の末、結局私は外壁の落書きを消し、貼り紙を剥がす事になった。そうしないと帰れなさそうだったからだ。幸い、高圧洗浄を貸してくれたので案外落書きを消すのはスムーズに終わった。作業は想定よりスムーズに進み、日が暮れる頃には私は解放された。

3ヶ月後、マルショーがモール経営を断念するというニュースが入ってきた。気になった私は再度モールに足を運んだ。佐藤さんとは連絡が取れなかった。

現地に足を運んだ私が見たのは炎に包まれているモールだった。火は涙を流しているかのように激しく燃えていた。私はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

モールからは2人の遺体が見つかった。世間では経営権争いのトラブルが原因と報じられていたが、恐らくマルショーとの交渉が上手くいかなかった絶望感からなのだろう。

2人は、あのモールを、あの美しいモールを、永遠にする事に決めたのだ。解体されて無様な姿を晒すくらいなら、燃え尽きた方が良いと思ったのだ。あの泣いているような炎は、まさに2人の敵わなかった夢に対する嗚咽だったのだ。

数年後、僕はモールの焼け跡を訪れた。ここにはマンションが建つ予定らしい。そんなものだよなあ、と思いながら私は脳裏に佐藤さんと鈴木さんを思い浮かべた。2人は、あの不思議なモールは、私の中でまだ生きている。

私は生きてせいぜい後50年だ。だが、書いたものは残る。佐藤さんと鈴木さんが愛したモールの事を、後世の人間にも伝え、永遠とする役割を果たした事を皆様に報告して、筆を置こうと思う。

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