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僕はアルマジロ(短編小説)

アルマジロはいつも丸まっている。彼らは危険を感じると丸くなって自分の殻に籠るのだが、ご存じのように自然界は厳しいので、結果としてほとんどの時間を丸くなって過ごしている。そんな風に生活していると、当然美味いものなんて食べられる訳がない。アルマジロは肉食動物が食べ残した死体などを食べて細々と生きている。

僕がアルマジロにシンパシーを覚えたのはまさにそういった部分だった。つまり、僕自身もいつも自分の殻に篭っていて、誰かの食べ残しで生きながらえている状態だった。そんな自分が悲しかったが、別に変える努力をしている訳でもなかった。ただ自分に失望する時間が増えて、それに慣れてしまって、自分がダメであるという事が自分の中で確定してしまっていた。

平日は仕事をして、人を迷惑をかけるだけの害虫になる。休日は動物園に行ってアルマジロを眺めるだけの無機物になる。敵もいないのに丸くなるアルマジロ達を一日中ボッーと見ていた。ある日家に帰って風呂に入る時、脱いだ服から動物園の匂いがしてきた。なので洗濯する時に洗剤を多めに入れたのだが、匂いは全く取れなかった。今となっては、アルマジロのために毎月新しい服を買う羽目になっている。

動物園においてアルマジロは、リンゴを与えられていた。飼われている方が自由に生きるよりもよっぽど良い生活をしていた。彼らも馬鹿ではないので、危険のない生活である事は重々承知しているだろう。しかしそれでも丸くなるのは、最早人間に対する媚びなのだ。そういったところも、非常に共感できる所だった。僕も無意味に丸くなり、媚び、それすらも評価されず、けれど同じカードを使うしかない。他のカードを出せればいいんだけど。

ある日動物園に行くと、数人の子どもがアルマジロ達の前に群がっていた。1匹のアルマジロは丸くなってみせた。歓声があがる。その隙に他のアルマジロ達は隅に隠れる。連携が取れていた。その瞬間、僕は自分がアルマジロ以下だと気づいた。今までアルマジロにシンパシーをを感じていたのが申し訳なくなった。アルマジロ達はアルマジロ達のコミュニティの中で、実に上手くやっていたのだ。

僕は動物園を出て、駅前で新しい服を買う。財布を見ると500円入っていたので、コンビニでコーヒーと肉まんを買う。コーヒーも肉まんもしょっぱい味がした。歩道橋の上で全てを胃に収めると、僕は飛び降り自殺をしようとして、やめた。下に車が通っている。最後まで害虫になりたくない。

「君一人死んで、社会が何か変わるとでも?社会は相変わらず元気に進んでいくだけさ!いない奴の事は忘れてね!だから、安心して死んでしまいなよ!もちろん、人の迷惑にならない所でね!そうだ!アルマジロ達の前で死んであげなよ!君のお肉を食べて、皆元気になるかもよ!」

心の声に僕はこう返す。

「だから、アルマジロはリンゴを食べてお腹いっぱいなんだって!」

結局、死場所は見つからず帰宅した。家で死のうかと思ったが、ここが事故物件になっても迷惑になる。結局、迷惑のかからない死はないのだ。

「死ぬ時まで丸まってるとは、君も大層な人間だねえ!惚れ惚れするよ!そうだ!暴力団の事務所に車でも突っ込ませて死んだらどうだ?最後くらい人の役に立ちなよ!」

僕の脳内ではずっとこんな言葉が飛び交っている。僕を自殺させるための会議がずっと開かれていて、寝てる時も夢の中で会議を聞かされて続ける。早く家に帰してほしい。ここが家なのに。

僕はアルマジロのように布団を被る。泣きながら被る。そして、もう布団から出ない事を決める。朝になれば体は外に出てるかもしれないが、心はずっと布団の中だ。

僕はアルマジロ。弱くて醜いアルマジロ。アルマジロに失礼なくらいにアルマジロ。ずっとずっと、アルマジロ。

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