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親の心、子知らず(短編小説)

…すっごい暇だわ。

何これ?入社半年なのにやる事なさすぎ!

まあ完全に俺のせいなんですけどね。ミスしまくりだから、だーれも俺に仕事を任せてくれん。自分で仕事を探しに行けって?ミスしまくりのやつの手伝いましょうか?なんて要らんに決まっとるやろ。

というか教育係はどこ行ったんや。教育係、全然嫌いじゃないんやけど、俺が無能すぎるせいで最近明らかに機嫌が悪くなっとる。後なんか体調も悪そうだわ。これ以上ミスしてお手間を取らせたくないわ。無能はじっとしてる事が最大の貢献ってのが、入社してからの最大の学びだわ。

あーあ。暇だし社内共有フォルダのよく分からないエクセルファイルを閉じたり開いたりしよっと。エクセルファイル開いてたら、後ろを誰かが通ってもサボりやとは思われんやろ。

さーてと、この共有フォルダの中に面白そうなやつはっと…。

ーーーーー

「部長、時間が迫っております。ご決断を。」

「…もう少しだけ考えさせてくれ…。」

1人の男が部長の席の隣にピッタリとくっついていた。エアコンの効いたオフィスで、部長だけが額から汗を流していた。

「我が社の製品がこの問屋を通じて海外に流されている事は明らかです。証拠もすでに提示しました。このまま何もせずにいると、自動的に再契約です。また同じ事の繰り返しになります。契約の見直しが出来るのは1年に1回、今日しかありません。向こうの営業時間までには連絡を入れないと…。」

部長は時計を見た。16時30分を少し過ぎたところだった。向こうの営業時間は18時まで。契約解除となると、こちら側も作業が必要になる。どれだけ早く進んでも1時間はかかる。つまり、デッドラインまで30分を切っていた。

「…本当に間違いないんだな?」部長は絞り出したような声でいう。

「どうもおかしいと思ってたんですよ。問屋が流通させている数とうちから買っていく数がまるで合わない。だから、調べたんですよ。誰にもこの事を話さず、内密にね。尾行までしました。おかげで新人の教育は出来ませんでしたけど、まああの無能なら教育してもしなくても変わりませんから。」

男はそう言うと、スマートフォンの写真を見せた。大阪のとある港で問屋の男が船に製品を載せている写真。最後には怪しげな男から大きなアタッシュケースを受け取っていた。中身は金だろう。

「そうだな…。この写真は決定的だ…。よし、契約を切ろう。」

「分かりました。早速必要書類の作成にあたります。…ん?」

「どうしたんだね?」

「…契約破棄のための書類の雛型は、あらかじめ作ってあったんです。それが、読み取り専用になってるんです。」

「誰が開いているんだ?」

「分かりません。こういう時のために、社内の書類は誰が開いているかがすぐに分かるようになっているんですが、名前が反映されていないんです…。」

「…新人はまだ反映されてないとか?」

「もう半年経っているからそれは…。研修で登録しておけと指示を…。あ!」

「どうした?」

「あいつなら忘れてそのままかもしれない!」

「君の部下か!何故彼がこの書類を?」

「知りませんが、急ぎましょう!」

ーーーーー

あーあ。変なところに隠してあったよく分からない書類を見つけたけど、なーにが書いてあるかちっとも分からん。

このままだと泥棒と同じだから、全く急ぎじゃないし、なんなら今やらなくてもいい仕事でもゆっくりやりますか。

なんかエクセルをさ!開いてさ!ぽちぽちやってるじゃない!一見、凄そうじゃない!でもこれ、何の意味もない作業!明日に来るデータ使えば5分で終わる作業を、1時間かけてやる無能でーす!だってやる事ないんだもーん!

…心の中で喋るのも飽きたな。あー、今日の晩ご飯、何にしよう。

…なんか凄まじい勢いで足音が近づいてきてたけど、止まったな…。何だったんだ?

ーーーーー

「それは、本当、なのですか…?」

「し、信じられない…。」

無能な新人を捕まえに走ってきた2人は、廊下で社長に止められた。

「…そうか。君たちはあの問屋の事を知らんか…。あそこがウチの製品を海外に流しているのは本当だ。私も7年前に調べたさ。ところが。調べてみると我が社の大阪支店全体が関わっている事が発覚したのさ。キックバックも貰っているらしい。もちろんその時、大阪支店の連中はクビにしたが、問屋の方が一枚上手だった。我が社が関与している証拠を握られていてね。これが発覚したら我が社は終わりさ。だから、あの問屋とは契約を切ってはいけないのさ。」

「…そんな過去があったなんて…。」

「社長!膿は出し切るべきです!この会社は!生まれ変わるべきです!」

「…新人を取ったんだろう?彼らの未来を潰しちゃいかんよ…。」

「社長…。」

3人は長い沈黙に包まれた。そして、外から17時を告げるチャイムが鳴り出した。夕焼け小焼けのメロディに誘われるように、子供達が帰っていく。その笑い声を聞きながら、3人はこの事実を隠蔽する事に決めた。言葉は必要なかった。ただ、全員が隠蔽するだろうという確信があった。

ーーーーー

あー、とりあえずこれで終わったわ。この無駄な作業。後は営業日報書いて帰りますか。日報書いてたらちょうど18時くらいでしょ。

…うわあ!教育係!無闇に話しかけるな!俺は陰の者だぞ!話しかけられると心臓がギュンってなっちゃうぞ!にしても、俺の返答、陰丸出しで気持ち悪いなー。

え?ファイル?やばいやばいやばい。あれ開いちゃいけないやつだったかな…。まあでも、2時間前の話だし、流石の俺でも閉じて、開いとるやないかーい。もうどうしようもないわ。終わりです。今日の帰り、線路に飛び降りて死にます。さようなら。

え?泣いてる?なんで?いや、こんな奴のために社長はって言われても…。え?辞めた方がいい?会社?何の話?怖い怖い怖い。何これ?まじで大丈夫?

あ、なんか帰っていいみたいな流れになったわ…。これ相当機嫌悪いわ…。どうしよう…。

まあでも早く帰れるのはいい事か。あー、帰って何しようかな。

今日は麻婆豆腐でも作って…。え?社長?何で一般フロアにおるん?え?この人もちょっと泣いてるな。よく見たら奥に部長も…。こいつもちょっと泣いてない?何これ?怖い怖い怖いって…。

うわぁ、何これまじで…。転職しよう…。次はなんか、フルリモートで人間関係ゼロの会社にしよう…。

なんかSEとかにならないと無理だよな…。明日から、暇な時間SEの勉強したろ!スキルアップって言い張ればいけるやろ!

あーあ、とっとと会社やーめよ。

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