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バタフライナイフを持っている(短編小説 「過去に失望なんかしないで」より)


今日、バタフライナイフを買った。

バタフライナイフを懐に忍ばせた瞬間、俺は無敵になった。街を歩く有象無象とは違う。俺はバタフライナイフを持っているのだ。

新宿の雑居ビルを出ると、すっかり暗くなっていた。いつもの俺なら、学校の奴らに会って虐められないかビクビクしていた。けれど、今は違う。俺の方が強い。懐にナイフがあるのに、体は軽く空を飛んでいるようだ。これが力を持った人間だというのか。力の根源?俺はバタフライナイフを持っているのだ。

夜の新宿は、怪しい光を放っていた。その光に照らされるのは、うざいキャッチとケバい女だけだ。とくにキャッチは最悪だ。張り付いた笑顔で、ぼったくりの店を紹介してくる。俺が酒を飲めないと知った途端、冷めた目で俺を睨みつける。先ほどまでの笑顔はどうした。しかし、もし今そんな顔でキャッチが俺を見てきたとしたら、俺は「やる」つもりだ。何故かって?俺はバタフライナイフを持っているのだ。

バタフライナイフが懐にあるだけで、こんなにも世界はしょぼく見えるのか。ライオンだと思っていた世界が、子猫にしか見えない。多少人とぶつかろうと、オドオドとごめんなさいを言う俺はいない。因縁をつけられたら?問題ない。俺はバタフライナイフを持っているのだ。

「あれ?おい!健二!何やってんだよ!小遣いくれよ!」

可哀想な犠牲者が現れた。いつも、俺に暴力を振るい、金をむしり取る害虫のような存在。駆除のために、懐のバタフライナイフを買った。本当は明日学校で「行動」するつもりだったが、その必要もないらしい。のこのこと自分から死にに来ている。お馬鹿な奴らだ。俺に勝てると思っているのか?俺はバタフライナイフを持っているのだ。

「おい、お前ら。いいのか?怪我するぜ。」

「何言ってんだよ、健二!偉そうに言うんじゃねえ!」

「不運だよ。君たち如きのために、少年院に入らなきゃいけないなんて。」

「は、はあ?お前、寝ぼけてんのか?」

「全く不運だよ。殺したら、20年は出てこれなくなる。少年院からでる頃は36だ。けれど、構わないと思っている。」

「な、何でだよ。20年棒に振るんだぞ!」

「君を滅多刺しに出来るんなら、それも悪くはない。あっはっはっはっ…。」

彼は、ジリジリと後退りすると、夜の街へ消えていった。僕は高笑いをした。勝ったのだ。当然だ。僕はバタフライナイフを…。

ん?

あれ?

…懐の中にバタフライナイフがない。

「おーい、さっきの子。これ、店の中に忘れてったよ。」

ショップのおじさんは息切れしながら、そう言った。手には、さっき買ったバタフライナイフが握られていた。

…僕はバタフライナイフを持っていなかったようだ。

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