メロンクリームソーダ(短編小説)
「…まあ座れよ。そんなに緊張するなよ。」
言葉の裏にある棘のような苛立ちに気付かぬほど、店員は愚かではなかった。面倒な事に巻き込まれたと思いながら、男と向かいの席に座る。座らせるタイプのクレーマーは初めてだ。
「何か不手際なありましたか?」
「メロンクリームソーダ。俺はそう言ったよな?覚えてるか?」
「はい、なのでメロンクリームソーダをお持ちしたのですが…。」
「これが?メロンクリームソーダ?」
「は、はい。当店と契約している農家さんから直接仕入れたメロンの果肉をくり抜いてソーダにして、皮の部分を器にした、当店自慢のメロンクリームソーダです…。」
「…それってさ、メロンクリームソーダって言える?」
この男は違法薬物を摂取しているかもしれない。店員はポケットの中に隠していた携帯をこっそりと触り、録音状態にした。
「メロンクリームソーダってのはさあ、メロン要素がどこにもない、ケミカルな緑のソーダとアイスを楽しむものじゃないの?本物のメロンなんか使って、何がしたいんだ?」
「より美味しいメロンクリームソーダをお客様に楽しんでいただきたく…。」
「そういうのはいいんだよ、マジで。だってこれは別のものだよ。メロンクリームソーダが飲みたくて頼んだのに。あのケミカルさとアイスの溶け合う瞬間を楽しみにしてたのにさ。メロンの味がするんだよ、本当に。」
「メロンを使っているので…。」
「本物のメロンをメロンクリームソーダになんか使うな、もったいない!」
この男のメロンクリームソーダへの愛情は異常の域に達していた。店員は伏目がちにする事で申し訳なさをアピールしていたが、実際は男の腕時計をチラ見して現在時刻を確認していた。バイトが終わるまで、後2時間もあった。
「メロンクリームソーダはメロンを使っちゃいけないんだよ!かっぱ巻きに河童の肉なんか入れないだろ!」
店員は、河童はこの世に存在しないぞ、と思った。店員は段々と男の話を聞く事に飽きてきたので、考え事をしていた。子供の頃に行ったコムサイズムで貰った飴は、今もまだ配られているのだろうか?午後4時の翳りつつある太陽は、コムサイズムの飴のフィルムに反射した蛍光灯の灯りを思い出させた。
あの飴は悪くない味だったが、店員はいつもチュッパチャプスが欲しかった。チュッパチャプスのじゃんけんゲームに勝つと、好きな味が3つももらえる。味もコーラ味やバナナ味といったポップな味が揃っていて、子供心をくすぐる。コムサイズムの飴は、いちご味とぶどう味しかなかった。
店員は、この男が言っている事は、チュッパチャプスを求めていたあの頃の少年と同じである事に気づいた。そう思うと、目の前の男が哀れに思えてきた。
「お客さん。」
「なんだ?」熱弁に疲れた男の額には、虹色の汗がひと垂らしされていた。
「メロンクリームソーダ、作ります。緑色のやつですね。少々お待ちください。」
店員はかき氷のメロンシロップを割って、メロンクリームソーダを作ってやる事にした。この哀れなコムサイズムの飴を舐めている男に、チュッパチャプスをしゃぶらせてあげたくなったのだ。大人になってまで、無料の飴で誤魔化せられていたくはない。
店員はキッチンの奥に入り、他の従業員をクレーマーを宥めるためで全員外にだした。そして、かき氷のシロップを出すと、炭酸水と割り、氷を張って、その上にバニラアイスクリームを乗せた。
店員は何となくあの男に出したくなくなった。が、仕方なくあの男に渡すと、男は機嫌良くメロンクリームソーダを飲み始めた。店員はバックヤードに消えていくと、二度とメロンクリームソーダは作らない、と考えていた。
その後、男がどうなったのか、店員がどうなったのか、分からないままだ。ただ一つ言えるのは、この店のメロンクリームソーダにケミカルという選択肢が産まれたことだ。2つのメロンクリームソーダの内、ケミカルな方が人気があった。店員は複雑な気持ちを抱えながら、レジを打っていたそうだ。
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