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【いらっしゃいませ‼︎ またお越し下さいませ⁇ 14】


濡れましたよ

村岡紗奈は衣料品・雑貨を販売する企業の正社員。
紳士服事業部に所属し、現場である紳士服店で勤務している。

夏の繁忙期の午後。
30代と思われるご夫婦が、子ども連れで来店された。
3歳くらいの女の子と、母親におんぶされていた赤ちゃんだった。

スーツコーナーを見て回っていたので、スーツ担当者が声をかけるものの、接客は断られた。
その様子をレジから見ていた紗奈は『下見かな?』と思った。

その家族は次にカジュアルコーナーを見て回っていた。
必要なものがあっての来店というより、時間潰しのように、ただブラブラ歩いている感じだった。
商品を手に取って見る様子も無かった。

そういうお客様も珍しくはない。

その内、ご主人はカジュアルコーナーに残り、なぜか妻は子供達と店の奥に位置する、スーツと礼服エリアにやって来た。

逆のケースで、妻と子どもがカジュアルコーナーにいて、ご主人がスーツや礼服などのビジネスエリアにいることはあるのだが……。

紗奈はレジカウンターで仕事をしていたのだが、子連れの女性の動きが気になり、さりげなく見ていた。

そして紗奈は、数分もしない内に、決定的瞬間を目撃してしまった!
その3歳くらいの女の子が、スーツエリアのカーペットの上でお漏らしをしてしまった。
その瞬間、紗奈は『よりによって、カーペットの上に……床だったら清掃も簡単なのに』と思った。

紗奈の店の床は、スーツと礼服コーナーはカーペットが固定された形で敷き詰められ、それ以外はカーペットの無い床だった。

手を繋いでいた母親もすぐに気付き、言った。
「だから家、出るとき言ったでしょ⁉︎ トイレ行きなさいって!」
そして、子供の手を引いて、紗奈のいるレジにやって来た。

「トイレどこですか?」

一瞬『え?』と思ったが、『先に謝るよりトイレで用を足させるのが先かぁ……』と思い、店の裏口(商品搬入口)にあるトイレに案内した。

トイレから出てきたら、きっと謝罪と共に「雑巾を貸してほしい」と、親の責任から言うだろうと思っていた20代の紗奈。
紗奈は、雑巾とクリーナーを用意した。
とはいえ、実際に親に拭き掃除させるつもりも無かった。

割とすぐにトイレから出てきた母親と子供。

レジを無言のまま通過し、汚して濡れているカーペットの横も、何事もなかったかのように足早で通過し、カジュアルコーナーにいたご主人の元へ行き、そのまま店を出ていった。
もちろん、何も購入しないまま。

その様子に呆れた紗奈と、同じく売り場から目撃していた男性マネジャー。
「信じられない! 『すみません』とか『雑巾ありますか?』とか普通、言わない⁉︎」と、紗奈とマネジャーはレジカウンター内で、小声で話した。

勿論、母親からそう言われたら、紗奈もマネジャーも「大丈夫ですよ、こちらで清掃しますから」くらいに言うつもりだった。
本音としては嫌だけど……。

逃げるように帰ったお客様。

お客様とも言いたくない。

こう言う人には、本当にカーペットの清掃をして欲しかったくらいだ。

結局、紗奈とマネジャーが、トランクス試着事件と同様に、真剣勝負のジャンケンをして、負けた紗奈がカーペットの清掃をすることになった。

この日、店長は公休で、閉店後、マネジャーと紗奈は後片付けをしながら、この件を振り返っていた。

「村岡さん、あの親子さ、無意味に店内を歩いていたように思ってたけど、実はトイレ探してたんじゃないかな?」

「あ……だから、旦那さんがカジュアルにいるのに、奥さんと子どもがスーツコーナーに戻って歩いてたんだ……それなら納得出来ますね」

「でしょ? でもさ、それならすぐに『トイレ貸してください』って言えば良かったのにね」

「売り場の中にトイレがあるだろうと思って、気軽に立ち寄ったけど、トイレが見当たらなくて、トイレだけ借りる雰囲気の店でもなくて、ウロウロしてたのかなぁ」

「かもね。まぁ、でも、ちょっと非常識だよね。一言『すみません』くらいあっても良かったよね?」

「そうですよ」

紗奈は、自分がいつか親になることがあったら、こういう親にはなりたくないと思った。

この物語について / 実際のところ

一昔前に、実際に体験したことをベースに、少々脚色し、回顧録的な物語にしています。

子どもの店内でのお漏らしを実際に見たのは、このときだけでした。

カーペット部分じゃなく、床だったら、掃除もどれだけ簡単だったか……。
すぐそばには、スーツがH型什器に陳列されている状況で、子どもの立ち位置によっては、スーツが汚れてもおかしくなかったです。

ちなみにヤンチャな子ども連れのお客様の場合、H什器に掛かって陳列されているスーツの下に潜り込んでかくれんぼして遊んでいることもあり、子どもによる商品被害は警戒しました。

子どもにとって紳士服店なんて、退屈です。
親は買い物に夢中になり、構ってもらえなくなると、子供目線では広い場所。
隠れて遊べそうなところは、きっと好奇心を煽られたと思います。

でも、紳士服店は子どもにとって、想定外の危険な場所もありますので、親御さんは、しっかり手を繋ぐなど、お子さんを危険から守って買い物をしてほしいと思います。

それは子どもによる商品の損害も防ぎ、店への弁償問題を回避することにもなります。

毒舌発言ありましたら、すみません。

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