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【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 12】
君の心の声を聞いてみたかった
村岡紗奈は、衣料品と雑貨を販売する企業の正社員。
紳士服事業部に所属し、現場である紳士服店で勤務している。
全国展開を進めている企業だが、出店地域によって客層は異なる。
紗奈が勤務している店は、平日は男女問わず、大人年齢の方ばかりで、土日祝日になると、ご夫婦、家族連れ、少数派で20代以上で友人と来店という客層だ。
平日の16時前だった。
紗奈はレジカウンターをレジ担当として雇っていたパートさんに任せて、スーツ担当のパートさんとスーツコーナーで作業をしていた。
閑散期だったこともあり、店内にお客様は、ごく僅かだった。
そこへ、制服姿の男子高校生が1人で来店した。
来店したお客様に対し、販売員はどこにいても「いらっしゃいませー!」と声を掛ける。
これは、『あなたが来店したことを、店側は認識していますよ』という意味合いもあった。
高校生が1人で来るには、勇気が必要そうな紳士服店。
紗奈は違和感を感じたが、お客様なので、「いらっしゃいませー」と、スーツコーナーから声掛けをした。
勿論、他のパートさん達も、自分の持ち場から「いらっしゃいませー」と声掛けした。
高校生は、カジュアルエリアのボトムスコーナーに向かった。
カジュアル担当のパートさんは、改めて「いらっしゃいませー」と声掛けし、高校生の近くで、入荷してきた商品の品出し作業の続きをしていた。
数分後、高校生は、棚からジーンズを手にし、カジュアルコーナーとスーツコーナーの境目にある、フィッティングルームに入った。ボトムスコーナーにもフィッティングルームはあり、カジュアル担当も近くにいたのに、不思議な行動だった。
紗奈はフィッティングルームのドア越しに声掛けした。
「いらっしゃいませ。裾上げありましたら、近くにいますので、お呼びくださいね」
「え? あ、はい」
ジーンズの試着にしては、少々、時間が掛かっていた。
再度、声掛けしようとしたとき、ドアが開き、高校生は出てきた。
サイズが合わなかったのか、手にはジーンズ1本があった。
「裾上げ、大丈夫でしたか? サイズ合いませんでしたか?」
「あ、はい」
はっきりしない返事で、目も合わせてくれない。
ジーンズを持ったまま、カジュアルコーナーへ歩き出したので、紗奈が声掛けをした。
「そちらのジーンズ、購入でないのでしたら、私が戻しておきますのでお預かりしますよ」と、営業スマイルを見せた。
高校生は無言のまま、紗奈に手渡した。
数分後、また高校生はジーンズを手に、同じフィッティングルームに入り、試着を始めた。
今度は、紗奈と一緒に仕事をしていた、スーツ担当のパートさんがドア越しに声掛けした。
また、少々、試着に時間が掛かっている。
パートさんが再度、声掛けしたが、裾上げを頼まれることはなかった。
同じように、手にジーンズを持ち、フィッティングルームから出てきた。
そのジーンズをパートさんが預かる。
高校生は、またジーンズコーナーに行き、また同じフィッティングルームで試着を始めた。
紗奈とスーツ担当のパートさんは、違和感を感じながら、注意深く声掛けした。
「必要でしたら裾の長さ、合わせますので〜」
「はい」
結局、裾上げすることはなく、高校生はフィッティングルームから出て、試着したジーンズをパートさんに手渡すと、そのまま店の出入り口に向かった。
店を出るにはまず、自動ドアを通過し、風除室を通過してガラス扉を押し開けるのだが、自動ドアの手前には、防犯センサーが設置されていた。
誰が見ても、それと分かる大きさと存在感のものだった。
高校生が自動ドアを通過しようとした際に、大きな警報音が店内に鳴り響いた。
販売員も、店内にいた数少ないお客様も、一斉に出入り口を見る。
高校生は、警報音の大きさに萎縮したのか、逃走もせずにオドオドして立っていた。
偶然、出入り口近くで作業をしていた店長が走って捕まえた。
紗奈もすぐに出入り口に向かった。
店長は高校生の腕を掴んだまま冷淡に紗奈に言った。
「警察呼んで」
その言葉に高校生はパニックになった。
「許してください! お願いします! お金はありますから! 支払いますっ‼︎ 学校と親には連絡しないでください‼︎ お願いします‼︎」
最後の方の言葉は、涙声になっていた。
会社のマニュアルとして、万引きに関しては支払うと言われても、謝られても、絶対に警察に通報するとあった。
店長は高校生の腕を離すこと無く、事務室に連れて行った。
程なくして、警察官がやって来た。
事務室に案内した時には、高校生の涙は止まっていた。
この日、マネジャーが公休で、店に正社員は紗奈と店長のみだったこともあって、紗奈は店長が万引き対応している間、売り場で仕事をしなくてはならず、その後のことは見ることが出来なかった。
対応を終えた店長が売り場に戻ってきた。
高校生と警察官は、店の裏口から出ていったらしい。
店長の話だと、高校生は進学校と言われる学校の生徒だった。
鞄からは、ジーンズ2本が出て来たとのことだった。
どこかのタイミングで、バッグに詰めたのだろう。
カジュアルに取り付けている防犯タグは、針付きの強力な磁石で取り付けられている。磁石は2枚で1セットで、1枚に針、もう1枚には針を通す穴がある磁石で、針は商品の目立たない所に通し、商品を磁石で挟み込むものだった。
この磁石はかなり強力なもので、専用の器具を使わないと絶対に外れない仕組みになっている。
この防犯タグを付けたまま万引きしたとしても、針は目立たない場所に刺しているが、タグの大きさは直径5センチほどで目立つため、着用しても目立ち、しかも外れない為、転売も出来ない状態だった。
それなのになぜ、万引きをしたのだろうか?
見た目は、おとなしそうな真面目な印象だった。
紗奈は他の店舗で勤務していた頃、何度か万引きの通報経験をしていた。
しかし、その万引き犯たちは、大人年齢が多く、捕まえても逆ギレして怒鳴ったりという人ばかりだった。
こんなに真面目そうな、しかも逃走も出来ない程に驚いて固まり、泣きながら謝る万引き犯は初めて見た。
出来心とは思えなかった。
カジュアル商品も扱っているとはいえ、商品構成はスーツなどのビジネス衣料が7割、カジュアル3割という紳士服店。
高校生が放課後、1人で気軽に立ち寄れる雰囲気の店ではない。
何か親や学校には言えないような、事情があったのでは?
事情があったとしても、万引きは容認出来ないが、理由を知りたかった。
そして、この高校生が、もう万引きしないことを願った紗奈だった。
この物語について / 実際のところ
この物語は、一昔前に私・星屑が実際に経験・体験したことをベースに、多少の脚色を加えた回顧録的な物語となっています。
実話率90%といった内容です。
万引きは犯罪です。
私の勤務していた会社は、どんなに謝られても、支払いの意思を見せても絶対通報というマニュアルがありました。
この時の高校生の悲痛な声と様子は、忘れたことがありません。
何か辛い事情があったのでは? と、今も思い出すと気になることがあります。
複数店舗の勤務を経験しましたが、私が遭遇した万引きする人たちのほとんどは、反省の態度を見せずに、逃走を図ったり、捕まえても逆ギレして店員や警察官に対して威嚇し、怒鳴るような人ばかりでした。
故に、この高校生の印象がより際立って、私の中に刻まれているのかもしれません。