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【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ : 11】


冠婚葬祭騒動

村岡紗奈は、衣料品と雑貨販売の企業で正社員として入社。
紳士服事業部所属で現場である紳士服店で勤務している。

郊外型の店舗の閉店時間は、勤務地の状況にもよるが、紗奈の勤務していた店の1つは、閉店時間が20時だった。

平日のある日。
時間通りに閉店し、店長とマネジャーが売り場の出入り口の施錠をした。
紗奈はレジ締めを完了させ、釣り銭を事務室の金庫へ入れるため、レジから現金を抜いていた。

売り場の出入り口、風除室のガラス扉を激しく揺らす男性と女性がいた。
閉店時間から10分経過していた。
パートさん達は帰宅のために、休憩室横の更衣室で制服から私服に着替え始めている状況で、売り場の照明は半分ほど消されていた状態だった。

閉店時間から10分も過ぎてるので、諦めて帰ってくれないかなぁ……と紗奈は思った。
しかし、男女は諦めずに、外からガラス扉を激しく揺らした。

店長が自動ドアと風除室のガラス扉の鍵を開けに行き、対応した。
最初は店長も「閉店時間を過ぎましたので……」と伝えたが、すぐに店長は男女を店内に案内した。
マネジャーには他のお客様の来店が無いように、再度、出入り口のドアに施錠を指示し、礼服コーナーとその周辺の照明を点けた。

男女は50代の夫婦だった。
店内にいたマネジャーと紗奈に向かって「すみません、閉店しているのに無理をお願いしまして」と頭を下げた。
紗奈もマネジャーも「いえ、まだ店にいましたので、大丈夫ですよ」と営業スマイルで迎えた。

紗奈は、片付け始めていた釣り銭をレジに戻した。
店長はレジにいた紗奈に小声で指示した。

「村岡さん、小田切さんに電話して、至急、裾上げしに店に来て欲しいって伝えて。礼服だからって言えば、分かってくれるはずだから」

「はい」

小田切さんとは、店が契約している下請けの縫製業者(外注)さんのことだった。
店で雇っているパートの縫製さんは、勤務時間を終えて既に帰宅していた。
店で直しが出来ないものや、繁忙期のときなどは、小田切に一部、直しを依頼する。
技術レベルは高く、仕事も取り組み始めると丁寧な職人気質の40歳。
ただ、仕事に取り組むまでが一癖ある性格だった。

紗奈が電話をすると、想定内の反応が返ってきた。
「え〜⁉︎ 今から行くの〜? 俺の家、店から車で30分掛かるって知ってるよね〜? 明日の11時仕上がりじゃダメなの〜?」

「そう出来れば良いんですけど、閉店後に緊急でいらしたお客様で、礼服をお求めなんですよ」

「それなら話は変わってくるな。村岡さん、休憩室に俺用のコーヒー用意しておいてよ」

紗奈はクスッとして答えた。
「はい、お湯を沸かしておきます」

紗奈は電話を切ると、接客中の店長の元へ行き、小田切が来てくれることを伝え、休憩室のポットに水を入れ沸騰ボタンを押した。

店長が礼服の接客を終え、採寸も終えた頃、裏口のインターホンが鳴った。
小田切だった。
マネジャーが裏口のドアを開け、小田切を招き入れた。
小田切は縫製室に行くと、すぐに専用の大型アイロン台に電源を入れ、工業用ミシンに礼服用の黒い糸がセットされているか確認した。

店長が急いで礼服を縫製室に持っていく。
その間、紗奈はお客様の会計対応をし、マネジャーはお客様が持ち帰る、礼服用のワイシャツとネクタイのタグ類を全て外し、すぐ着用出来るようにしてから包んで渡した。

小田切の縫製技術レベルは高く、直しの時間も、店で雇ったパートさんよりも早く仕上げられた。
もちろん、仕上げは綺麗で丁寧だ。

お客様は、仕上がった礼服を受け取ると、何度もお礼を言って帰られた。
このまま、車で150km先にあるご実家に向かわれると言っていた。
急な訃報で、数年前に購入した礼服を久しぶりに着たら、体型が変わってしまい、着られなくなっていた。
慌てて自宅から近い、この店を訪れたと言っていた。

紗奈は来店されたとき、「帰ってくれないかなぁ」と思ったことを深く反省した。

紗奈がレジの片付けを終えて休憩室に行くと、縫製業者の小田切が休憩室にあるインスタントのコーヒーを勝手に自分で淹れて飲んでいた。

「小田切さん、お疲れ様でした」

「本当、疲れたよ〜。でも、葬式ならしょうがないよね〜。人が亡くなるのは突然のこともあるからさ。俺が家にいて、酒を飲む前で良かったよ。車ですぐに来れたし」

店長とマネジャーも売り場から休憩室に戻ってきた。

「小田切さん、有難うございました〜!」

「コーヒー、もらってるよ〜」

マネジャーが笑いながら答えた。
「好きなだけ飲んでください。来て頂いて、本当に助かりました〜」

時間は閉店時間から1時間経っていた。

3日後の閉店後。

施錠した店の出入り口をガタガタ激しく揺らす、20代の男女がいた。

たまたま作業のための残業中で、まだ正社員だけ店に残っていたのだが、さすがに閉店時間から30分経過していたので、気付かないふりをしていた。

しかし、裏口のインターホンまで何度も鳴らされ、店長が対応した。
レジのお金も金庫に入れて施錠してしまっていたが、店長は売り場にお客様を案内し、スーツの接客を始めた。

そして、前回の礼服のお客様の時と同じパターンで、紗奈は縫製業者の小田切に連絡し、店に来てもらった。

20代の男女は、明日、友人の結婚式があり、着ていくスーツも無く、今から車で現地へ向かうため、急いで裾上げをして欲しいとのことだった。

時間外に車で自宅から30分掛けて店に来て、事情を知った小田切は、縫製室で不満を漏らしていた。
「葬式なら分かるけどさぁ、結婚式なんて事前にいつやるか、分かってるだろう⁉︎ 前日にでも招待状が届いたって言うのか⁉︎」

確かにその通りだ。
しかし、そんな説教をお客様に出来るわけもなく、マネジャーが小田切を宥め、紗奈がコーヒーを淹れて、機嫌を取った。
小田切は渋々、スーツの裾上げを始めた。
裾はシングル仕上げで、店のパートさん達なら15分掛かるのだが、小田切の高い縫製技術では10分程度で綺麗に仕上がった。

お客様は「助かりましたー」と言って、帰っていった。

接客を終えた店長は、小田切に詫びつつ、何度もお礼を言った。

小田切は苦笑いしながら言った。
「今回は本当に、お酒飲む寸前だったんだからねー。飲んでたら、ここに来れなかったよ。もう、今夜は呼び出さないでよー」

時折、口は悪く、態度も大きい下請け業者だが、ユーモアもあり、文句を言いながらも多少無理な仕事を引き受けてくれる小田切は、店の販売員から人気者だった。

物語について / 実際のところ

この物語は、一昔前に、私・星屑が実際に体験した出来事をベースに、多少、脚色をした回顧録的な内容となっています。

時間外に来店された2組のお客様。
どちらも焦っての来店でした。

縫製業者さんの言葉は、確かにその通りで、礼服の急ぎの購入や直しは、しょうがないと思えました。

友人の結婚披露宴に行くからと、披露宴前日の夜、しかも閉店から30分経過しての来店は、正直『非常識』と思えましたが、『ひょっとしたら、何かの事情があって、なかなかスーツを購入する時間が無くて、こういう事態になってしまったのか?』と思うことにしました。

ただ、どのお店でも、同じような状況に対応出来るとはいえません。
この2件の出来事は、ギリギリ対応出来る範囲だったので、店長判断で受けたことです。

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