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【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 15】


過剰サービス

村岡紗奈は、衣料品と雑貨を販売する企業の正社員。
紳士服事業部に所属し、人事異動を経験しながら、複数箇所の地域の紳士服店で勤務している。
店では基本、レジカウンター業務全般、店舗経理・事務を担当し、場合によってはマルチに接客販売も行う。

繁忙期には、色々なお客様が来店される。
初めましてのお客様も当然、いらっしゃる訳で……。

郊外型店舗でのこと。
店内は激混み状態。
紗奈もビジネスコーナーで接客していた。
その近くでは、スーツを購入し、会計のために契約テーブルの席に座っていた60歳前後の男性が、妻らしき女性といた。

スーツは裾上げなどの直しが必要なので、大抵、店に直しを依頼する。
その為に、会計時には、売上伝票を兼ねた引換券を販売員が記入し、手渡す。
男性の担当販売員が会計の為に、レジカウンターへ向かったときだった。
紗奈が他のお客様を接客しながら、契約テーブルの近くを通ったときだった。
『タバコの臭いがする⁉︎」

周りを見渡すと、契約テーブルにいて、販売員が戻ってくるのを待っていた、60歳前後の男性が、タバコを吸い始めていた。

店内は消防法により禁煙となっている。
当然、灰皿も設置していない。

男性は紗奈に声掛けした。
「おねーさん、灰皿無いの〜? 灰、落ちそうなんだけどー」

「お客様、大変申し訳ございませんが、店内は消防法により、禁煙になっていますのでーー」

男性は声を荒げた。
「じゃあ、この灰、どこに落とせって言うんだ? 床にタバコ捨てて良いのか? あー? どーすんだよ?」

確認もせずに、勝手にタバコを吸っての逆ギレ……。
そもそも、灰皿が無いのは一目瞭然で、それを分かってタバコを吸う方が間違ってないか?
紗奈も他のお客様を接客中で、まともにこんなお客を相手にしている時間は無かった。

男性は更に声を荒げた。
「消防法なんて関係ねぇよ」
「喫煙出来ない店がおかしい」
「消防に黙ってれば、バレないだろ?」
「俺は、スーツ2着も買ったのに、サービスが悪い店だなー‼︎」
「飲み物も出せないのかよ? 他の店なら出すぞー」
「スーツ買うの、やめようかなー」

いい年して、タチの悪い男性客だ。
お客様レベルではない。
紗奈は、法令遵守を選択した。
「申し訳ございません、消防法があり、指導も受けてのことなのでーー」

そこまで言った瞬間、他のお客様を接客していた男性マネジャーが割り込んできた。
紗奈は助け舟が来た! と思ったのだが……。

「すみません、只今、灰皿、お持ちしますので」

マネジャーはそう言うと、自分の接客を中断し、休憩室にあった灰皿を売り場に持って来た。
指導を受けていたのは、売り場の喫煙だったので、休憩室で社員やパートさん達がタバコを吸うのは許可されていた。

「なんだよ、灰皿、あるじゃねーか。おにーさん、物分かりいいな。あと、飲み物もこの店は出さないのか?」

「少々お待ちください」

マネジャーは従業員用の飲み物として、休憩室の冷蔵庫に入れていたペットボトルのお茶を、コップに注いだ状態で運んできた。

「最初から、そうすれば良いんだよ。出来るじゃねーか」

紗奈は既に、マネジャーにこのタチの悪い男性を任せていたので、離れていたが、過剰な要求を受け入れたマネジャーの対応に、納得がいかなかった。

紳士服などの店によっては、会計中に飲み物を提供する会社もあるが、紗奈の会社では、そういうことは一切していなかった。

このタチの悪い客だけを特別扱いして、今後、なんのメリットがあるのだろうか?
他のお客様にしたら、不公平感満載のマネジャーの対応だ。

元々、販売担当をしていたパートさんに対しても、この男性客は、更に過剰要求をしてきた。

購入金額によってポイントが付与され、ポイントが貯まったら割引券になるカードを発行していた。
それを手渡された男性は「スーツ2着も買ってるんだから、ポイント、サービス出来ないのか?」と販売担当を困らせた。
紗奈はさすがに憤りを感じ、断りに行こうとしたが、この要求に対してもマネジャーが受け入れて、多めにポイントを付けてしまった。

紗奈は他のお客様に対して、これは失礼だろう?と思った。

タチの悪い客は、違反行為や過剰要求を認めてくれたマネジャーの対応に、気分良く帰っていった。

マネジャーは紗奈が接客してないタイミングで、こう言った。
「ああいうお客さんには、灰皿出してよ。売上のためなんだから」

紗奈は『はぁ⁉︎』と思ったが、法令遵守を優先し、他のお客様を蔑ろにするような接客対応はしないと、心の中で答えた。

物語について / 実際のところ

一昔前に、実際に起きたことをベースに、多少、脚色を付けた、回顧録的な物語です。

この店の客層は、立地条件の関係から、徒歩や交通機関で来店する方は少なく、8〜9割くらいが車での来店でした。

消防法により禁止されている場所で、強行してタバコを吸って、過剰要求するのは、今の時代なら、当時よりも問題視されていたと思います。

お客様という立場は、どんな要求をしても許される立場ではありません。

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