見出し画像

【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 18】


どうか売れませんように

村岡紗奈は、衣料品や雑貨類を販売する企業の正社員。
紳士服事業部に所属し、現場である紳士服の店で、レジカウンター業務・事務をメインに、接客・販売もこなしている。

紗奈が、働きやすく、社員同士の人間関係も良かった店舗でのこと。

年末の繁忙期になると、日々の業務に加え、この時期ならではの作業が増える。
それは、福袋作り
メインはカジュアル商品の福袋で、店の売上規模によって福袋の販売個数は決められる。

紗奈の店は、一万円の福袋(Mサイズ10個、Lサイズ20個、LLサイズ10個)が商品部の指示により用意されることになった。

福袋となる紙袋が、まず販売部が発注した業者から届く。
その後、商品部が用意した福袋用の商品が、会社の倉庫から大量に届く
商品部からの指示書も同時に届き、基本、それに従って福袋詰めが、店のバックヤードで密かに行われる。

福袋の中身は、カジュアル商品がメインだったので、カジュアル担当のマネジャーとパートさん達で作業が進められる。
バックヤードで行っているので、どんな商品が入っているのか、担当以外は基本、知ることはなかった。

しかし、福袋商品は、売り場に出す他の商品と同じ曜日に届くので、荷受け直後の検品は、担当者以外の手の空いている人で行うこともある。

大量に商品が入荷した日。
紗奈もレジカウンター内で、検品を手伝ったのだが、段ボールを開け驚いた。

店の商品は、3種類ある。
メーカーからの委託販売と、メーカーからの買取商品、PB商品(プライベートブランド・自社開発商品)。

メーカー委託だと、売れ残った商品は入れ替え時期にメーカー返品出来るのだが、それ以外は売れ残っても返すことは出来ず、本社の倉庫に移動し、次のシーズンになったら値下げ商品として出戻りしてくる。

紗奈が検品しようと開けた段ボールは、本社の倉庫からのものだったが、明細伝票と商品部の指示書があり、福袋用の商品だった。
型落ちした商品を福袋に入れるにしても、紗奈の開けた段ボールの中のニットは、5年以上前のものが大量にあり、着心地も絶対に悪そうな、ゴワゴワしたものだった。

5年以上も売れなかったものだ。
何度も倉庫と現場である店舗を行き来したはずの商品。
埃っぽさも感じるものだった。
『こんなの、福袋に入れるの⁉︎』
紗奈は心の中で叫んだ。

商品には会社が管理するオリジナルのバーコードが付いていて、社員やパートさんたちなら、一目で何年モノの商品か分かる。

紗奈は『こんなの絶対に福袋商品として売っちゃいけない』『クレームになる』と思いながら検品した。

検品作業を終えると、カジュアル担当のマネジャーに渡した。

紗奈は聞いた。
「マネジャー、福袋の中身って、こんな商品ばかりなんですか?」

「そうだよ。キャリー品(売れ残り)を処分するいい機会だからね」

「こんな詰め合わせでクレームにならないんですか?」

「大丈夫だよー、俺たちはバーコード見ればいつの商品か分かるから、古さを実感するけど、お客さんはそこまで思わないよ」

「だけど……」

「大丈夫。袋の中に1、2点は比較的、新しめの商品も混ぜるから」

紗奈より先輩であるマネジャーは、いつからこういう福袋が当たり前だと思うようになったんだろう。
自分が客なら「2度と買わない」と思うものばかりだった。

紗奈は休憩時間の際に、バックヤードに行ってみた。
カジュアル担当のパートさんが、指示書を見ながら福袋にキャリー品を入れていた。

福袋用と書かれた沢山の段ボール箱を覗き込んだ紗奈。
どの商品を見ても、紗奈にしたら魅力はゼロに等しく、思わず、呟いた。
「売れるのかなぁ……」

パートさんはクスッと笑った。
「社員さんでも、そう思うんですね。実は私も同じこと思ってました。大当たりな商品って無いんですよねぇ」

「だよねー。こんな中身で、仮にクレーム来たら、まず私が対応しなきゃならないから、売れたら憂鬱になりそう」

「大抵、レジにクレーム行きますもんねー」

「売れなきゃ良いのに……あ、マネジャーや店長にはーー」

「もちろん、言いませんよ(笑)」

その後、マネージャーは店長に了解を得て、売り場にある雑貨の中から死に筋商品(売れ行きが思わしくない商品)を選び、全ての福袋に加えていった。

雑貨とは、ハンカチやベルト、ソックスやワイシャツの下に着るTシャツなど。
死に筋とはいえ、キャリー品は無かったので、新しい商品には違いなかった。

そして、大当たり的な福袋を各サイズ1点ずつ、計3袋作った。
大当たり的と言っても、基本、キャリー品だらけの福袋の中身。
そこに、売り場から今期新入荷のトレーナーをM、L、LLサイズと1点ずつ選び入れた。

初売り

そして紗奈にとって、憂鬱で、めでたくも無い、元旦・初売りがやって来た。
広告効果もあり、福袋狙いのお客様が開店時間の10分前から並び出した。
それを知った紗奈は、益々憂鬱な気分になった。

福袋は寒い風除室のワゴンに並べられ、マネジャーとカジュアル担当者がアウターを着て、その場で会計して手渡すことになっていた。
紗奈の気分に反し、どんどん売れていく福袋。

福袋にもオリジナルのバーコードタグが付いており、販売されると、タグは回収され、レジにいる紗奈の元に現金とまとめて持ち込まれた。

バーコードがレジに溜まっていくのを見て、紗奈は「明日にはクレーム祭りだ……」と思った。

『どうか、もうこれ以上、売れないでーー』
強く願った紗奈だった。

風除室で買った福袋を手に、店内を見て歩くお客様を見ると、罪悪感を感じた。

そのお客様が帰る姿を見ると、「ありがとうございました〜」という言葉ではなく、「申し訳ございません」という言葉が何度も出そうになった。

閉店間際。
店に電話が鳴り、紗奈が出た。
相手はお客様だった。

『あのさぁ、今日、福袋買ったんだけどさぁーー』

紗奈は『クレーム来たぁ‼︎』と身構えた。

「はい、ありがとうございます」

『思ってたより良いもの入ってたからさぁ、驚いたよ』

「え……?」
店を間違ってないだろうか?と思った。

「そうでしたかー。ちなみに、どんな商品がお気に召されましたか?」

『ベルトとトレーナーだよ。ベルト、ちょうど欲しかったんだ。それに、セーターだけでなく、トレーナーまで入っててさぁ。得した気分だよ。来年も福袋、期待してるよ。じゃ、またその内、買い物に行くから、よろしくね』

「は、はい。ありがとうございます」

電話は切れた。

紗奈は『本当にウチの福袋を買った人なの⁇ 他の店と間違ってない?』と心の中で叫んだ。

店長がレジに来て、紗奈に訊いた。
「どうした?」

「福袋買ったお客様から、喜びの電話でした。来年も期待してるって」

店長はキョトンとした表情で紗奈を見た。

「村岡さん、それ、他の店のお客様じゃない?

『あ、店長ですらそう思うんだ……』と心の中で呟いた紗奈。

マネジャーは、この事を知ると「大当たりの福袋、作っておいて良かったー!」と安堵していた。

物語について/実際のところ……

一昔前の時代に勤務していた店で、体験・経験したことに、多少の脚色を加えて、回顧録的な物語にしています。

今の時代なら、こんな福袋、あり得ないと思うような内容でした。
売れるたびに罪悪感が増す福袋。
正月早々、クレームに怯えながらレジに入っていました。

しかし、まさかの喜びの電話があった時は、驚きと同時に心の中で『大当たりの福袋だったんですね、おめでとうございます』という気分でした。

数年後。
ある事情で、子供服の有名な企業の福袋を購入したら、今までの福袋に対するイメージが覆るほどの素敵な内容でした。

そこで初めて気付きました。
売れるほど罪悪感を感じる福袋って、自分が働いていた会社だけで、レアケースなんだと。

他社の福袋にキャリー品が含まれているかは分かりませんが、明らかにキャリー品と思うものはありませんでした。

ちなみに、一昔前に働いていた店は、現在、ありません。

いいなと思ったら応援しよう!