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【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ 20】


危機意識

村岡紗奈は、衣料品や雑貨などを販売している企業の正社員だ。紳士服事業部に所属し、現場である紳士服店で働いている。

正社員であるが故に、数年に1度は転勤があり、都道府県を跨いで異動する。

紗奈が大型店に勤務していたときのことだった。

この店のレジカウンターは、店の出入り口の脇にあり、レジの裏側はストックルームがあり、更にその裏はショーウィンドウとなっていた。

繁忙期の平日・夕方だった。

店長は公休で、正社員はマネジャーと紗奈のみで、あとはパートさんたちというメンバーだった。

紗奈はこの店でも、レジと事務の管理とビジネスコーナーを担当していた。
この日はレジ担当のパートさんも公休だったため、紗奈は丸1日、レジカウンターで仕事をしていた

忙しすぎず、程よい仕事量。
今日も平和に閉店時間を迎えるだろうと思っていた。

直しに出していたスーツを受け取りに来た、男性のお客様がレジにやって来た。
紗奈は引換券を預かり、レジカウンターの裏側にあるストックルームへ入る。
そこには備品と、お客様から預かって直していたスーツや礼服、スラックスなどが仕上がった状態で並べられている。

引換券の名前と伝票番号、仕上がり予定日時をもとに探し出す。
お渡し商品を手にすると、レジカウンター前で待つお客様に、預かっていた商品と、直した内容に間違いが無いか確認してもらい、受け取りサインをもらう。
紗奈は、引換券に納品済みを示すハンコを押し、専用の袋に引換券を入れて、商品と共に渡す。

引換券は、もし、受け取った後で商品に不都合などがあった場合、その商品と一緒に持参してもらうために、返している。
引換券と一緒に持参してもらえれば、店側としては購入時の状況が把握しやすく、対応もスムーズになるからだ。

「ありがとうございましたー! またお越しくださいませー!」

お客様にお渡しした後、すぐに別のお客様が商品の受け取りにレジに来た。
紗奈は引換券を預かり、「少々、お待ちくださいませ」と言い、レジ裏に再び入り、お客様の商品を手に、レジカウンターに戻り、商品に間違いが無いか確認してもらっていたときだった。

背後から鈍い衝突音と共に、ガラスが砕け散る音がした。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
確認しに行きたいが、目の前のお客様を放置するわけにもいかなかった。

目の前のお客様も、この状況に驚き、紗奈に「あの……今の音、何かぶつかったんじゃ……? 大丈夫ですか?」と訊いてきた。

「……そうですよね……すみません、ちょっとだけお待ち頂けますか?」

「あ、大丈夫ですよ」

紗奈がレジを出る前に、近くにいたパートさんが状況に気付き、走ってやって来た。
「村岡さん、車が‼︎」

「え?」

先ほど、商品の受け取りをした男性客が店内に戻ってきた。
紗奈を見掛けると、声を掛けてきた。
「すみませんっ‼︎ 車、バックで店にぶつけてしまいました!」

「はい⁉︎」

外に出ると、レジ裏のストックルームの壁の向こうにあるショーウィンドウに、普通乗用車がバックした状況で、ぶつけたというより、軽く突っ込んでいた。
ストックルームとショーウィンドウの間には、ベニヤ板並みの薄い板で簡易的に仕切りが設置している状態で、車は仕切り板に軽く触れていた。

マネジャーは店の奥で接客中で、状況把握がすぐに出来なかった。
紗奈は、パートさんに、急いでマネジャーに伝えるように指示した。
マネジャーも接客を中断し、走ってレジにやって来た。

マネジャーもこのようなケースは初めてで、どう対応すればいいのか困惑していた。
それは紗奈も同じだったが、取り敢えず、本社の店舗開発部に電話した。
お客様にガラス代を請求するのか、会社の保険でカバーするのか……?
それとも警察に来てもらって、事故処理をしてもらうのか?

店舗開発部は、車を突っ込ませたお客様と直接話したいと言い、その場にいたお客様に受話器を渡した。
30代後半と思われる男性のお客様は、平謝り状態で、店舗開発部と話をしていた、

その間、紗奈は、待たせていたお客様の商品をお渡しし、マネジャーと共に事故対応に回った。

再び、受話器が紗奈に戻され、店舗開発部と話をした。
今後はお客様と店舗開発部で、直接やり取りをするとのことで、ガラス修理は本社側ですぐに業者を手配するとのことだった。

電話のやり取りを終えると、男性客は紗奈とマネジャーにも、何度も謝り、帰っていった。

お客様の話によると、駐車場を出ようとした際、運転操作を誤って、バックで店に突っ込んでしまったとのことだった。
車はショーウィンドウ前に停めていた状況で、アクセルを思いっきり踏み込んだ訳では無かったようだ。
故に、ショーウィンドウのガラスの破損だけで済んだのだろう。

もし、勢いよくアクセルを踏んで突っ込まれていたら、紗奈は無事ではなかったかもしれない。
というのも、レジカウンターとストックルームの仕切りの壁も、頑丈なものではなかったからだ。

公休の店長には、マネジャーから電話で報告した。
閉店後、店長は状況確認をしにやって来た。
ガラスはすぐに入れることが出来ず、翌日となり、業者によって簡易的に塞がれた。
店長は、契約している警備会社に連絡し、対応を依頼した。

紗奈は、店にいながら車と接触して事故に遭う可能性なんて、全く考えたことが無かった。
店内にいても、車両による事故はあるのだと初めて認識した日だった。

実際のところ

一昔前の時代、実際に起こったことに多少の脚色をして、回顧録的な物語としています。

今の時代、度々、車が操作ミスによって店やビル、会社などに突っ込むということが、報道されています。
特に、その運転者が高齢だと問題視されます。

私の経験から思うのは、年齢は関係無いかもしれない……ということです。
高齢ドライバーだけでなく、どの年齢層のドライバーにも起こり得る事例だと、この経験から思うようになりました。

このとき、運転者であったお客様も、店内にいた他のお客様、自分を含めた社員やパートさんたち、誰も怪我をすることが無かったことは、せめてもの救いだったと思います。

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