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【いらっしゃいませ‼︎ またお越しくださいませ⁇ ⑤】


クレームは意外なところからも

村岡紗奈が勤務するのは、衣料品と雑貨の販売企業。
紳士服事業部に所属する正社員で、現場である紳士服店で勤務している。

紳士服は買ってそのまま着用出来ないアイテムがある。
スーツ、礼服、スラックスは3大商品だ。
なぜなら最低限、裾上げが必須だからだ。
稀に、スーツや礼服、ジャケットといった上衣の直しも必要になる場合がある。
袖詰め・着丈詰めなど。

これらの直しに対応するために、現場である店舗には、必ず縫製室がある。
縫製室の状況によっては、従来の納期より早く仕上げてもらうことも可能な場合があるので、急ぎで直してもらいたい場合、来店してすぐに販売員に確認してから試着すると、店側もお客様もスムーズにことが運ぶ。

店の規模にもよるが、縫製室には店側が雇ったパートさんが2〜3名いて、平日には公休などで縫製室が1人ということもある。

そういう時のために、店側は地元の下請け業者(外注)と契約を結び、店内で対応出来ない状況や難しい特殊直しは、外注に依頼した。

基本、直しを受け付けるのは、店の商品のみだ。
店の購入商品であれば、仮に直しや採寸でミスをしても同じ商品を取り寄せたり、補償も出来る。
しかし他店からの持ち込み商品、古くなった他店の商品は、滅多にないことだが、直しでミスをしても補償が出来ない。

しかし、店でスーツなどを購入してくれたお客様の中には、「ついでに……」と、持ち込みの古いスラックスなどの直しを依頼されるケースもあった。

店側は断る為に、持ち込みの直し料金は割り増し請求をするが、「それでも良いから」と言われると、引き受けざるを得なかった。

繁忙期になると当然、売れた分だけ直しも大量に発生する。
売り場の販売員達は、接客時、基本、標準納期でお客様に確認するが、特殊直しや急ぎの直しの場合、売り場から縫製室に、その都度、内線を入れて、縫製室が急ぎ対応出来るかなどの確認をした。
勝手に引き受けて、縫製室が対応出来なければ、クレームになり、縫製担当者にも迷惑を掛けることになる。

繁忙期の平日。
土日で販売した直しの商品が、縫製室に山積みになっている。
とはいえ、納期別、直しの内容別、商品別に保管されている状態だ。

紗奈がお昼の休憩に入ったとき、縫製室のパートさん1名も休憩に入ってきた。
他愛ない話をしながら、食事を終えると、パートさんから真顔で言われた。

「村岡さん、店長にもマネジャーにも度々言ってるんだけど、真剣に受け止めてくれないから、村岡さんにも言わせて欲しいんだけど、良いかな?」

「うん……?」

「直しのことなんだけど……持ち込み商品、断ってくれないかな? 悪臭がするの

「え⁉︎」

「具合が悪くなるし、触りたくもない」

「それは、たまたまその持ち込み品だけのことではなくて?」

「ほとんどが臭いの」

売り場の販売員達は、紗奈も含め、気付かなかった。

縫製さんの話は続いた。

「持ち込みの商品って、新品じゃないし、ほとんどがクリーニングされてない状態なのよ。だから、染み込んだ汗が仕上げのスチームアイロンかけた時に、悪臭となるの」

「なるほど……分かった。店長たちに伝えるね」

普段、おとなしめの50代前半のパートさんから、ここまで強く言われて、深刻さを実感した紗奈は、売り場に戻るとすぐに店長とマネジャーに伝えた。

閉店後、店長とマネジャー、紗奈の正社員組で、この件の対応について話し合いをした。

翌日の開店時間前。
店長はマネジャーと紗奈を伴って、縫製室の担当者に謝罪をして、妥協案を持ちかけた。
それは、「基本、持ち込みは断る。どうしてもという場合は割増料金の他に、クリーニング済みのもののみ受け付ける」という内容だ容だった。

縫製室もその妥協案を受け入れてくれ、早速、朝礼で売り場担当者達に、この件を伝えた。

販売員の中には「クリーニングを理由には断りづらい」という声も聞かれたが、店長は「そういうときは、接客中でも、私かマネジャーを呼んでください。対応しますから」と言った。

その後も、時々、持ち込み商品の直し依頼をするお客様が来店した。
「クリーニング済みであれば、お引き受けできます」と伝えると、怒り出す人もいた。

「失礼だな! 見て分からないのか? 汚れてないだろう?」

汚れは見た目に分かるものばかりではない。
汗を吸収していれば、シミになってなくても、仕上げにスチームアイロンをかけたら悪臭となって、縫製さん達を襲うのだ。

ちなみに縫製さんたち(女性3名)は、店長から謝罪を受けた際に、こうも言っていた。

「どこの誰かも分からない男が履いて、そのまま脱いで持ち込まれたような古いスラックスを触るって、それだけで気持ち悪いんですよ。そして悪臭までして。その感覚、男性陣にしたら分からないかもしれませんが」と。

そこまで言われて、店長とマネジャー、女性である紗奈もやっと縫製さん達のクレームを心から理解したのだった。

この物語について / 実際のところ

縫製室からのクレームは、売り場の販売員には気付けなかったことでした。

実際に、縫製さん達から私・星屑が言われたことです。
なので、ほぼ実話です。

クリーニングを理由に持ち込み商品を断るのは、確かにお客様に恥ずかしい思いをさせてしまうゆえに、怒り出す方も稀にいらっしゃいました。

例外で、当時、期間限定で、ある職業の方達の持ち込み商品を、クリーニング無しで受け付けたこともありました。
それは、市営交通局の方々
当時、制服が新しくなり、制服のズボンは裾上げが必要なものでした。
次々に、直しに困って来店された交通局の方々。
割増料金は頂きましたが、もちろんクリーニングの必要はありませんでした。
未使用の新しい制服でしたから。

一昔前の出来事でした。
令和の現在なら、臭いもハラスメント扱いで、社内的に違った問題に発展していたかもしれませんね。







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