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「世の中はほぼ全て相対的なのかも」って考えると自由な思考が手に入るかもしれない
久しぶりにひらめきというか衝撃というか・・・・みたいなのが降ってきた感覚を感じました。
(ハガレンの真実の扉の前に立った時にみたいな?笑)
この感覚は「嫌われる勇気」を読んだ時以来かもしれない
何を読んでいたのかというと相対性理論の本。
と言ってもかわいい漫画。1冊読むのに1時間もかからない。
相対性理論の話は読んでもふーんくらいで正直よくわからない笑
ただ、読みながら思ったのは、相対的な物事の見方ってめっちゃ応用できるかもってこと。
相対的っていうのは、
何かを判断したり決めたりするとき
①何かを判断する時には基準となる点(0地点)みたいなものがあって
②そこからどの方向(プラスかマイナス)にどれだけ離れてるか
って話なだけじゃないかと超絶ざっくり理解してみた。
さらにもう一つ面白そうな考え方があって、
③0地点はどこにでも設定できる(動かすことができる)
④プラス方向とマイナス方向はどの方向でも設定できる(動かすことができる)
こうなると「判断ってなんでもありじゃん!」って話になって、
絶対的な見方は存在しない、物事の判断は文字通り相対的ってことになった。
やっぱり世の中の正しさ(と言われているもの)なんてものは存在しなくて、自由な発想でいいよねって思える。
例えば お題「人に迷惑をかけてはいけない」
0地点 → 迷惑かけてないけど役にも立っていない
プラス方向 → 人の役に立つ
マイナス方向→ 人に迷惑をかける
こんな感じで解釈されているだけなんだと思う。正しいとかじゃない
なぜなら、少し言い換えると
0地点→ 誰とも関わらない(=ひとりぼっち)
プラス方向→ 自分のことより相手のことが全て(=自分を犠牲にする)
マイナス方向→ 自分よりも相手を頼りにする(=他者を信用する)
と解釈することもできなくもない。
「・・・は?」って感じになるんだよね。
0地点のはずなのにひとりぼっち → いやマイナスだろ!
プラス方向に行けば行くほど自己犠牲 → ふざけんな!!
マイナス方向に行けば人間関係作れる → こっちにも行ってみよう☆
プラスとかマイナスって方向の向きを示しているだけで
プラスだから善、マイナスだから悪という話ではないよね、きっと。
そもそも善とか悪とかって絶対的なものじゃなくて・・・
つまり善悪も相対的であって・・・・
うーーーん・・・・なんだかよくわからなくなるけど・・・
要するに
何がいいかは全部自分で決めたらいいってこと!!
以上!
どうやったら相対的理論の話からこんな学びになるのか自分でも不思議だけど、
こう考えた方が「穏やかに生きる」っていう自分の価値観に近づけそうだからこれでいいことにする。
これを応用して自分の価値観が色々作れそうだ。
0地点 → 今の自分
プラス方向→ 理想の自分や憧れの人
マイナス方向→ こんな人にはなりたくないと思う人