見出し画像

忍ぶことができません

ヨーグルに初めて会ったとき、彼に大きな封筒を渡された。
開けたら、そこには原稿が入っていた。

彼とは、私が彼の本を読んで感想を送ったことから始まった。
当初は、それで関係が始まるとは思ってなかったが、予想外なことに彼から返事がきた。嬉しくて、私は彼の同人誌まで手に入れて感想を書いて送った。

「いつもありがとうございます。あなたの意見はとても参考になります」

初めて会ったとき、そう言われた。
封筒に入っていた原稿は彼が学生時代に書いた短編小説で、彼から「読んだら、また感想をメールで送ってくれませんか?」と頼まれた。

その小説は学生が書いたとは思えないほどの完成度だったと思う。
数年後、それは加筆修正されて、ある短編集が文庫化されたとき書き下ろしとして収録されることになった。
「凛子が褒めてくれたから使ってもいいか、と思って」と言われて、とても嬉しかったのを覚えている。

いつのまにか、彼が小説を書くと私が最初に読むことが暗黙のルールになった。
といっても、私は編集者でもなんでもないので彼の小説に大きなアドバイスができるわけもなく、素直な私の感想を伝えるぐらい。
後になって、原稿を読んだ編集者さんや校閲さんからのチェックが入ったゲラをみて「なんで気がつかなかったの!?」みたいな矛盾点やミスを見落としていることもあることに気がつく(&落ち込む)
そう考えると、ヨーグルが私の意見のいったい何を参考にしているのか、実はいまだによくわからない。
それでも、彼は「書けたから読んで」と私に原稿を渡し続ける。

ところが。

先日、書店である雑誌が目に入り驚いた。
ヨーグルのエッセイが掲載されていたからだ。

え?
知らない。
私、これ読んでない。

いつのまに書いたんだろう。いつ、〆切だったんだろう。
そもそも、エッセイの仕事がきていたことさえ知らなかった。

がーーーーーーん。


どうして読ませてくれなかったんだろう。
心境の変化?
それとも、もう私の感想や意見は必要ないってこと?

すぐに彼に確認した。

「〇〇誌のエッセイ読んだわよ。どうして私に読ませてくれなかったの?」

「凛子は今年はずいぶんと忙しそうだからね。小説じゃないしエッセイだからいいかと思って」

確かに、今の私は何かと忙しい。
でも、それとこれとは話が別!
だいたいちょっと忙しくなったぐらいで、読めなくなるような柔な読者じゃないわよ。

「ちょっと聞いて。どんなに忙しくてもあなたの原稿を一番に読むのは私なの。こういうのはやめて。私に今まで通り一番に読ませて」

言った瞬間、やべっ、これが俗にいう重い女とかいうやつ?(違う?)と思ったが、ヨーグルの顔は意外にもほころんだ。
ん?もしかして彼は嬉しいの?喜んでる?

「そうだな。余計な気遣いだった。ごめん。これからは今までどおり凛子に読んでもらうね」

友人の話を聞いていても、noteの記事を読んでも、私は我慢ができないタイプだなと思う。
男性とトラブルをよく起こすのも、私が疑問や不快に思ったことを、即、相手にぶつけてしまうからだろう。フェードアウトな別れがなく、常に修羅場みたいになるのも、私のこの性格のために違いない。

幼い頃、父のめちゃくちゃな行動に何も言わず、常に我慢したり見て見ぬふりをしたり、時と場合によってはフォローさえする母の姿に疑問を感じていた。
母が我慢するのは「父と喧嘩をしないため」であり、それは「子供たちを不安にさせないため」だというのはわかっている。その母の優しさには感謝しているが、母の忍耐は父と母の関係を良くしているとは子供の目から見て思えなかった。

こんなのは対等な関係じゃない。

ずっと、そう思っていた。
男が心地よく過ごすために、女が耐えるのは美談でも何でもない。
女の我慢は美徳?女を舐めんな。

人間関係、特に男女の場合、現状維持というのはほぼ不可能だ。
変わらないものがある一方で変わる部分が必ずある。
その変化の波に溺れないように、乗りこなすために何をしたらいいかと考えたとき、私が真っ先に浮かんだのは自分の気持ちを素直に相手に伝えるということだった。
そんなことは基本中の基本だし、幼稚な手法だと思うし、相手の男性にしたらなんでもかんでもぶつけられてしまって疲労困憊するだろうけれど、父と母を見ていてぶつかり合ってこそ深まる関係があるんじゃないかと私は思ったのだ。
そして、もし私なら一緒にいる男性とはその場限りの楽しいだけを共有する都合のいい関係ではなく、いろんなことを共有する変化を続ける関係を築きたいと思った。

幸いなことに私の周囲にいる男性は聞く能力に長けている人ばかりだったので上手くいったのだと思う。
というより、そういう人しか私の周囲に残らなかった。

でも、そんな彼らと一緒にいるのは、このうえなく楽しい。

だから感謝してます。
夫をはじめ、私の「ちょっと聞いて!」を受け止めてくれる彼らに。

でも、そろそろ我慢することも少しぐらいは覚えようかと思います。
……無理?