彼の小説
ヨーグルから「これから書く小説のことなんだけど、凛子の意見をきかせて」と言われた。
彼が私に執筆の相談をする場合、大きく3パターンある。
①書きあがるまで何も話さないパターン
これが一番多い。
書き上げてから私に「読んでくれ」と原稿を渡してくる。そして「意見を聞かせて」と言われる。
書きあがるまでどんなものを書いているのか、内容についてほとんど語らないので、私はただ待つばかりといった感じ。
悩んでる姿を目にして「私も読みましょうか?」と申し出るが、たいてい「まだいい」と断られる。「どうしてもダメなときはお願いするね」と言われるが、そのダメなときは滅多にない。
②一文字も書いていないのに、構想を熱く語ってくるパターン
①とは真逆で、まだ一文字も書いていないのに「こういう話を考えたんだけどどう?」とか「昔、読んだ小説にこういうのがあったんだけど、ここの部分をこうしたらもっと面白くなると思うんだ。どうかな?」と、話のネタだけでなく、構想や小説のテーマなどを熱く語ってくるときがある。
実は、これはとてもよい作品ができることが多い。
彼は過去に二度、文学賞を受賞したことがあるんだけど、二作品ともこのパターンだった。どちらかというと彼は無口だし、二人でいるときは私が話すことが多いんだけど、このときだけは別人(笑)
怒濤のように彼が喋りまくる。しかも早口。いつも、ついていくのに必死です。
③書いている途中で読ませてくるパターン
まれに完成してないのに読ませてくれるときがある。
①の「どうしてもダメなとき」だ。
私も一生懸命考えて、あれこれ解決策を提案するけれどほぼ全て却下。採用されたのは一度だけだ。
それでも「凛子に相談したら頭が整理された」と、毎回毎回、最後はしっかり書き上げてくるところはさすがだなと感心する。
たいてい〆切ぎりぎりで、私に相談してくるので、振り返ると「大変だったね」と苦労作になっている。
だから、どの作品も私にとって思い入れの深いものばかりです。
さて、今回は②のパターンだなと思いながら話を聞く。
でも聞いているうちに奇妙なことに気がついた。
「あれ?そのネタ、以前にも話してくれなかった?〇〇が××の話だよね」
「僕、話したっけ?」
「うん、きいた。でも△△のところの解決策が思い浮かばなくて、結局、○○のところだけをネタにしてA文芸誌に『★★』を書いたんじゃなかった?」
「すごい記憶力だな」と感心された。
彼は全く思い出せないらしい。
「そのネタ、その後、全然書かないからとっくに捨てたのかと思ってたわ。まだ考えてたのね」
私がそのネタを聞いたのは、確か五年ぐらい前の話だ。
その後、彼はいろんな小説を書いたが、このネタには一切触れていない。
だから没ネタにしたんだとばかり思っていた。
「以前は思いつかなかった△△の解決策を思いついたから、もう一度、挑戦しようと思ってな」
驚いた。あのネタを考え続けてたんだ!?
なんてしつこい、あっ、間違えた(笑)なんて粘り強い人なんだろ。
小説を書きはじめたとき、彼にある相談をしたことを思い出した。
小説を書き始めたとき、私が最初にぶつかった壁は「最後まで書く」ということだった。
書いている途中で「これ、面白くない」とか「どう話を進めたらいいかわからない」とか、挙句の果てには「書き進めても終わりが見えない」とか。
とにかく完成にたどり着けない。
そのことをヨーグルに相談したのだ。
でも、彼のアドバイスは私が予想もしないものだった。
「じゃあ、そのネタは寝かしておいて新しいものを書き始めたら?」
それはよくないんじゃないかなと思った。未完の小説が増えるだけだもん。
子供のとき「一度やり始めたことは最後までやり通す」と教え込まれていたせいか、なんだか抵抗もあった。
「途中でやめるわけじゃない。寝かせておくだけだ」
う~ん、でも、それって今まで書いてきた時間が無駄になっちゃうんじゃない?と渋る私に彼は面白い喩えを出した。
「雪だるまを作る想像をしてごらん。転がすのをやめて、しばらく置いておくんだよ。それはなくなるわけではないし、時機がきたらまた転がし始めたらいい。転がしている時間は無駄じゃない。確実にそれは大きくなっていくから」
そしていつか完成させればいい――
そう彼が話してくれたことを思い出した。
彼の大地には、ずっと雪が降り続いているんだなと思う。
近々、ものすごく大きな雪だるまができそうだね。