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ここは楽しいです

腰が痛い。シクシク痛い。
ぎっくり腰ではないし、我慢できない痛みでもないので生活に支障はないが、それでも湿布を貼り続ける毎日に気が滅入る。

母からいい接骨院があると聞いて、早速行ってみることにした。

先生はかなりのご年配。
やたら日焼けしてるおじいさん。
趣味は釣りらしい。年齢は八十代に入るかといったところ。
先生、私の腰に触れ「あぁ、ちょっと悪くしてるねぇ」と言って……

ゴキゴキッバリッビリビリッ(私の身体の声)

ぎぇぇぇぇぇーーーーー(私の心の声)


ドッと汗が出ました。毛穴という毛穴が一斉に開いた感じがしたわ。
何?何??今のは何?
腰が痛かったはずなのに、一瞬、足先までビリビリきたわよ。
いったい、何したの?おじいさん、どこにそんな力があるの?と思ったけど、先生は決して怪力というわけではない。ただ触ってるだけなのだ。不思議でならない。

でも、母の言う通り名医というのは本当かもしれない。
しばらく通っていたら、しっかり治った。
全く痛みはなくなり、湿布ともおさらばできた。
すごい。ゴッドハンドの持ち主だわ。

さて、この先生、ちょっと困ったことがある。

私を見ると「あなた、美人だね」と言うのだ。
話の糸口を見つけるためだと思うが、正直、私は心の声の「ぎぇぇぇぇぇ」を留めるのにいっぱいで話をする余裕はない。
とりあえず「ありがとうございます」とだけ言っている。

その日の治療の最中も「あなた、キレイだよね」と言われたが、すでに私は「ぎぇぇぇぇぇ」でいっぱいだった。

「でも、あなたは自分がキレイだなんて思ってないんでしょ?美人ってことに気がついてなさそうだもんね」

自分のことをブサイクとは思ってないけれど、美人だとも思っていない。
私は自分の外見にあまり興味がないのかもしれない。自分を着飾ることに気が向かないのもそのためだろう。

「でも、あなたはその顔でずいぶんと得したことがあるんだと思うよ。美人は得だからな。まっ、あなたは気がついてないんだろうけど」

顔で損したことはないと思うが、得したこともないと思う。
だいたい美人って得なのか?

でも、その後の先生の言葉が響いた。

「そんなキレイな顔に産んでもらって、親に感謝しないといけないね」

ブッと吹き出しそうになった。
知らないってすごい。先生に父の無茶ぶりを聞かせてあげたい。
むしろ、私が感謝されるほうじゃない?ぐらいに思っていたので、先生の言葉はガツンときた。

でも、その後、先生の言葉がじわじわ沁みてくる。

キレイかどうかは別として、父がいたから私は今ここにいるんだよな、と当然のことをしみじみ思ったのだ。

勉強して、働いて、たくさんの人と出会って友達になって、いろんな男性と愛し愛されて、笑って泣いて怒って、結婚して妻になり子供を産んで母になり、結構、忙しくしてるけれど「人生、どうですか?」問われたら、即答で「楽しいです」とピースサインしたい。

小説という好きなものを見つけて、小説を通じて尊敬できる人に出会って、その人と一緒に小説の仕事をしている。
そして、いつか私は自分の小説を書くのだという目標がある。

私は、今、自分がいる「ここ」がとても気に入っている。
私は自分をとても気に入っている。

そう思ったら、父や母に対して「よくぞ、私を誕生させてくれました!」と感謝の気持ちがふつふつと湧き出てきた。

大事なことを思い出したような気持ちになった。先生、ありがとう。

でも、先生。
大きな声で私のことを「美人」「キレイ」と連呼するのはやめてほしいです。待合室に筒抜けなんですよ。

治療が終わり待合室に出たとたん、一斉に注がれる患者さんたちの視線視線視線。
どんな美人なんだ?といった感じで、私に熱い視線が一斉に集まる。

そして、一瞬にして変わる、あの空気。
みなさんから醸し出される、あの空気。

「なんや、たいしたことないやん」


……つらいです。