【あおぎりメモリアル】エピソード“石狩あかり”
1年生9月文化祭
廊下を歩いていると、バンド演奏の音が聞こえた。どうやら音楽室でライブをしているようだ。特にボーカルの声が良く、ここまで聞こえてくる。
歌声に導かれて音楽室へと足を向ける。
音楽室にたどり着き中に入ると、ガールズバンドが演奏をしていた。特にボーカルで歌っている赤い髪の女の子に視線を奪われる。
歌い始めるとその力強い歌声に惹かれる。
「やっぱり石狩の歌声すげぇ」と近くの生徒がつぶやく。
なるほど、ボーカルの子は石狩と言うのか。
そのまま演奏を聞いていると、ボーカルの石狩と呼ばれた女子と視線が合った。
決してこちらから視線を外さず、そして込められた歌声に気迫を感じる。
サビでは楽器隊の音に負けないだけの声を出し、まるで音圧の壁に殴られる様な感覚にさせられる。
見事なまでの歌唱力に惚れ込んでしまった瞬間だった。
出番が終わり控室に引き上げるバンドメンバーを見送る。しかし、この感動を伝えずにはいられないと衝動に駆られ、気持ち悪いかもと思ったが、出待ちをしてしまった。
控室から出てきた石狩に声をかける。
あの、演奏すごく感動しました。
「誰ですか?」
同じ1年生の別クラスの者です。
「そっすか。あざっす。私は石狩あかりって言うんで、あかりでいいっすよ。」
「○○ってライブハウスでも歌ってるんで良かったら来てください。」
億劫そうにそう言って去っていく。
適当な扱いだったが、不思議と嫌悪感は無かった。
それから何度かライブハウスに通うようになり、あかりと仲良くなって友人関係になるまで、そんなに時間はかからなかった。
1年生12月クリスマス
今日はクリスマスライブがあり、終わったので外であかりとライブでのセットリストについて感想を話していた。
ふと視線を向けると、近所のケーキ屋さんでサンタコスの男2人が仲良くじゃれあいながらケーキを売っていた。
「ケーキ全部売れるかな?」と一人の男が言うと、「安心しろ、売れなかったらお前のノルマ分ぐらいは俺が買ってやるよ。」ともう一人の男が応えている。
あかりが突然ハァハァと息を荒げ始めた。
ど、どうしたの?体調が悪くなった?
「あぁ、最高・・・。情けない系の受けをフォローする俺様系の攻め。ダメだ、ムラムラしてきた。」
あ、なるほど・・・。そっち系の趣味だったのね。
このネタは危険だと思い、あまり触れないようにしようと心に誓った。
2年生4月
クラス発表があり、あかりと同じクラスになった。
定番の自己紹介タイムであかりの番が回ってきた。
「どうも、石狩あかりです。趣味は歌うことで、将来は武道館でワンマンライブするんでよろしくお願いしまーす。」
そういうあかりに、クラスは呆気に取られていた。信じられないものを見るような、無謀な夢を鼻で笑うような、はたまた冗談を言っている者を見るようなそんな視線があかりに突き刺さる。
しかし彼女は、そんな視線をものともせず、平気な顔で席につく。自分がやると決めたら絶対曲げない、そんな固い意思を感じさせる様子だった。
2年生5月ライブハウス
ライブ終了後、ライブハウスの外で、演奏後のあかりと話しをする。
「毎回ライブに来てくれて、すっかり常連じゃん。これだけまめに来てくれるし、普通は呼ばないんだけど、良ければ打ち上げ一緒に参加してみる?」
そんな誘いを受けた。バンドマンの打ち上げがどんなものか興味があったため、二つ返事で了承し参加させてもらう。
打ち上げは、食事もお酒も楽しめる居酒屋のような場所で開催されていた。
さすがにお酒を飲む人と未成年の席は分けられていたが、会費さえ払えば、料理は食べ放題らしいので、テーブルに並べられた料理を楽しむ。
ふと近くのあかりに視線を向けると、お皿の上には茶色い物体しか見られない。
しばらく見ていたが、一向に他の彩りが皿の上に現れることは無かった。
ねぇ、野菜食べないの?
「え?肉は野菜だよ?」
たったその一言で、相当な野菜嫌いだと理解させられた。下手に地雷を踏むのは危険だと察し、その後はあかりと楽しくライブや音楽の話しをしながら過ごすのだった。
でも、あかりには武道館ライブって目標があってうらやましいよ。夢を叶えるためのエネルギーに溢れてるみたいでさ。こっちはもう挑戦する気力も無いくらい。
ふと、会話の中でそうこぼしてしまう。
そこには目標に向かって一直線に向かう、あかりの眩しさをうらやむ気持ちもあった。
「そんなの挑戦してみたらいいじゃん。倒れる時も前のめり!それくらいでいいんだって。指長いしギターかピアノでもやってみたら?」
実は昔少しやってたんだよね。
「なんでやめたの?」
熱が冷めたっていうか・・・。周りから色々言われて嫌になったんだ。
「出来ることがあるなら、やめるなんてもったいないじゃん。そんなこと考える暇があるならやればいいと思うし、元々好きでやってたんでしょ?それこそ止めるなんてもったいないこと、私ならできないなー。」
そっか・・・。そうだよね、やめるのもったいないよね!あかり見てたらやる気出たしまたやってみるよ。
「そうそう、それくらいでいいんだって。」
そうして、自分もあかりのように再び夢を追うことにした。
2年生7月夏休み初日
宿題はやる気が出ないし、ゲーセンへ足を運んだ。
店内に入りどのゲームをやろうかと物色していると、あかりを発見した。
様子を見ていると、銃型のコントローラーを使ったFPSゲームをしているようだ。
よっ!あかりも遊びに来たの?
「あぁ、君か。そうだよ、今日は練習もないし、久々にゲームしたくて遊びに来たんだ。」
そのゲーム、面白い?
「んー、それなり。でもクリアできなくて悔しいから、ハイスコア更新か全クリするまでやるつもり。」
一緒にやらせてもらっていいかな?
「いいよー。」
そこから地獄が始まった。
ゲームオーバーするたびにあかりが悔しがり、もう一度もう一度と言われ、何十回目のプレイか、すでに数えることも諦めた。
あかりさん、どこまでやる気っすか・・・。
「絶対ノーデスで全クリする!」
目標が微妙に変わってるやん。
そこからさらにデスマーチが続いた。
閉店時間間際になり
「・・・っしゃオラァ!やったぁぁぁぁぁ!ノーデス全クリハイスコア更新全部達成したー!」
やったね!
そう言うと共にハイタッチをして、二人して小さな子どものようにはしゃいで抱き合って全力で喜んだ。
家に帰って、軽くなった財布を眺めて絶望したのはまた別の話である。
2年生8月
あかりのライブがない。おかしい、毎月2~3回はライブをしていたのに、夏休みになってからずっとない。
今日もライブ情報が無いか、ライブハウスまで足を運び確認をする。
ふと、ライブハウスに併設されたスタジオであかりが練習しているのを見かける。
少しすると出てきたが、凄く疲れてるようだった。
ライブがないけど、どうしたの?
「いや、なんでもないっす。」
目の下の隈ひどいけど?ちゃんと寝てんの?
「別にいいじゃん。」
素気無くあしらわれる。
しかし、フラフラして今にも倒れそうだ。
心配してるんだよ
「頼んでないし、下手な同情ならいらないんだけど。」
同情じゃなくて、体調悪そうだし、今もフラフラしてるじゃん。強がりも程々にしときなよ。
「うるさい。ほっといて…よ…」
そう言った瞬間、電池が切れたようにバタリと倒れた。
突然のことに頭がパニックになる。慌てて店員とあかりのバンドメンバーを呼ぶ。
メンバーの話しを聞くと、ここのところ常に疲れている様子で、理由を聞いても教えてくれなかったんだとか。
ひとまず、呼吸は安定しているものの、顔色は悪く、下手に動かさないほうがいいということで、救急車を呼ぶことになった。バンドメンバーはあかりの親に連絡するので、倒れる現場を見ていることもあり、代わりにあかりに付き添ってほしいと言われる。
即座に了承し救急車で病院へと向かった。
検査が一通り終わり、点滴に繋がれたあかりが病室に来る。
ベッドで眠っているあかりの表情は穏やかで、不快感や苦痛は感じていないようだ。
医者が病室に来て、あかりの状態を説明していく。
家族でもないのに説明されたことと、あかりが倒れた理由を聞いて愕然としてしまった。
しばらく時間が経ち、あかりが目を覚ました。
「ここどこ?」
病院だよ。倒れたの覚えてる?
「そっかー、倒れちゃったのか。」
なんで、そんなことになるまで放っておいたんだよ。
「いや恥ずかしいじゃん。うんち詰まってるとか。」
医者が言うには、野菜を食べなさすぎて便秘を起こしていたことが体調不良の一因だと言われた。
それと、過労もあるって医者が言ってたけど、無茶してるんじゃないの?
「あー、バイト入れすぎたかな。」
なんでそんなにバイト入れてたの?
「欲しい機材があったから。」
前のめりでも限度があるからね。心配かけないようにしなよ。あと野菜も食べた方がいい。
「気が向いたら気をつけまーす。」
あかりの母親が来たため、引き継いで帰宅した。あかりの母親からはすごく感謝され、少しだけ気恥ずかしかった。
2年生9月
「最近、活動再開したボカロPの楽曲が好みドンピシャって言うか、私の声に合わせて曲が作られてるみたいにしっくりくるんだよね。アンチコメもついててしばらくやめてたみたいだけど、私は好きだからこのまま続けて欲しいっていうか、この人の歌をたくさん歌ってみたいんだよね。次の文化祭で1曲歌ってみるから聞いてみてよ。」
昼休みにあかりと話していた時に突然そんなことを言われた。
文化祭
昨年同様、音楽室であかりたちがライブ演奏をしている。
今年も、あかりの歌を聞くために音楽室に足を運ぶ。
数曲演奏し、最後の曲となった。
演奏するのはあかりの宣言通り、例のボカロPの曲だった。
最近バズって注目されているのもあり、観客が次々と集まってくる。
すぐに室内を埋めつくし、観客がすし詰め状態になる。
あまりに多すぎて、会場が盛り上がった拍子に、観客がステージに突っ込む。
ギタリストと衝突し、突然演奏が停止してしまった。
ギタリストは左手を痛めて演奏できない状態のようで、怪我したギタリスト含め悲痛な空気が音楽室を覆う。
「どうしよう。ケガは大丈夫なの?」
ギタリストは、”問題ないと思うけどこのまま演奏を続けるのは無理だ”と言う。
部屋中に漂う諦めのムード
あかりが悔しそうに唇を嚙んでいる。
このまま、あかりのライブを終わらせたくない。夢に向かってキラキラと輝く彼女が見たい。そう強く思った時にはギターを持って、ステージに上がっていた。
昨日アップされたばかりの例のボカロPの新曲を演奏し始める。
こちらを見て、呆気にとられているあかり。
ぼさっとしてるんじゃないという意思を込めて視線を送ると、ハッとして歌い始める。
ギターとボーカルだけのバラード曲を奏でていく。会場は静まり返り、あかりの歌声が静かに、しかし大きく部屋を包み込んでいく。
演奏が終わると、部屋中から拍手のスコールが降ってくる。こうして、あかりたちのライブはハプニングを迎えながらも、なんとか終えることができた。
後夜祭
「まさか、君が例のボカロPだとは思わなかったわ。」
バラすつもりは無かったんだけど、友人としてあのライブがあんな終わり方するのは嫌だったんだ。
「ふぅん…。ところで、うぬぼれじゃなくって、最近の曲、私に合わせて作ってるでしょ。」
石狩あかりのファンだからね。好きな歌い手に自分の曲を歌ってもらいたくて作ってる面もある。
「君の挑戦したいことはそれだったんだ。いい曲ならこれからも歌わせてもらうから。あと、ギターがすごく上手だった。リズムギターでバンドに入らない?」
それは止めておく。一緒に演奏するより、歌声を聞いていたいんだ。
「そっか。」
友人としてなら、困ってる時に手助けするのはやぶさかでもないけど?
「素直じゃないね。」
それはお互い様じゃない?
そう言ってお互いにクスリと笑いあった。
2年生12月24日
「君の曲のカバーアレンジに行き詰まってて、アドバイス欲しいんだけど、放課後スタジオに来てくれない?」
その日は突然そんな頼みをされた。
それはかまわないけど、いいの?
「むしろ原曲書いてるんだから、意見が欲しいんだよね。」
放課後
スタジオ前
「ちょっと用事あるから先に入ってて。」
何か企んでそうな笑顔でそう言われ、不審に思いつつも素直に従いスタジオへ行く。
扉を開けると、一面のG
ひっ…
無言で腰を抜かす。
「あははは!!引っかかったー!ドッキリですー!Gのおもちゃだよー」
満面の笑顔のあかりが現れる。
あまりに楽しそうに言われるので、腹がたったからGのおもちゃを掴んで投げつける。
「うわ!いた!ごめんって!!」
Gは苦手なんだ!許さん!!
本気で怒ってはいないのだが、やられっぱなしも腹がたつ。
「あははは!ごめんごめん!!」
なんだかんだ楽しい時間を過ごせた。
この後、おもちゃを片づけて、曲のアレンジをしていった。
そこはドッキリの嘘じゃなかったみたいだ。
2年生2月
スタジオで、個人練習中のあかりから呼び出しがあったので、足を運ぶ。
到着後開口一番に、
「今日はバレンタインだけど、キミには一生縁がないイベントだよな。」と言われた。
そういうあかりは縁があったのかい?
「余計なお世話だわ!!私に縁があろうが関係ないだろうがよぉ!」
声が震えてるけど?
「わかんないかもしんないじゃん!素敵な彼氏がいるかもしれないじゃん!」
その勢いで言われても、いないって言ってるようなもんじゃん。
「うるさい!ちゃんと私には運命の赤い糸が繋がってるんだよ!誰かと・・・」
フッ、そうだといいね
鼻で笑い飛ばす。
「うわぁぁぁぁん!いじめるぅ!」
その後の練習はリズムが乱れまくって、そのリズムでは彼氏できないって言ったらさらに泣かれてしまった。
3年生4月
あかりとまた同じクラスになれた。
始業式が終わって、教室に移動する。
今年はあかりが隣の席になった。
休み時間のため音楽を聞いてるようだ。
しかし、休み時間が終わっても気づいておらずヘッドフォンをつけたまま曲に浸っている。
学年最初のホームルームの時間になっても気づかないあかりの元に、先生がやってきた。
ヘッドホンを先生に取り上げられて、すごい形相で睨みつけている。
先生に向けるには不適切な、親でも殺されたような物騒な表情をしている。
ヤンチーがいるよ…
先生が去った後、こちらに話しかけてきた。
「ホームルームまで気づかなかった私も悪いけど、ヘッドフォンむしり取らなくても良くない?大事な商売道具が、壊れたらどうしてくれるつもりなんだよ。こちとら必死にやっとんねん、ケンカ売っとんのか。」
とりあえず次は、時間が来たら教えるようにするから抑えてね。
「そうして。ところで相談があるんだけど、放課後空いてる?」
暇だけど、何の用?
「詳しいことはその時に話すわ。」
放課後
いつものスタジオ
「実は、君の新曲で歌ってみた動画を撮りたいんだけど、オケ音源とかないかな。それと機材必要なのあったら教えてほしい。」
それなら、既存曲じゃなくて、完全新作でやったらいいよ。マイクとヘッドフォンだけあれば我が家で収録できるから、それでやってみない?
ここから、あかりと一緒に作曲作業に入っていくことになる。
3年生5月大型連休前夜
あかりとは通話をつないでいる。
日付が変わる30分前、ここまでの作業を振り返る。
あかりの鼻歌に、その場でギターを使ってメロディを添え、そこにあかりが歌詞を重ねていく。そこにドラムやベース、リズムギターなどを加え、最後にMIXして昨日完成したばかりだ。
あかりにとっては初めての曲作りなため、ノウハウを伝えながら、じっくりと作った。今後はもっとスムーズに作れるようになるだろう。
某動画配信サイトにも、新たにあかりのチャンネルを立ち上げ、24:00に新曲の動画がアップされる予定だ。
自分のボカロ曲用アカウントのSNSでも告知済み。
どんな反応が返ってくるのか、2人して怖いのと楽しみな感情がない交ぜになっている。
「色々ありがとね。まさか、自分で作曲に関われるとは思わなかった。」
これでバンドでも演奏できるし、オリジナル曲も増やせるんじゃない?
「そうだね。今までコピーやカバーばかりだったから、ライブハウスのオーナーにもオリジナルソング作れって言われてたし、これで本格的なバンド活動が始まるような気がするよ。」
そんな話しをしているうちに、24:00になる。
数分すると、こちらのスマホに通知が鳴り始める。動画に対する感想がSNSに書き込まれているようだ。
あかりのスマホも同じようで、動画の感想や、チャンネル登録、SNSの登録そう言った通知が鳴りやまないようだ。
「うわ、バズってんじゃん。1時間で5000フォローされたし、動画も1万再生超えてる。」
明日の朝にはもっとすごいことになってたりして。
「さすがにそれはないっしょ。とりあえずもう今日は寝よ。」
そんな会話でこの日は終わったのだが、
一晩明けて翌日
大型連休の初日だが、あかりから連絡が来る。
「ちょっと、動画のバズり方がやばいんだけど。」
こっちのチャンネルも動画のリンクから飛んできて、登録がすごいことになってる。
「SNSの登録もおかしいことになってて怖いんだけど。」
トレンドにも載ってるし、すごいことになっちゃったね。
「元々君の曲は人気があったから、私はそこに便乗させてもらっただけだと思うけど。」
この短時間でこんなに動画がバズることは、自分のチャンネルではなかったよ。これはあかりの実力が起こした奇跡。
「この後バンドメンバーと練習あるから、早速新曲の練習してくる!」
ライブで聞けるのを楽しみにしてるよ。
「期待してて!ありがとう。」
そうして、あかりは楽しそうに練習に出かけて行った。
3年生7月
夏休み開始から1週間が経過した。受験生なので、夏期講習などに通っている。
ふといつものスタジオに寄ると、あかりのバンドのライブ告知が出ていた。チケットを買おうと思ったら、すでにSOLD OUTの文字が出ている。
動画でバズった後、新曲を出すたびに人気がうなぎ上りになり、その影響でライブチケットも売り切れているらしい。
ショックのあまり、愕然としてスタジオを出ていくと、
「ちょっと、待って。」と呼び止められる。振り返るとあかりがこちらに駆けてくるところだった。
あー、ライブの告知見たよ。残念ながら売り切れでチケットは買えなかったけど。
「そのことなんだけど、これ貰って」
そう言って差し出されたのは、ライブのバックパスだった。
いや、関係者じゃないのに受け取ることはできないよ。
そう言って断ろうとしたが
「何言ってんの。君のおかげで曲もできてこんなに人気出たんだから。作曲者として関係者に含まれるに決まってんじゃん。むしろ、オリジナル曲ひっさげての初ライブなんだから、来てくれなきゃぶっ〇すよ。」
それは物騒だね。ならありがたく受け取らせてもらうよ。正直、ライブ行けないのかとガックリ来てたから、素直に嬉しい。
「君が来てくれないライブなんて、ハンバーガーの肉抜きみたいなものだから。まぁそこまで影響ないし、知らんけど。」
それは深刻な野菜不足だね。
「そういうこと。まぁ最近は反省してヨーグルト食べてるけど。」
それでも野菜は食べないのか。まぁ体に問題ないならいいけどさ。というか、傍から聞いてたら訳のわからない会話だよね。
「君と私がわかってれば、それでいいじゃん。とりあえず、舞台袖で聞けるチケットだから、当日は裏口から入ってきなよ。」
わかった、ありがとう。
3年生8月ライブ当日
「お前らついてきてるかぁー!!」
舞台袖から見えるあかりはキラキラと輝いて、スポットライトを浴びながらイキイキと歌っている。変わらない歌唱力、表現力、音楽センス。圧巻のパフォーマンスもあって、ライブは盛況だ。客席は満員。熱気はMAXまで上がり興奮のるつぼと化している。
舞台袖のこちらとあかりの視線がぶつかる。ウィンクひとつ飛ばして、また客席に向かい歌いだす。
その瞬間、心臓が高鳴り、それはしばらく治まらなかった。
オリジナルの新曲も歌い上げ、ライブは大盛況のうちに幕を閉じた。
あかりの歌声に改めて惚れなおしたが、自分の目標にプライドを持って、全力で挑む彼女の姿に自分がファンではなく、あかり個人に惹かれ、寄り添いたいと思っていることを自覚した瞬間でもあった。
3年生9月文化祭
文化祭ライブは昨年の反省をふまえ、今年は学校のホールでおこなわれることになった。
この頃は動画配信サイトで有名になりすぎて、あかりのバンドは卒業後に有名レーベルからのメジャーデビューが決まっていた。
もはや社会現象のようになり、学校どころか近隣で石狩あかりを知らないのはお年寄りと忙しいサラリーマンくらいと言っても過言ではない程だった。
と、他人事の様に話しているが、何故かあかりのバンドの作曲者として、自分もメジャーデビューすることが決まっていた。
有名レーベルの社長さんから直接オファーをもらい、あかりもデビューすると聞いて、断るという選択肢は不思議と頭の中から消えていた。
そして、文化祭ライブは会場の外にまで観客が溢れるほどの盛況ぶりだった。
ラストの曲を歌い切ったところで、会場からあがるアンコールの声
「それじゃあ、ここで紹介したい人がいます。」
あかりが突然そんなことを言う。
自分は観客として最前列でライブを見ていたが、突然ステージを降りてきたあかりに手を引かれてステージ上まで連れていかれる。
「この人は私たちのバンドの作曲家、私の動画の曲も彼が全部作っています。」
全部は言いすぎ!あかりだって作曲一緒にやってるのに。
「いいから、いいから」
「そういうわけで彼は私の大事な人なんで、よろしくしてください。」
会場がザワザワとしだす。
いや、その言い方誤解を招きかねない・・・
「え?・・・あっ」その瞬間ポンッという音が聞こえるかのように、一瞬であかりが真っ赤に染まっていた。
「あー。とりあえず、彼も楽器ができるんで、去年歌ったバラードを今年もやろうと思います。」
急にそんなこと言われても・・・。
辞退しようとしたが、ギターを渡されてしまう。
あかりから向けられる期待の眼差しに勝てるわけもなく、ギターを構える。
「それじゃあ聞いてください。」
こうして色々な憶測を残しながら、ライブは終わった。
この後しばらくあかりと恋人なのではないかという噂が学校中で広がっていた。
二人とも困惑しつつ、やんわりと「そんなことはない」と否定する生活が続いた。
否定するのは心が痛んだ。
3年生12月クリスマス
あかりから突然の電話がきた。
「今からアコースティックギター持って、駅に集合ねー。」
そんなことを言われる。
いや、予定とかあったらどうするんだよ。
「君にクリスマスなんて恋人イベント、縁があるわけないじゃん。」
そういうあかりも縁がなさそうだよな。
「うるせぇ!そうだよ!縁がないんだよ!」
なら縁がない同士で、出かけるということで。
「ったく、とりあえずさっさと駅まで来てよね。」
切られる電話
しぶしぶといった様子で、しかし内心ウキウキしながら駅に向かう。
駅にはあかりが立っていた。
待った?
「さっき来たとこ。」
あかりさんマジイケメン
「冗談言ってないで。今日はここでストリートライブやるよ。」
マジで?聞いてないんだけど。
「そりゃ言ってないもん。言ったら恥ずかしがって来てくれないじゃん。」
見透かされてる。
ここまで来て、帰るというのもできず、仕方ないのでアコギを出して構える。
「セットリストはこの辺だけどいけそう?」
ん、それくらいなら・・・って全部作った曲じゃん。しかもこっちのチャンネルのボカロ曲まで。アコギ用にアレンジしてないけど・・・。
「君ならそれくらい余裕でしょ?私の専属作曲家さん期待してるよ。」
そんなことをこちらを見ながら言われると、期待に応えたくなってしまう。
わかった。やりながら調整していくから、時間の許す限りやっていこう。
「そうこなきゃ!じゃあさっそくいくよ。」
こうしてクリスマスのゲリラライブは敢行された。
最初はまばらだった観客も、最近話題の歌い手ということに気づいて、すぐに人垣ができあがった。
まわりからは
「相手の男の人誰なんだろ。」
「まさか恋人?」
「専属の作曲家だって友達が言ってたよ。」
そんな声が聞こえる。
しばらくはそんな周りの声が気になっていたが、あかりが隣で歌ってくれるとすぐに気にならなくなった。
あかりとこうしてライブができるクリスマスは、どんな時間よりも幸せな時間だった。そう思いながら、心の片隅で“あかりもそう思ってくれるといいな”と考えていた。
3年生2月バレンタイン
「ねぇ、これあげる」
そう言ってあかりはこちらに一つの包みを差し出してくる。
これは?
「縁がなさそうでかわいそうだし。あげようかなって、ただの気まぐれ」ケラケラ笑っている。
ほほう、しかし残念だったな。今年は義理チョコをもらっているのだ。
"これからも曲作り頑張ってください。期待してます。"だってさ。
一瞬であかりの目からハイライトが消えた。
「…ふーん、じゃあ私のはいらないね。」
調子にのってました!ごめんなさい!チョコをくださいあかり様!
慌ててそう返せば、瞳に生気が戻り、
「あはは、そんなに必死になって、私のチョコそんなに欲しいの?」と調子に乗って言ってくる。
もちろんでございます!哀れな私めにチョコをお恵みください!
「どうしよっかなー。」
頼むよあかり、な?
「その情けない顔に免じてあげるよ。」
こちらの必死な表情に何かを感じたのか、何だかあかりの目の奥に怪しい光が見えた気がした。
3年生3月ホワイトデー
放課後にあかりを呼び出した。
「なに?」
どこか億劫そうにあかりがやってきた。
いや、今日ホワイトデーだろ?お返しを用意しててね。
「ふーん、他の子には先に返してたよね。」
・・・あー、いや実はあかりだけ特別に用意してて。
「あ、そうなんだ。」
MP3プレイヤーを渡す。
これ、このままあげるよ
「なにこれ?」
オリジナル曲、でもそれは公開しないやつ。
あかりのためだけに書いた、あかりのための曲だよ
「・・・どうゆうこと?」
まぁ、詳しいところは曲を聞いてくれれば理解してくれると思ってる。ただ今聞かれるのは恥ずかしいから、帰ってから聞いてよね。
「ん、わかった。」そう言ってMP3にイヤフォンをつないで聞こうとする。
あかりさん、話聞いてました?
「うん、聞いてたよ?」
今聞かれると恥ずかしいんだけど。
「うん、言われたね。でも、聞きたいから今聞くわ。」
・・・じゃ、帰ります!またな!
慌てて逃げ出した。
「別にそんな慌てて逃げなくてもいいじゃん。さて、貰った曲はどんなのかなー。・・・この曲って・・・。」
3年生卒業式
式典が終わり、教室で同級生との別れを惜しむ。
すべてが終わり、いざ帰ろうとしたところで自分の席の上に先日プレゼントしたMP3プレイヤーが置かれていることに気づく。
手に取り、音声を再生してみると、「伝説の木の下で待つ」とだけ入っていた。差出人の名はないが、この声の人物は一人しか思いつかなかった。
急いで中庭の大きな木のところまで行く。
たどり着くと、そこにはホワイトデーに渡した曲を歌っているあかりがいた。
さすがにおおっぴらに歌われると恥ずかしいんだけど。
「いいじゃん、私はこの曲好きだよ。私のことをよく表現してる曲だと思うし、気に入ってる。何より君の気持ちがよく伝わってくる。」
「これを公開したら君のこと独り占め出来ると思うんだけど、ダメかな?」
そんな公開処刑みたいなことされたら生きていけないよ。
「いいよ、私が養うから。」
それ意味わかって言ってる?
「むしろ分からずに言ってると思う?」
…
「君がいなきゃ今の私はないんだから。歌い手としての今までの成長も、石狩あかりとしての成長も、全部君抜きではありえない。専属作曲家なんて肩書きがなくたって、君がいなきゃ私は成り立たないんだよ。」
「そもそも、こんな男勝りな女を構う特殊な男なんて君くらいだし。」
そんなことはない。周りの男連中もあかりのこと可愛いって言ってるけど。
「それでも口が悪いから、寄り付く男子なんて君くらいなんだよ。」
「適当に扱ったことだってあるのに、それでも懲りないなんて、相当なドMだよね。」
「作曲センスは凄いし、それでも自信持てないし、ヘタレなのに時々男らしいし、かと思えば受けっぽい時あるし。」
「何より君の曲がなきゃダメな体になっちゃった。」
それを言うなら、あかりの歌声がなきゃこっちもダメな体にされてるよ。
「ははっ、同じだね。」
「これから先、専属作曲家としてバンドと関わり続けてくれると思うけど、それだけじゃ足りないから」
一際強い風が吹き抜ける
いつもあかりが被ってる帽子が飛ばされた。それにも関わらずこちらから視線を逸らさない。
「君の一生を私にください。この先音楽だけじゃない、全てにおいてパートナーになってください。」
不安に揺れる瞳、それでも意志を曲げず視線を外さない。
そんなあかりの強い気持ちを受け止める。
ありがとう。同じ気持ちでいたからすごく嬉しい。これからよろしくお願いします。
そう返事を返す。
伝説の木もざわざわと揺れ、葉擦れの音が優しく祝福してくれているようだ。
「良かったー。すっごく緊張したんだからなー。」
でも、答えなんてわかりきってたでしょ?
「そりゃ、こんな曲聞かされれば嫌でも確信するに決まってるじゃん。まぁ無くても逃がす気は無かったけど。」
そういってニヒルに笑うあかりを抱き寄せる。
「キャッ」
ビックリして乙女らしい声をあげる。こういう所も可愛い。
「いきなりはやめてよ。ビックリするじゃん。」
そう言いながら腕の中にすっぽりと収まる。
「この後忙しくなるからね?」
・・・?なんで?
「だってSNSとチャンネルで婚約発表しなきゃだし。」
え"?公開するの?
「え?当たり前じゃん。そうしなきゃ、君を盗られちゃうからね。」
そう言ってこちらの手を引いて駆け出すあかり。
「これからずーっと離さず傍にいてよね!」
fin
あとがき
よっ!石狩屋!!
どうもみなさん、づにあです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
前作からずいぶんと日にちが開き、お待たせしたことと思います。
え?そんな待ってないって?
あちゃ、うぬぼれだったかー(*ノω`*)
閑話休題
今回のあかりちゃんエピソードはいかがでしたでしょうか。
正直、今回も難産でした。「あかりちゃんの解釈はこれで合ってるのか。」そんな悩みがいつも以上に強いキャラでした。
あかりちゃんは「やりたいことを、いつでも全力で!」そんなイメージで見ています。
他にも魅力いっぱいの女の子なので、推しにしているみんなは言葉にしなくてもわかってると思いますが、本当に素敵な子です。
時々、ヤンチーなところも出てしまいますが、そんなところもきっと彼女の魅力なんでしょうね。
さて、長々と書くのもいけないので、今回もこの辺で!
最後に予防線だけ貼らせてね?
解釈違いはご勘弁!優しく見守ってね(n*´ω`*n)
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