母のミシン
私は母が苦手だ。
なんか怖いし。
母とは違う生き方をしたいと思っていたのだが、一つ、受け継いだものがあった。
かわいい服に弱いというところだ。
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私が大学生の頃、母が子供服を買ってきたことがあった。
我が家どころか親戚中にも未就学児はいなかったのに、可愛らしいちっちゃなワンピースを2着買ってきた。
母に理由を聞くと、「あまりにもデザインが可愛くて買ってしまった」とのことだった。
我が家は全く裕福ではなく、余裕があるわけではないのだが、母はたまにこういうことをする。
母は美的感覚の鋭い人なのだが、自分のセンスに合うようなものを見つけると必要がなくても買ってしまうところがあった。
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私が最も心打たれた服は、小学校低学年の時のピアノ発表会で着たドレスだ。
そのドレスは母がミシンで手作りしたものだった。
母は子育てと共にミシンを始め、姉や私たちのカバンや給食袋、上履き入れなどを作ってくれた。
給食袋と上履き入れは幼稚園のバザーにも出品し、大好評だったようで、小学生になってからも、同級生がそれを使っているのをたびたび目撃し、なんとも言えない気持ちになった。
そんな母が、たった一度しか着ない発表会のドレスを作ってくれた。
そのドレスは確か、紺色で、白い襟がついた、シンプルだけれども可愛らしいデザインのものだったと思う。
私の胸は高鳴った。こんなにかわいいドレスが、私のためだけに作られたのだ!
マジ尊敬だった。すげぇ人だと思った。
私が小学校高学年になると、母は再び仕事を始め、忙しくなったためか、ミシンは一切しなくなった。
母のミシンは、階段下の収納スペースで、長い間埃をかぶることになった。
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大学生になり、おしゃれな服でキャンパスライフを送ることになるかと思ったら、そうはいかなかった。ていうか大学にもほとんど行かなかった。
家にある服は全て母が選んだもので、そのほとんどが母と姉と私、3人共用のものだった。
そうなると、20歳ぐらいの女が着る服はどうしても少なくなる。年齢気にせず着られるものも素敵だけれど、たまには歳相応のフレッシュな(?)服が着たかった。
しかしお金がなかった。
バイトにはかなり入っていたが、お金の使い方が壊滅的に下手くそで、全然貯金できなかった。
私の財力で買える服に、好みのものはほとんどなかった。
そして、もう一つ問題があった。それは身長だ。
私は152cmと平均よりも低い身長だ。それでどうして困るかというと、服のサイズが合わないことが多いのだ。
「あ、これ素敵だな〜」と思って体に合わせてみると、想定してた丈より随分長かったりして、そのまま着るとちんちくりんになってしまうことが多かった。
財力とサイズ感、これが難点だった。
「なんだろうな〜、う〜ん」と思っている間に大学に8年もいてしまった。
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昨年の4月、彼氏の家でぼーっとテレビを見ていると、Eテレで『ソーイング・ビー』が始まった。BBCが制作する、イギリス裁縫自慢頂上決戦みたいな番組だ。
なんか名前は聞いたことあるんだよな〜と思ってしばらく見ていた。
その回はコートを作って競う回で、8人?くらいがそれぞれ自分で作ったコートをモデルに着せて披露し、順位を決めるというものだった。
出来上がったコートたちを、一人一人審査員が講評していくのだが、画面の前でも私と彼氏であーだこーだ言い合っていた。
そしてそのうちに、この考えに行き着いた。
「これ私が作った方がもっと素敵なのできると思う!!!!」
「やらせろ!!!私にミシンをやらせろ!!!」
実家に帰り、母に許可を得て階段下からミシンを引っ張り出してきた。
20年以上前のものなのでとても重く、移動させただけで筋肉痛になった。
勉強机として買ってもらったのにほとんど勉強しなかった無印のテーブルに、ミシンと裁縫用具を置くと、すぐにスペースが埋まってしまった。
母から譲り受けた布を紙袋に入れて床に置くと、途端に足の踏み場がなくなってしまった。
たった1日で、私の部屋は裁縫部屋になった。
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最初はポケットティッシュケースから始めて、エコバッグ、スカート、ワンピースとどんどん挑戦した。最近は自分でデザインしたものをパターンに起こすのに挑戦中だ。
異常な熱量だった。思わず早起きするぐらいミシンが好きになっていた。
生地屋さんで生地を選んでいる時間も好きだ。何時間だっていられる。
このデザインならこういう柄でこういう質感の生地が欲しいな、と思ってそれがぴったり見つかると、めっちゃ嬉しい。
自分の好きな生地で、好きなデザインで、自分にぴったりのサイズのものが手に入る!
手作りだからめっちゃ安い!というわけではなく、生地も良いもの使えば高くなるし、接着芯や型紙、糸などちまちましたお金もかかる。
でもそれでも、ハイブランドなお店で買うよりは安上がりだ。たぶん。
ミシン最高!
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25歳にして、自分が得意なことが見つかるというのも不思議だなぁ。
まだやっていないだけで、実は向いてることなんてたくさんあるんじゃないだろうか。やってみようかな、背泳ぎ。
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もし今私が『鋼の錬金術師』の世界に行ったら、ロイ・マスタング大佐には
「ミシンの」
って呼ばれるんだろうか。