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その時まで彼女の心にはそよ風が吹いていた 春の日ざしのような恋

深夜2時。彼女は眠れないとき、決まってボーイフレンドに電話した。眠れないのは、不安だから。怖いから。軽快な電話のコール音が頭に響く。うるさい、うるさい。早く出て。お願い。彼女はそうやって祈った。大抵は4コール目か、もうだめかと思ったその時にコール音は鳴り止む。鳴りっぱなしで、結局出ない日だってしょっちゅうある。

今日はラッキーだった。3コールと半分のとこで、音がぴしゃンと鳴り止んだ。ひと間の静寂とシーツを擦ったようなノイズ音の先には、彼がいる。掠れたうなり声のあと、彼は渇いた口内を潤すように何度かむにゃむにゃと口を動かした。

彼女にとって、その時間はどんな一時よりも幸せだった。職場の毛量の少ない上司に何を言われたって、夜彼と電話できれば"良い日"となった。

一言交わす。おはよう、とか、おやすみ、とか。そんな程度だ。そして今日起こったことをお互いに話す。彼が仕事の問題を話しているうちに、ごわごわとした少し重みのある毛布がじわじわと彼女の体温をあげていった。そして彼が話し終わる頃には、彼女はすべてを忘れた赤子のように眠りについた。ボーイフレンドが声をかけても返事はない。彼はしばらく黙り、彼女の寝息を確認すると、彼女にありったけの愛を込めたような柔らかい声で「おやすみ」と告げた。彼女は眠っていたが、その声は毎晩しっかりと耳に届いていた。

彼女はようやく眠りにつく。不安や恐怖は何もかも忘れて。今はただ、彼に抱かれるように、布団の温かさを感じるだけだ。

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