見出し画像

音楽ライター金澤寿和さんが語る2冊のジェフ・ポーカロ本から読み解く、ドラマーとしての魅力とその価値観。

 去る3月11日に、『ジェフ・ポーカロ イッツ・アバウト・タイム』(ロビン・フランズ 著、島田陽子 訳)がDU BOOKSより刊行されました!

ポーカロ評伝_cover+obi_RGB

 ジェフ・ポーカロ関連書としては、2015年の『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』に続き2冊目(2018年にはポーカロとの思い出も綴られた『スティーヴ・ルカサー自伝』も刊行)。米『Modern Drummer』誌の元ジャーナリストであり、生前のジェフに最も多く取材をしたとも言われる著者のロビン・フランズ氏が、ジェフ本人のコメントはもちろん、関係者や家族への膨大な取材をもとに編纂した一冊。

 そんな本書の魅力について、今回は音楽ライターの金澤寿和さんにご寄稿いただきました。

*  *  *

 今年も程なくしてジェフ・ポーカロの命日、8月5日がやってくる。奇しくも2020年は、ちょうど没後30年。遺族でもないのに、いつまでも故人の思い出から抜け出せないのはどうかと思うが、例えば今、ラジオで一日中洋楽ステーションをつけっぱなしにしていたら、ジョン・レノンやマーヴィン・ゲイ、プリンスたちの歌声や、ジミ・ヘンドリックスのギターを聴くよりも、きっとジェフのドラミングを耳にする機会の方がずっと多いはずだ。ただ、その超絶グルーヴ・メイカーの存在に気づかないまま看板アーティストの曲として聴いている人がほとんど、というだけである。でもTOTOはもちろん、マイケル・ジャクソンやボズ・スキャッグス、スティーリー・ダンにドナルド・フェイゲン、ポール・マッカートニー、ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウン、アレサ・フランクリンらのヒット曲、主要ナンバーで叩いているのだから、音楽ファンなら間違いなく、知らず知らずのうちに彼のドラムに触れているはず。そしてそのプレイに気づけば、「あぁ、ジェフのドラムだ…」とプレイに思いを馳せると同時に、過去30年、彼を超えるドラマーが遂に一人も現れなかったことを実感することだろう。

 え、そんなことはない? ヴィニー(カリウタ)は? マイク・ポーノイ(元ドリーム・シアター)は? スティーヴ・ガッドだって未だ現役だろう? そんな声も聞こえてくる。実際にジェフよりもハイ・スキルのドラマーなんて、今となってはさほど珍しくはない。TOTOでの後任サイモン・フィリップスだって、演奏自体はジェフよりはるかに技巧派だ。でも本書を読めば、ジェフが一番大事にしていたものが何だったのか、彼の何がワン&オンリーだったのか、それがすぐ明確になる。

「僕はリズムをキープしたいだけなんだよ。僕はタイム・キーパーになりたいんだ」

 中学生当時のジェフ自身の言葉だ。結局それは、彼の生涯を通じて変わることがなかった。

 父親がセッション・ミュージシャンで、2人の弟たちもそれぞれ楽器を手にする。カリフォルニアはノース・ハリウッドに移り住んで以降、周囲には音楽関係者や俳優の息子などが多くいて、気の合う音楽仲間が一気に増えた。そうした恵まれた環境が、ジェフの音楽センスを育んだのは間違いない。そしてその中で、やはり父親が作編曲をしているデヴィッド・ペイチと出会い、意気投合して、ジェフのバンドに参加することになる。これがTOTOの前身:ルーラル・スティル・ライフだ。そしてこのハイスクール・バンドから、またいくつもの可能性が枝葉のように広がっていった。

 カーペンターズのプロデュースで知られる作編曲家ジャック・ドハーティのセッション、兄貴分となる名ドラマー:ジム・ケルトナーとの邂逅、レオン・ラッセルの家に招かれてデヴィッド・ハンゲイトに出会い、その推薦でソニー&シェールのツアーに抜擢。そこから更にシールズ&クロフツ、そしてスティーリー・ダンへと…。

「他のドラマーとは違うんだ。普通、誰か一人選ぶのは難しいんだけども、彼には彼の編み出したグルーヴがある」(ドナルド・フェイゲン)

 ジェフ存命中のTOTOで、「唯一ジェフ以外にドラムを叩いた」として本書に登場するスティーヴ・ジョーダンも語っている。

「彼は曲をプレイしてるんだ。何より重要なのは、その曲を気持ちよく感じさせること。ジェフはそこをしっかり抑えていた。だから彼はあっちで〈今夜はビート・イット〉をやり、こっちでは〈ロウダウン〉をやることができた。変幻自在のカメレオンだよ。そこがジェフ・ポーカロの音楽性の本質だ」(構成:筆者)

 その上でジョーダンは、曲ごとに違うドラマーを使うことが多かったスティーリー・ダンが、ジェフだけはアルバム通して起用していたと指摘する。ほぼ同じ台詞はリチャード・マークスからも。

「みんなが世界最高のドラマーと考えるプレイヤーとは、自分のパフォーマンスではなく曲を第一に考え、曲をしっかりプレイしてくれる人だ」

 もちろんジェフにもトレードマークや十八番のスタイルがあることは論を俟たない。例えば、ハーフタイム・シャッフルがその最たる例だろう。でも彼はそれをひけらかして自分をアピールするのではなく、あくまで楽曲を引き立てる独自のツール、いわば天下の宝刀として繰り出す。楽曲表現に最適ならば惜しみなく使うが、あくまで数ある引き出しのひとつ。ここぞ!というタイミングで使うから、最高の威力が発揮できる。その使い分けのセンスが最高級のグルーヴを生み、ジェフを特別なポジションに置いた。それを理解してくれる人との縁、その縁を切り開く人間力の高さと運の良さ、チャンスを掴む勘の良さ、どれも成功には欠かせない。技術だけでは認められない、実力があってもあまり声が掛からない、そんな話がゴロゴロしている世界だ。でもジェフにはそれが備わっていた。


 ジェフのスティーリー・ダン合流がTOTOの結成を遅らせ、デヴィッド・ペイチを一時的にソロ・アルバム制作に向かわせたのは、本書で初めて知った。対して本書には出てこないが、ボズ・スキャッグスのプロデューサー:ジョー・ウィザートにジェフを推薦したのは、他ならぬジム・ケルトナーだったと聞く。ウィザートも既にジェフをセッションに起用したことがあった。そしてボズの『シルク・ディグリーズ』と、TOTOデビューへ向けたデモ・テープ作りが、見事にリンクしていく。

「ジェフは自分の役割をもっと広げて、むしろソングライターやシンガー、アレンジャーがアプローチするような形で参加していた。タイム・キープだけじゃなく、ずっと多くの面で力になってくれたよ」
(ボズ・スキャッグス)

 筆者もミュージシャンの友人から、「〈ジョジョ〉って譜面にするとシンプルだけど、そのままプレイしてもあのノリは出てこない。行間を読んでプレイする感覚なんだ」と聞いたことがある。再びボズの言葉。

「ジェフはそういう彼独自のシャッフルを持っていた。おそらくどんなグルーヴよりキープが難しいだろう。(中略)相当な革新性とクリエイティヴティを持つドラマーでなければ、あんなグルーヴは出せない」

 そしてこのセッションと通じて、ジェフとペイチは自分たちのバンドへの想いを募らせていく。

「他の人のところでレコード制作の方法を学んで、僕らはファースト・アルバムを作るときには、既に8枚目みたいに聞こえるようにしたかった」
(デヴィッド・ペイチ/筆者による抜粋)
「すごく自由を与えてもらえた。曲もほとんどがペイチとの共作だったから、とてもやりやすかった。バンドのことを真剣に考え始めたのは、実際にはあの時からだな」(ジェフ)

 それ以降、ジェフはTOTOの精神的支柱となり、活動の方向性を生み出すリーダーとなった。プレイだけでは計り知れないジェフの人間としての大きさは、TOTOを取り巻く状況を本書で読んでいくとよく分かる。TOTOをタダのセッション・ミュージシャン集団だと思っていた人は、ボズの言い分をよく反芻するといい。


 生前のジェフに最も多く取材した米『Modern Drummer』誌の編集者が本書を著したことは、本の価値を高めた最大の理由だ。当人コメントはもちろん、音楽仲間や関係者、家族への膨大な取材が本書を支えている。でもその根底にあるのは、ジェフに対する深い愛情。恵まれていることに日本では、数年前に『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』という参加作ガイドブックが刊行され、ベストセラーを記録している。自分もその内容の濃さと深掘り具合に舌を巻いたものだ。ただ、参加作レビューと演奏法分析に終始するクールな筆致には、若干の違和感を抱いたのも事実だ。売れっ子セッション・ミュージシャンのディスコグラフィー本であれば、それでもう充分だろう。でも相手はジェフ・ポーカロ。表面的な音楽キャリアやワークスだけでは語れない、語ってはいけない、そんな強い思いがあった。

 そこに欠けていたジェフの人間観察、精神的進化を補完し、言わば答えを与えてくれるのが本書である。ドラマーとしての成長プロセス、ミュージシャンとしての信念や矜持、TOTOに向けた想いやリーダーとしてのスタンス…。彼が如何にして名声を築き、ワン&オンリーのドラマーとして存在感を強めていったのか。ジェフ・ポーカロという男の内面、音楽家魂の何たるかを、ごく身近なところから描き切った一冊なのだ。言わば、『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』と本書の2冊で、ジェフの表と裏、内側と外側の顔、その両方を感じ取ることができる。

 日本のジェフ・ポーカロ・ファンは、本当に恵まれていると言っていい。

文:2022年5月 金澤 寿和 / Toshikazu Kanazawa(音楽ライター)

*  *  *

画像3

《書誌情報》
『ジェフ・ポーカロ イッツ・アバウト・タイム
伝説のセッション・ワークをめぐる真実のストーリー』
ロビン・フランズ 著 島田陽子 訳
A5・並製・352頁
ISBN: 978-4-86647-158-7
本体2,800円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK314
全国の書店・オンライン書店にて好評発売中

画像2


『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事
レビュー&奏法解説でグルーヴの秘密を探る』
小原由夫 著
A5・並製・496頁
ISBN: 978-4-907583-14-9
本体2,800円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK080
全国の書店・オンライン書店にて好評発売中

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?