奇跡なんかじゃ無い (徳島宿プロジェクト)
こっそりと始まった感があるワールドカップ。
コロナの時代を経て、ワールドカップの熱狂はすっかり骨抜きにされたのか!?
そんな気持ちでテレビをつけると、そこにはマスク姿の人など見当たらず、絶叫するサポーターと闘志むき出しの選手が織りなす熱狂が、以前の大会と何ひとつ変わること無くスタジアムに渦巻いていた。
コレ、コレ、この感じ、テンション上がってきた!
正真正銘、本物のワールドカップが始まってるやん。
あれ・・・盛り上がってないのは、ひょっとして日本だけ!?。
そんなムードの中で迎えた日本の初戦、相手は過去4度の優勝を誇る強豪ドイツ。
試合前から解説者はみな渋い顔、SNSでもネガティブな言葉が拡散されていた。
PKで早々と1点リードされ、ほとんど攻めさせてもらえないまま前半戦が終了。
やっぱり無理なのか・・・この時点で誰が日本の逆転勝利を想像できただろうか。
「ドーハの奇跡だ!」
日本の勝利に、メディアが、世の中が、一斉に色めき立った。
システムがどうとか、選手起用がどうだとか、勝因はいろいろあるんだろうけど、あの劣勢のハーフタイムで、監督と選手だけは逆転勝利を信じていたということ。
これを「奇跡」と片付ける資格が、果たして私たちに有るんだろうか・・・。
一方で、1994年アメリカワールドカップ出場をあと一歩の所で逃した「ドーハの悲劇」を知るものは、この試合を「ドーハの歓喜」と讃えている。当時砂を噛むような思いで、テレビを見つめていた身としてはしっくりと来たのだが、ドイツ戦でゴールを決めた浅野琢磨(1994年11月10日生まれ)も堂安律(1998年6月16日生まれ)も「ドーハの悲劇」の時には、まだこの世に存在さえもしていなかった。
「ドーハの悲劇」を知らない世代の選手たちは、ドイツ代表に勝つことが「奇跡」と称されることを理解したうえで、「奇跡」を起こすための準備を着実にしてきた者たちなんだ。
試合翌日、ゴールを決めた堂安律が、「おめでとう」では無く「ありがとう」というメッセージが次々届くので、ビックリしていると話していた。
戦った選手はピンと来ないのかも知れないけれど、あの逆境からの勝利がどれだけ多くの人を勇気づけたことか・・・。
世の中に垂れ込めている嫌なムードなんて、本当はたいした実態など無く、空気読めよ的な良く分からない同調圧力に支配されているだけ。そんなムードなんてものは、一瞬で粉々に吹き飛ばすことができると証明して見せてくれた。
私自身、宿プロジェクトを進める中でいろんなムードに引っ張られもするけど、自らの信じる道をブレずに進めばいいと、改めて勇気づけてもらった気がしています
さあ、明日はコスタリカ戦、どんな展開になろうと心折れること無く、彼らを信じて最後まで応援したいと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?