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終の住処を求めて

19歳の時、実家を離れて一人暮らしを始めた。

初めての住処は、京都伏見の山の中。大学入試に失敗し、家に居辛くなって老人ホームで住み込みのアルバイトを始めたのがきっかけだった。

そこは、立派な施設の裏に隠れた倉庫のような建物で、窓を開けると一面の竹林。緑が清々しく心地よかったけれど、夏には雨樋から蛇がぶら下がって目が合うという悍ましい出来事も。それでもブロックと板で棚を自作したり、工事用のコーンに電球を仕込んで照明にしたり、ずいぶんくたびれた建物だったけど、初めて自分の城を持った嬉しさもあり、頻繁に部屋の模様替えをして楽しんでいた。

その後現在の妻と、3畳のキッチンと6畳の居間という激せま長屋に黒猫2匹という同棲生活を始めた。当時憧れだった大型のブラウン管テレビを買ってしまったおかげで、居間がますます激せまに。寝るのも、ご飯を食べるのも、くつろぐのも全てが同じ部屋だったので、古道具屋で手に入れた渋いちゃぶ台を出したりしまったり、色々工夫しながら暮らしていたことを覚えている。

当時、百貨店のデコレーターをやっていた妻もインテリアが好きで、土壁を帆布で覆ったり、安物の食器棚のいかにもプラスチッキーな取っ手を流木に変えてみたり、お金がなかったせいもあるけれど、単に買ってきた家具を並べるというのではなく、自分たちでリノベしながら、どうすれば居心地良く感じるスペースになるか、いろいろ試しながら狭さを楽しんでいた。

転々と住処を変えていく中で、やがてそうした創意工夫が少しづつ蓄積し、新たな住処を開く時には、安価な物件に独自の改装を施し、新たな魅力を引き出す、そんな住処づくりを楽しむようになっていた。

NOMAyadoスタッフルームのミニキッチン、何でもすぐ手が届く場所にある

そして現在、鳴門にNOMAyadoという新たな拠点を作り、スタッフルームで寝泊まりする日々。8畳ぐらいのスペースにミニキッチンと冷蔵庫などの家電。小さな机と丸椅子のセットが2つ、2人分のベッドと階段下を利用したクローゼットなど、それだけのものがよく収まっているなと感心するくらいのスペース。

ところが暮らしてみると、これが何の不自由もなく、逆に愛おしくなった。
「起きて半畳、寝て1畳」とは良く言ったもので、小さな机が仕事デスクにも食卓にも、荷物置きにもなるし、ベッドの上にYOGIBOを置いてソファーがわりにしたり、一つの空間を目的に合わせて使い分ける、小さなスペースでもコーナーをいろいろ作ることで、気分や居心地を変えられることを知った。

掃除の手間や冷暖房の効率を考えても、年老いていく中で、広さや部屋数より、コンパクトで使い勝手が良く、心地よい、そうした住処こそが終の住処としてふさわしいなと考えるようになった。

私の理想の一つ 建築家・阿部勉の自邸「中心のある家」
中心にリビングがあり、周りに設置された様々なコーナーと心地よくリンクする

今思い描いているのが、雑木林のような植栽を前庭に持つ小さな平屋。木々が見える大きな窓をきって、ひとつの空間を読書・書き物スペースや調理と食事スペース、音楽を聴くスペースなどのコーナー分けで好きなソファーや椅子を並べ、気ままに居場所を変えながら、猫たちに囲まれて暮らしたい。

建物は古くてもリノベするとして、まずはここに暮らしたいと思うような景色との出会いを求めて、日々散歩しながら物色中。

終の住処探しの妄想は、膨らむばかりだ。


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喧騒を離れ、穏やかで心温まる時間を一緒に過ごしませんか・・・。


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