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思わず考えさせられたこと

GWも無事乗り切り、宿主としてはホッと一息。母の命日ということもあり、兵庫の自宅に戻ってきた。

翌日のこと、何かが焦げているような臭いに気付き、家の中をくまなく点検するが何も問題無し。ふと窓から外を見ると、何やら尋常では無い煙が立ち上っているのが見えた。あっ火事だ、外に出ると灰のようなものが風に吹かれて漂っている。これは近いかも、心配になって、煙の立ち上る方に歩き始めた。煙を吸って歩いているせいか喉がイガイガし始めるが、相変わらず見えるのは煙ばかり。

引き返そうとも思ったのだが、やはり気になって歩き続けると、ついに火元に到着。すさまじい勢いで住宅が燃えており、すでにたくさんの野次馬が集まっている。ときにボンという爆発音のような音が混じり、とっさに身構える人たち。必死の消火活動が続けられていた。

最初は、たち登る炎にばかり目を奪われていたのだが、よく見ると心配そうに見つめる近隣の方々は皆、お年寄りの方ばかり。杖をついている人、家族に腕を支えられている人、昼間だというのに寝間着のような服装をされている方も多い。

私が兵庫で暮らす住宅街の遠景

ベッドタウンと呼ばれた新興住宅街は、いつの間にか、違う意味のベッドタウンに変わってしまったようだ。

私がこの街にやってきたのは小学校5年生のとき、もう50年も前のことになる。
サラリーマンだった父が、郊外に夢のマイホームを構えた。通勤に便利で、子育てするにも環境が良い。山を切り開いて造成されたこうしたベッドタウンが日本中に開発された頃の話だ。通りでキャッチボールをしたり、サッカーしたり、走り回る子どもたちの声がいつも響いていた。

しかし、時の流れが街の様相を変える。世代が変わり、家を建て直して暮らしている方も居るが、空き家も目立つようになった。坂が多いこの街を離れて、便利な駅前マンションに引っ越すお年寄りも多いと聞く。

この街に最初に家を建てた世代は、ほとんどが80歳以上。
頼りなげに火事を見つめるお年寄りたち、海と共に暮らす日焼けした鳴門のお年寄りとは表情が少し違う気がした。どちらが良いとか悪いなんて話じゃ無いけど、年を重ねていく中で、健康や安心だけでなく、どう暮らしたいか、どう生きていたいかを考え続けていきたいものだと改めて思った。

母の墓参りも済ませてたことだし、さあ鳴門へ帰ろう。

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