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「採用マーケティング」という考え方

 採用マーケティングとは、人材確保のための採用活動にマーケティングの知見を活用し、より合理的に採用活動を進めてもらおうという取り組み・提案です。現在の人口減少環境下において、就業希望者自体の数が増えることは基本的にありえません。したがって、限られたパイの取り合いにどうやって勝ち抜くかという競争優位の獲得が人材確保の基本的な命題となっています。このような環境下で、採用マーケティングはとても力強いアプローチだということができます。以下、その概要について解説したいと思います。


マーケティングの知見を活用する

 一般にマーケティング論とは、顧客の獲得を目指して商品や事業の競争優位を獲得しようとする知見の集合を指しますが、採用マーケティングが目指すのはこのようなマーケティングの知見を採用活動に応用しようとするものです。その最大の特徴は「自社で働くこと」をいわば商品に見立て、それを顧客にどうやって買ってもらうかを考えるアプローチにあります。こうすることによって戦略的に人材確保を進めていくことができるわけです。

マーケティングの核心は「理解」の実現

 より具体的に、採用マーケティングでは商品(自社で働くこと)の魅力をどうやって顧客(就活生・若年就業希望者)に「理解」させることができるかを考えます。詳細は省きますが、人が特定のことがらについて完全に理解するためには、価値レベルと意味レベルの2つの次元での理解が必要です。採用マーケティングではこの意味・価値の両レベルから自社で働くことの魅力を発見・明確化し、就業希望者に伝えていくことで効果的に自社の魅力を理解してもらうことを目論みます。

価値レベルでの魅力の理解を促す

 価値レベルの魅力訴求とは、客観的なメリットや優位性を説明することを指します。給与が高い、休みが多い、福利厚生が充実している、職場環境が快適、都市部にオフィスがあるなど、他社に比べていかに自社が優れているか(競争優位を持っているか)を訴求することになります。この価値レベルの訴求は分かりやすく強い訴求力を持っているため、どの企業にとっても重視されていますが、弱点もあります。それは、既存の価値観にもとづく優位性はどう工夫しても覆すことができないため、優劣が固定的になってしまうという点です。
 そのため、例えば体力のある都市部の大企業に比べて、地方の中小企業は給与や環境などの条件で勝ち目を見出しにくく、どんなにがんばっても就業希望者に響かない、といったことが起きがちになります。そこで注目したいのがもう一つのアプローチである意味レベルの魅力訴求です。

意味レベルでの魅力の理解を促す

 意味レベルでの魅力訴求は、主観的なイメージやコミットメントによって選んでもらおうとするマーケティングのアプローチです。価値による訴求が商品の「良し悪し」で勝負しようとするのに対して、意味による訴求はその商品を「好きか嫌いか」で選んでもらおうとします。好き嫌いという主観的な評価を強調することの強みは、創作によって新たに作り出すことができるという点です。例えば、自社で働くことがどんなに素晴らしいかを主観的なストーリー(ケースや武勇伝なども)仕立てで創作していくことになるのですが、その内容は想像できる限り無限に広がります。価値レベルでの魅力は事実を客観的に述べることしか出来ないのに対して、意味レベルでの魅力は主観からいかようにも見出すことができ、その意味で創造性があればいくらでも「好き」ポイントを生み出していくことができるわけです。

どんな人がほしいか、ターゲットを見極めよう

 このような意味レベルでの訴求を成功裡に進めるために必要なのは、ターゲットの明確化です。価値レベルの訴求は一般的に誰が見ても魅力的なメリットをアピールすることになります。したがって、訴求は一般的な就業希望者全体に向けて行われますし、そのような相手に広く響くような内容を考えることが重要です。一方で、意味レベルの訴求では主観的な視点から条件(訴求ポイント)を見てもらい、彼ら・彼女らからの共感を引き出すことを目指します。つまり「他の人はどうか知らないが、自分は個人的に好き」だと思ってもらうことが目標なわけです。万人に受け入れてもらうことを目指さないかわりに、このやり方には明確なターゲットが必要です。万が一、好きではないと評価されてしまっても構いません。もともと採用しようとする数には限りがあるわけで、それに見合う希望者を集めることができればいいのです。

意味レベルでの訴求ポイントを見極める方法

 意味レベルでの訴求ポイントを見極めるために必要なのは、自ら自社で働くことの主観的な魅力(好きだと思えるポイント)を見つけ出すという作業です。なぜ、あなたはその会社で働いているのか。どんなところが好きで、自分にあっていると思うのか、というリフレクションこそが意味レベルの訴求ポイントを見つけ出すための取り組みになるのです。繰り返しますが、このときに一般的な妥当性(広く万人に受け入れられるか)を気にする必要はありません。個人的に好きなポイントを見つけ出し、それに共感してくれる人に選んでもらえれば良い、と考えることが重要です。

意味レベルの訴求による副次的なメリット

 このような意味レベルの訴求ポイントを見つけ出すことによる副次的なメリットもあります。例えば、それを考え出すリフレクション自体がその会社に対するコミットメントを高める効果を持っているため、これを全社的に(少なくとも担当者間で)行うことで、それに参加した人々の定着率が高まる可能性があるということです。今まで気づいていなかった主観的な魅力に採用担当者側が気づいてしまう、というメリットが期待できるのです。
 同様に、マッチングの観点からもメリットがあります。給料や待遇、ブランドで選んだ就職先に入ったは良いが、実際に働いてみると自分にはあってなかったというケースはよくあります。その結果、早期離職が増え採用担当者を悩ませるわけですが、これはそもそも就業希望者側が納得せずに内定を受け入れてしまったことによる弊害ということができます。本人が納得して選んでいるかどうかまで採用段階で見極めることは難しく、企業側からこの問題を解決するのは簡単ではありません。
 就業希望者が、企業に関する意味レベルの魅力を理解している(その結果自社を志望する)ということは、簡単にいえば自分がその会社にあっていると判断しているということです。そのような判断を経て内定を受け入れた人材は、たとえ希望通りのメリットを享受できなかったとしても(例えば思ったより仕事が大変、希望通りの職種・部署に就くことができなかった、など)、簡単には離職という選択をしないことが期待されるのです。

価値レベル・意味レベルの訴求を両立する

 もちろん、意味レベルの訴求にも弱点はあります。それは、意味レベルでの訴求だけでは客観的な根拠に弱く、悪く言ってしまえば迷信的(怪しげ)な説明になってしまう点です。したがって、魅力の訴求には価値レベルと意味レベルの両者を合わせて行うことがとても重要だと言えます。
 一般的な価値観から、自社が持つ比較優位性のあるメリットを明確にして訴求すること。同時に、他でもないその人にとって自社で働くことがどんな意味を持ちそうかを考え共感してもらうこと。このような複眼的思考こそが採用マーケティングの核心だということができるのです。

終わりに―採用マーケティングの強み

 一般に、就職活動では企業から十分な情報提供がなされていないと就業希望者側から指摘されることが少なくありません。企業からすればどんな情報がほしいのか就業希望者側から明示してくれれば良いのですが、そもそも彼ら・彼女ら自身どんなことを知りたいのかはっきりと言えないところがあります。本稿でいいたいのは、このような曖昧な情報にあたるものが意味レベルの魅力なのではないか、ということです。主観的な魅力だからこそ企業側はどんな情報を出せばよいのか分かりにくいし、就業希望者自身、自分がどんな主観的な希望を持っているのかを明確化していない(そもそも主観的な評価をしていいとも思っていない)ため、はっきりと情報提供を要求することも出来ないのです。このようなことから、意味レベルの魅力訴求にも力点をおいた採用マーケティングはとても強力なアプローチだといえるのではないでしょうか。


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