恥市場 5『口裂け女と少年探偵団』
怖い思いをしたが、怪談にはならない――そんな体験もある。
例えば・・・。
1979年、日本全国の少年少女を恐怖のどん底に陥れた口裂け女。
事件当時、私は小学6年生だった。
あの頃は子供だけでなく、教師や父兄もメディアにあおられ、右往左往していた。「口裂け女(と呼ばれる不審者)に気をつけよう!」的なプリントを配布したり、集団下校したり。
そんなある朝、T君が特ダネを持ち込んできた。
「オレ昨日、口裂け女を見たぜ!」
ホームルーム前、教室でダベっていた私たちの反応は冷淡だった。そんなことを口走って目立とうと目論む児童も、いままで何人かいた。だが、ことの詳細を説明するT君の顔色がただ事ではない。
「真っ赤な上着を着てて、マスクもしてた。なにより、刃物を手にしていたんだ。すぐに『ポマード、ポマード!』って叫びながら逃げたから無事だったけど、危ないところだったよ」
目撃談も妙にリアルだし、世間で飛び交う噂とも矛盾はしない。
「それじゃあ今日の放課後、口裂け女を探しに行くか!」
我々は10名ほどで「口裂け女捜索隊」を結成した。放課後を待ち、T君の案内で目撃現場へと向かう。クラスでも武闘派に位置するE君とK君は金属バットやナイフで武装していた。当時、田舎の子供たちの遊びはサバイバル要素が強く、普通にナイフを携帯していた。穏健派のH君や私も、道を歩きながら武器になりそうな石やビンを無意識に拾っている。こうなると「口裂け女捜索」というより「口裂け女狩り」である。
「そろそろだぞ、警戒しろ!」
案内するT君の歩みが慎重になる。H君は不安げに首を傾げる。
「なんか、うちの近所だぞ……怖いな」
集落をぬう細い路地を抜けると視界が開けた。農地へ出たのだ。と、T君が息を飲み、足を止めた。
「いる……昨日と同じ場所だ!」
T君の指差す先、女性が風に吹かれて立っていた――赤い上着、口にはマスク、手には鋭利な刃物――捜索隊一同に一瞬緊張が走るものの、すぐザワめきに変わった。想像してたのと、どこか違う。上着は確かに赤いが、深紅のコートではなく、くすんだ橙色のジャンパーだ。マスクはしているが、若い女性ではなく、髪は白髪まじりだ。手にした刃物は確かに鋭利だが、あきらかに草刈り鎌だ。しかも立っているのが畑の真ん中。農作業してる老婆のようにも見える――というより、そうとしか見えない。しかも問題の老婆には見覚えがあった。私はH君を振り返り、わきあがる疑問を口にした。
「なあH君、あれH君ちの婆ちゃんに似てね?」
「似てない。ぜんっぜん似てない!」
H君は激しくかぶりを振って否定する。だが、他の友人たちは私の意見に賛同した。
「そうか、どっかで見たことあると思った」
「あれH君ちの婆ちゃんだわ」
「そうだよね、H君、そうだよね?」
だがH君は、なぜかムキになって否定する。
「絶対違う! 俺の婆ちゃんじゃないっ!!」
E君とK君はバットとナイフを握りしめ、問題の老婆とH君を交互に見る。
「どっちだよ? 口裂け女だったら襲撃するぞ!」
「先制攻撃しないとこっちが危ない!」
ここで案内役のT君が状況を分析し、冷静に提案した。
「あの口裂け女は昨日と同じ場所にいるし、今日だってしばらく動きそうにない。いったん場所を移して作戦会議にしない?」
我々は手近な駄菓子屋へ移動した。
ミリンダを飲み、ハートチップルを食いながら時間をかけて問いただすと、H君もようやく落ち着いたらしく、さっきの老婆を自分の祖母だと認めた。
「どうしてもっと早く本当のことを言わなかったんだ?」
私の問いに、H君は涙目で答えた。
「だって、あれが俺の婆ちゃんだって言ったら、みんなで『口裂け女の正体はHの婆ちゃんだった!』って噂流して笑い者にするだろ!」
確かに、我々は時折そんなデマを流しては喜ぶ馬鹿な子供だった。
「考えすぎだよH君」
「俺ら、そんなことしないって」
「でも、襲撃しなくてよかったな」
「H君の婆ちゃんに返り討ちされてたかもな」
みんなでなだめていると、やがてH君にも笑顔が戻り、「めでたし、めでたし」ということで、その日は解散となった。
翌朝、学校へ行ってみると、「口裂け女の正体はH君の婆ちゃんだった!」との噂が飛び交っていた。
教室の隅に、涙目のH君がいた。
そのデマを流したのが誰なのか、いまだに判明していない。
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