恥市場 3『ガス爆発』
怖い思いをしたが、怪談にはならない――そんな体験もある。
例えば・・・。
皆さんはガス爆発を起こしたこと、ありますか?
学生の頃、飲食店でバイトしていました。
本格珈琲を楽しめるファミレスというか、食事の充実した喫茶店というか、そんな店です。厨房の下働きでしたが、半年もして仕事を覚えると、チーフが休みの日などは代理で厨房を仕切るようになっていました。
一時期、業務用ガスレンジのオーブンに不具合が出た。
オーブンの熱源は上火と下火があるのだが、注文が立て込む時間帯以外は上火を消して下火だけ点けておく。ガスを節約しながら温度を保つためだ。この下火のノズルが詰まり気味だったらしく、オーブンの扉を雑に閉めると火が消えてしまうことがあった。
修理が来るまでの数日、じゅうぶん注意するようにとチーフから言われていたが、あのときはすっかり忘却していた。
それは確かチーフが休みの日、夕方いつも通り出勤し、厨房に入るとオーブンの火が消えていた。後から考えると、昼間シフトに入っていたパートのオバチャンが乱暴にフタを閉めた拍子に消えたと容易に想像がつくのだが、そのときは思い至らなかった。睡魔に襲われ、意識が朦朧としていたためだ。
当時は日中は学校で、夜はバイト、深夜から明け方まで漫画家を目指して原稿を描くという無茶な暮らしをしており、慢性的に睡眠不足だった。
週末や長期の休みなど、学校がない日は朝イチで厨房に入り、私がオーブンの火を入れることもあった。そんな事情もあり、火の消えたオーブンを見て朝イチシフトと勘違いし、「予熱しとかなきゃ……」とでも考えたのだろう。
ガスが充満したオーブンに、私は反射的に火種を入れてしまった。
ドカーン!!
本当に「ドカーン!!」って音、するんですよ。
一瞬、視界がブルーに染まりました。
私の2メートルほど後ろでは、やはりバイトの山田(仮名)がタマネギを刻んでいたのだが、彼の視界はオレンジ色に染まったそうです。
蝋燭の炎と同じですな、中心は青で周辺は赤。
まさに「ほうほうのてい」で裏口から外へ転がり出た私と山田は、同時に髪に手をやった。ドリフの爆発コントみたいに、「頭チリチリになった!」と考えたのである。
さいわい、チリチリにはなっていなかった。
騒ぎは厨房だけにとどまらなかった。厨房とカウンターの内側を仕切る壁には、仕上がった料理を出すための小窓が空いているのだが、そこから爆発音とともに火柱があがったらしい。ウエイトレスの女の子たちは、私と山田が「絶対に死んだ!」と思ったそうだ。
四組ほどいたお客さんは、驚いてみんな帰ってしまった。
その夜はウエイトレスたちと山田に、なんでも好きな賄いを作ってやることで、ガス爆発の件は口止めしておいた(賄いは手間のかかるもの、高価なものは禁止だった)。
だが後日、飲み会の席でウエイトレスの一人が口を滑らせたため、店長とチーフの知るところとなり、私はこっぴどく叱られた。
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