中性漫画家Aの病態に関する考察③
■まえがき
自らを中性、半陰陽、両性具有、染色体が中間などと称し、LGBTQIA+の"I"の立場からセクシャルマイノリティの人々を描いた漫画で有名となったAという人物がいる。Aは女性として生を受けたが、30歳時にターナー症候群と呼ばれる染色体異常が判明した。時を同じくして男性ホルモン注射と縮胸手術を受け、以降現在に至るまで戸籍以外は男性として暮らしている。
そして筆者である私もまた、Aと同じターナー症候群である。AについてWikipediaで調べたところ、そこに記載されている160cmという身長の高さに疑問を持った。遺伝性疾患情報専門メディアである遺伝性疾患プラス - QLifeによると、ターナー症候群であれば99〜80%の確率で低身長となる。未治療者の最終身長については、日本内分泌学会の情報によると平均138cm前後とされている。幼少期から成長ホルモンによる治療を行った症例であっても、最終身長が160cmにまで到達することは不可能である。これについては主治医に電話にて確認を行った。なお、私自身は13歳から15歳まで成長ホルモン療法を行っており、最終身長は140cmである。
当記事の目的はAのターナー症候群、もしくはその他の性分化疾患であるという主張の検討を行うことである。検討には主に本人の著書を用いることとし、原則として引用元を直接確認できる情報のみ扱う。インターセックスという表現が不適当である可能性が高い場合は読者への周知はもとより、正式な診断書及び担当医の説明を要求する根拠としたい。
■本記事で取り扱う内容
本記事においては、AがXY女性である可能性について検討する。
■本記事の前提
本項ではAについてXY女性である可能性を念の為に検討するが、A自身は染色体検査を行っているにも関わらず、Y染色体を持つ可能性を公にしていなかった。Y染色体を持つ可能性については著書内での記述は一切なく、個人的なやり取りや講演会において一部の人間にのみ提示されたものである。インターセックスとして活動を行うのであれば、自らの身体状態について正確に伝える必要があったのではないかと考える。
■本記事の概要
男性への性分化は、Y染色体の上部に存在する精巣決定遺伝子により性腺が精巣になることでスタートする
精巣から男性ホルモンが分泌されると同時に女性内性器を退化させるホルモンも分泌され、子宮、卵管、膣を持たない身体となる
分泌された男性ホルモンが身体に働きかけ、男性器が発達する
上記の男性化プロセスが起これば男性、起こらなければ女性となる
男性化障害の原因は主に①精巣決定遺伝子が機能しないこと②男性ホルモンを作る過程に問題があること③男性ホルモンが効かない身体であることであり、2.の段階で退化するので子宮を持つ疾患は①のみである
Aは子宮を持っているので①の段階で障害が起こっていると考えるのが妥当だが、正常な卵巣にならないので初経を認めたAは不適当である
②については基本的に男性の疾患なので、女性であるAは不適当である
③の重症例は女性となるが、子宮を持っており初経を認め、男性ホルモン注射で著しく男性化したAは不適当である
身体の仕組みから考えるとどの疾患にも該当せず、Aが男性化した原因は男性ホルモン注射であると考えるのが最も自然である
XY女性でなければ、女性であるAの不明な性染色体は通常通りX染色体である可能性が限りなく高い
■Y染色体と男性化の仕組みについて
◆性別決定とSRY遺伝子
ヒトのY染色体は個体の性別を雄に決定する役割を持っており、Y染色体を持たない個体が雌となることは周知の事実である。これはY染色体上に存在するSex-determining region Y、SRYと呼ばれる精巣決定遺伝子の作用によるものであり、これが性腺を精巣へと分化させる役割を担っている。以降の性分化については国立成育医療研究センターが運営する性分化疾患ホームページによると、以下の通りである。
アーヘン工科大学が提供するEMFポータルによると、セルトリ細胞、ライディッヒ細胞の説明については以下の通りである。
間質性細胞について、臓器本来の機能を担う実質以外を間質と呼び、精巣や卵巣においては精細胞や卵細胞以外が間質性細胞である。これらの細胞は性ホルモンの分泌も担っている。
雄性生殖器へと分化する過程はSRY遺伝子が性腺を精巣へと分化させることで始まり、その精巣からテストステロンなどが分泌されることによって進行することが分かる。雄性生殖器へと分化しなかった場合に雌性生殖器となること、またミュラー管の発達は抗ミュラー管ホルモンの有無に左右され、ウォルフ管の発達はテストステロンの有無に左右されるということも明らかにされている。
文部科学省が発行しているPDF資料[ヒトゲノムマップ]によると、男児へと分化する起点となるSRY遺伝子はY染色体の短腕に存在していることが確認できる。Y染色体短腕の消失を示すYp-が女性の疾患であるターナー症候群とされる理由について、SRY遺伝子の欠失によるものと推測できる。
◆遺伝子砂漠の役割について
遺伝子砂漠については国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構のPDF資料「遺伝子砂漠」の謎を解くヒント(米国) によると、以下のように説明されている。
かつてはタンパク質の生合成に関与しない不毛な領域であると考えられていたが、現在ではその考えは見直されつつあると言えよう。しかしこの領域については未だに不明な点も多いため、本項ではY染色体の機能について、主に個体を雄に分化させるものとしてのみ扱う。
■男性化障害とXY女性について
男性化の仕組みについては前述の通りであるが、その過程が障害された場合には46,XYの核型を持つ女性として生まれる場合がある。男性化障害が生じる原因は4つに大別される。主にSRY遺伝子自体が欠失している場合、SRY遺伝子に異常がある場合、SRY遺伝子は正常に発現しても男性ホルモンの産生に問題がある場合、男性ホルモンの産生は正常でも受容体が反応しない場合である。SRY遺伝子の欠失、すなわちY染色体短腕が消失している場合についてはターナー症候群であるため、本項では男性化の過程とは異なるものとして割愛する。
SRY遺伝子に異常がある場合は性腺異形成となり、正常な精巣へと分化しない。完全型(CGD)についてはスワイヤー症候群と呼ばれ、女性の疾患である。性腺は索状であり、抗ミュラー管ホルモンが存在しないためミュラー管由来構造物である子宮を認める。部分型(PGD)についてはBMCに掲載されているScreening of Y chromosome microdeletions in 46,XY partial gonadal dysgenesis and in patients with a 45,X/46,XY karyotype or its variantsのTable 1 Clinical data from 15 patients with 46,XY partial gonadal dysgenesisによると男性の症例も多数存在しており、病態については様々である。
男性ホルモンの産生に問題がある場合は17β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素欠損症や5α-還元酵素欠損症といった酵素欠損症であり、これらは常染色体劣性遺伝によるものである。前者では前駆体であるアンドロステンジオンからテストステロンを産生すること自体が障害されており、後者ではテストステロンからジヒドロテストステロンへの変換が障害される。性腺が精巣に分化しているため、ミュラー管由来構造物である子宮を認めない。男性化障害の程度に幅こそあるものの、これらは男性の疾患として位置付けられる。小児慢性特定疾病情報センターにおいても両疾患については男児としての養育を推奨しており、XY女性のケースとしては除外できると考える。ただし本疾患を持つ女性について否定するものではない。
男性ホルモンに受容体が反応しない場合についてはアンドロゲン不応症(AIS)と呼ばれ、男性化障害の程度で完全型(CAIS)、不全型(PAIS)、男性不妊症(MAIS)などに分類される。このうちCAISとPAISで重度のものについては女性であり、PAISで軽度のものとMAISについては男性である。性腺は精巣に分化しているため、ミュラー管由来構造物である子宮を認めない。
Aは著書などによると完全な女性器を持っており、核型が46,X,del(X)(q??)もしくは46,X,del(Y)(q??)などで46,XXや45,X0とのモザイクについては言及されておらず、精巣を持つ可能性があり、乳房発育を認め8歳時に初経があった思春期早発症の既往がある女性である。これらの情報を踏まえて明確に女性の疾患であるスワイヤー症候群、アンドロゲン不応症のうちCAISの可能性について検討を行う。
■AがXY女性である可能性について
◆スワイヤー症候群とは
スワイヤー症候群の病態について、兵庫県立こども病院泌尿器科部長である杉多良文は以下のように述べている。
SRY遺伝子の異常が本症を引き起こす仕組みについてはNational Center for Biotechnology Information内の記事A case report of 46,XY partial gonadal dysgenesis caused by a novel mutation in the sex-determining region geneで以下の通り記述されている。
HMGボックスについては現在情報を収集しているが、DNAの結合に関与しており、転写、複製、修復といったプロセスの制御に関与する領域である。
◆思春期早発症との関連
上述の通り、スワイヤー症候群とは性腺の完全な形成不全である。精巣へと分化できなかった性腺が両側とも索状性腺となるため、女性ホルモンは分泌されず思春期は発来しないのだ。思春期早発症については武田薬品工業株式会社によると、以下の通りである。
ゴナドトロピンに依存しない場合、原因は主に腫瘍であることが分かる。Aは著書にて、染色体異常と同時に思春期早発症であったことが判明したと述べている。22年にわたって腫瘍などの病変を放置したとは考え難いため、特発性中枢性のものであると推察できる。また、女性としての二次性徴は卵巣の機能により性ホルモンが分泌されて起こることも明記されている。性腺が完全に索状となるスワイヤー症候群の場合、卵巣としての機能は持たない。前述の通り部分型では卵巣ではなく精巣への分化が部分的に起こるため、どちらにせよ卵巣機能は生じないことにも留意されたい。天神橋ゆかこレディースクリニックによると、無排卵での月経についてもエストロゲンの作用であることが述べられている。
◆スワイヤー症候群である可能性
上述の通り、思春期早発症の既往を持つAがスワイヤー症候群を主張することは極めて難しいと言える。講演会において40歳時の婦人科検診により性腺の問題がないことが明確にされたとも語られたため、性腺形成不全はないとすべきである。形成不全である索状性腺と正常卵巣の外観比較については、前項のターナー症候群についての記述を参考にされたい。しかしAは男性ホルモン注射を受けているため、その影響で卵巣が萎縮したと判断された可能性を考えた。男性ホルモン注射が卵巣を萎縮させるものではないことは、宮川クリニックにより以下の通り示されている。
◆アンドロゲン不応症とは
ではアンドロゲン不応症について、Aは該当するだろうか。Y染色体を持つ可能性があり、停留精巣の可能性があり、男性ホルモン値が通常女性の10倍であり、身長160cmと比較的大柄なAと最も矛盾しない疾患である。小児慢性特定疾病情報センターによると、病態については以下の通りである。
CAISであっても通常性腺は正常に精巣へと分化しているため、抗ミュラー管ホルモンの作用によりミュラー管由来構造物である子宮を持たない。Aは子宮を持つためCAISである可能性は既に限りなく低く、診断基準にも合致していない。ミュラー管残遺症候群を併発していれば理論上は子宮を持つ可能性も考えられるが、CAIS自体が10万人中2~5人程度とされるため、現実に起こる可能性は限りなく0に近いものであろうことは注記しておきたい。
◆アンドロゲン不応症ではない最大の理由
Aには小型の子宮があるため、CAISの可能性は除外できると考えてよいだろう。しかし何よりも30歳以降男性として暮らしている事実や現在の容貌そのものが、どんな素人であっても一目瞭然の最も重要な否定材料と言えるのではないか。Googleで検索すればAのアンドロゲン受容体が正常であることの証拠が数多く、しかも1分も掛からず見つかるのである。男性化した自身の身体に悩む性的少数者として活動しているAが、男性化のメカニズムに問題があるCAISだとするには無理があるだろう。著書においても男性ホルモン注射について、高い効果が得られたとの記述がある。半陰陽を理由として、常人以上の効果を得られたとしているのだ。それほどアンドロゲン受容体が機能するのであれば、それはアンドロゲン不応症ではない。その場合、男性ホルモンなど打たずともAは正常な男性として生を受けたであろう。
◆性腺形成不全を伴うCAISの症例紹介
YouTubeで公開されているCAISについての動画Laparoscopic appearance of streak gonad in androgen insensitivity syndrome(臓器の映像であるため、閲覧には注意を要する)のケースについて、性腺は恐らく両側精巣であるが、右側については索状に見える。一般にアンドロゲン不応症においては精巣形成不全はないと考えられているが、このことからアンドロゲン不応症の場合においても精巣が形成不全となり、索状性腺となるケースは存在しているものと考えられる。
■男性化障害に関する総括
ここまで46XY, DSDの様々な疾患について考察したが、ヒト個体が雄となる仕組みを一切無視すればAの病態に近いものだと考えられる。少なくともターナー症候群よりはAに合致する症状が多く、Y染色体、停留精巣の可能性を精査されなかったことが甚だ疑問である。しかし身体の仕組みや性別決定のメカニズムからは大きく逸脱している。現状においては自ら男性ホルモンを注射したため、とするのが一番整合性が取れる回答となるであろう。
5α-還元酵素欠損症のように思春期に男性化が起こると言われる疾患についても、全てこの男性化システムに則ったものである。胎児期の外性器形成においてはジヒドロテストステロンが不可欠であるため、テストステロンから変換できないことにより男性化障害が出て女性と間違えられるのである。男性としての思春期の発来は主にテストステロンによるため、影響を受けないというのが思春期の男性化が起こるメカニズムである。アンドロゲン不応症についても多くの場合で精巣への分化やそれに伴うミュラー管の退化、男性ホルモンの産生などの過程は正常男性と同様であるため、子宮を持たずテストステロンの値も高値となる。しかし身体が産生された男性ホルモンに反応しないことで男性化障害が起こり、重い症例では女性となる。子宮がある症例については、別の疾患を疑うべきなのだ。例えばスワイヤー症候群であれば、最初の段階である精巣へと分化する時点で男性化障害が起こるため、子宮が認められる。精巣への分化が起こらないため抗ミュラー管ホルモンが分泌されず、46,XYであっても子宮を持つのだ。通常精巣へと分化しなければ卵巣へと分化するはずであるが、推測するに完全型では原発性卵巣機能不全の原因となるXq13.3~Xq27の欠失により、ターナー症候群と同じ性腺の形成不全が起こるのだろう。部分型は一部が障害されずに精巣へと分化するものであり、正常な卵巣へと分化することはないのだろう。原発性無月経は必至であると推測できる。本項では分類上46,XY DSDではないため取り上げなかった混合性性腺異形成症であるが、45X0と46XYのモザイクにターナー症候群の臨床症状が出ることは特筆に値するのではないか。ターナー症候群は性染色体の短腕に存在するSHOX遺伝子他が欠失していることに起因するため、異なる病名であっても45X0であればターナー徴候を示すのである。どの症例であっても、原因と症状の因果関係は無視できないものである。
■結論
本項の結論としてはAの男性化について、身体の仕組みに則って考えればどの疾患とも無関係であると判断せざるを得ないと考える。XY女性である可能性は極めて低く、Aの不明な性染色体についてもX染色体である可能性が高い。男性化の原因については男性ホルモン注射によるものである可能性の方が、圧倒的に高いと言わざるを得ないだろう。次項では卵精巣性性分化疾患の可能性や講演会の内容についてなど、その他の考察を述べる。
■あとがき
Aの著書について、そもそも性分化疾患は性的少数者とは何ら関係がないという当事者の見解を述べておきたい。トランスジェンダーやXジェンダーとは全く異なり、一般的な男女として日常生活を送っているケースが私を含め大半である。中性を自称するAの性自認はXジェンダーやノンバイナリーが近いと考えられるが、Aが何らかの性分化疾患であるか否か、といった話と性自認については無関係であるということは明記しておくべきであろう。
またどの性分化疾患も単なる病気の一つであり、中性的になれるものでも性別を不明瞭にするものでもない。Aの著書では全体的に、性分化疾患に対する誤解を招きかねない表現が多用されている事実は指摘しておきたい。
Aに救われた性的少数者の存在もまた事実であろう、ということは著書から推察できる。インターセックスとしての活動にこだわらずとも、その自由闊達な人柄でこれからも多くの性的少数者にとっての翼となれるだろう。
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