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前回、タクさんが書いてくださった「放射性ヨード内用療法」の説明はとてもわかりやすかったです。

ヨードという物質は、人体においては「甲状腺の細胞しか興味をもたない」。

すなわち、ある細胞がヨードを取り込んだら、その細胞は「甲状腺としての性質を持っている」。

正常の甲状腺細胞がヨードをとりこむように、甲状腺がんの細胞もヨードをとりこみます。そして、それ以外のあらゆる物質はヨードに興味がない。

だからヨードに放射線を出す性質を付加して、人体に投与すれば、ヨードに興味が有る細胞だけが放射線による攻撃を受けるわけです。ヨードをとりこむ細胞だけに強く効果を及ぼすことができる。


タクさんが何度も書かれている「いかにコントラストをつけるか」という考え方が、ヨード治療においては非常にうまく活かされています。


ここで、やや唐突ですが、前回の記事の最後にいただいたご質問にお答えします。

「どういう読者を想定してキーボードを打ったか」
これって発信を始めてみて、とても難しいことだなぁと感じるようになりました。
ヤンデルさんは流れる水のごとく、毎日沢山文章を書かれていますが、どう考えていらっしゃいますか?
いつもどのような姿勢で臨まれているのか、聞かせて頂ければ幸いです。

これについてはヨードの話を使ってお答えすることができます。

ぼくが今わりと多めの媒体に毎日なるべく違うテーマでものを書くようにしている理由は、本来のぼくが「ヨード」だからです。

ぼくの文章には持って生まれて育ってしみついた、固有の性質みたいなものがあります。おそらく誰の文章にもあります。

ぼくはぼくなりに、読みやすい文章を書こうと思って訓練を重ねてきたのですが、自分が「ヨード」であることまでは変えることができません。

そして、ぼくの文章を好んで取り入れるひとたちはたいてい「甲状腺」です。

「胃」とか「肝臓」とか「脳」の人々にはぼくの文章はなかなか受け入れられない。

フランクに書こうと思っても、まじめに書こうと思っても、ぼくの書くものは「甲状腺っぽい人々」にしか取り入れられません。これは、甲状腺っぽい人のためにはすごくいいことだと思います。しかし、甲状腺以外の人々に届かないのは少々もったいないなあとも思いました。

世の中のあらゆる人々……とまでは言えないのですが、せめて、甲状腺だけではなく、副甲状腺とか、頸部リンパ節とか、食道とか、咽頭とか、喉頭とか、そのあたりの人々にもリーチできたほうがいいのではないか。

甲状腺よりもう少し広い範囲に文章を照射できないか。

あるいは、甲状腺と乳腺、とか、甲状腺と腎臓、のように、2,3箇所くらいの臓器……じゃなかった、人々に、効果を及ぼす文章が書けないか。


そういうことを考えた結果、まずは書く媒体を変えて、往復書簡をする相手の職業を変えて、ぼくと違う視点で世の中を見ている人々ときちんと対話することで、自分の書く物の性質を浮き彫りにしながら、ぼくの書くものが「甲状腺」以外にもリーチする可能性を探ってみたりしたい、と思ったのです。

現状のぼくは、「流れるように文章を書いている」のではなくて、「文章を書く習慣を数倍に増やして、違うターゲットを相手に何かを書こうと試みている」のです。物量作戦です。自分が今と違う場所にも行けるかどうかを試すために、奔流で自分を流してみている、ということです。

この先自分がどれくらい広い相手に向けて文章を書けるものなのかを探ってみたいのです。


たぶん、ですけれど、放射性ヨード内用療法をずっとやっている放射線科医は、「ヨード以外のものを使って、甲状腺以外のがんに効く新しい治療がないかな……」と、ずっと考えているはずです。

これは、別に彼らがヨードを使って甲状腺がんを治すことに飽きたわけではありません。

ヨードという武器がよく効いて、一部の限られた患者をよく治すとわかっているからこそ、同じくらいの恩恵をほかのクラスタにも適用できないかと考えるのです。

「読者を想定して何かを書く」というのもつまりはそういうことなのではないかと思います。冷静に自分を分析したとき、ぼくの文章はヨードほどではないですけれど、一部の限られた読者には届くように思います。それをもう少し広げられないだろうか。

その上で前回の私の手紙と同じ質問をもう一度しますが、タクさんは、自分の文章がどういう読者に届きやすいとお考えですか? どのような読者を想定していらっしゃいますか?

(2019.9.9 市原→タクさん)