軟弱な東京もんに捧げる
にしのし
お便りをいただいてからほどなく、札幌も暑くなりました。
おとといなんか、全国ニュースになったんじゃないかな。「札幌にて観測史上最高気温」ってね。
まあ36度ちょっとですから、内地のみなさんから見れば、「それくらいならなんとか……」って思われるかもしれませんけれど。
でも我々からすると大事件なんですよ。
なにせ、札幌の小学校の7割には、エアコンがないんです。
しかも、札幌の小学校の夏休みは、8月20日(日)に終わりました。
このクソ暑い中、冷房なしで勉強したり体育をやったりしている小学生たちはかわいそう。「暑くて休校」になった学校もちらほらあるとのことです。
テレビでインタビューを受けていた小学校2年生の女の子、「午後休校」になった日に、校門の前に立って、顔をぱんとふくらませながら、首をふりふり、ちょっと楽しそうに言いました。
「たえられない……!」
あっ、これ、親の口調の真似なんだろうなーと直感しました。ウフフ。
でも、笑い事ではありません。
気温だけなら全国にももっと高いところはあったと思いますけれども。
日本で一番暑い思いをしているのは、北海道の子どもたちなんじゃないのかな……。
気温が最も高かった場所に暮らしている人ではなく、気温の上昇に対してもっとも対策ができていない場所に暮らしている人。
***
先日、「せん妄」についての話を読んだ。
「高齢の入院患者が夜中にあばれる。点滴を引き抜く。看護師に暴力をふるう。夜中に精神状態が不穏になり、朝になると落ち着く。」
一般的な「せん妄」のイメージとは、だいたいこんなものである。
一般の人はもちろんだが、看護師や医師などの中にも、せん妄のことを「夜に認知症が悪化する、ある老人の個性」ととらえている人がいる。
しかし、せん妄は、もう少し深いニュアンスを有する現象だ。
精神科医の尾久守侑(おぎゅう・かみゆ)先生の本に書いてあった表現で、私はなるほどそんな考え方があるのかとものすごく納得したのだが、
「せん妄」とは:
高齢や認知症という「よわさ・もろさ」
×
身体疾患や疼痛のような「負荷」
によって生じる変動する意識障害
なのだという。
単に体質とか老化で「夜中にボケちゃう」のではなしに、高齢とか認知症のような「脳の防御力が落ちる素因」がある人に、病気による痛みやつらさといったダメージが加わることで、併せ技として発症する、意識のゆらぎのことなのだ。
となれば、せん妄を起こした患者、あるいはこれからせん妄を起こしそうだなという患者を、「トシ食ってるからしかたない」とあきらめたり、「ボケちゃって危ない」とベッドに縛り付けたりするのは間違いである。
痛み(攻撃因子)をきちんととることで、せん妄の予防や軽減ができるし、逆に、せん妄という軽微な意識障害に気づくことで、患者に潜在する痛みやつらさを拾い上げることもできるのだ。
病気などのために自分の痛みをうまく伝えられない患者もいる。本当は痛くてくるしんでいるのだが、医療者がそれをうまく感じ取れない。そういうとき、夜中の「せん妄」を見て、ああ、本人は口にできばいけど、かなりストレスがかかってるんだな、と気づいて対処することができる。
ぼくはこの話を読んで、医学とか人体というものはほんとうにかかわる因子が多いなあと思って少し遠い目になった。
「○○をしたから□□になる」という、たった一本の因果で語れる現象の、なんと少ないことか……。
「高齢でボケただけでしょ」の患者が、適切な鎮痛や、周りとのコミュニケーションの機会を増やすことで、夜中あばれなくなったり熟睡したりするようになる。ああ、これまでは多彩なファクターの一部しか見えてなかったんだな、と自分のアセスメントの弱さを反省する。
そんなことばかりだ。
我々が、「昨日の深夜も25度あったんですよー暑くて眠れないわー」とボヤくとき、本州に住む友人達は「は? そんなのまだ余裕じゃん」などという。だがちょっと待って欲しい。北の防御(エアコン)は脆弱なのだ。もう少し広い視点で北海道人にやさしく接してほしい。ケアの気持ちを忘れないでもらいたい。
ところで東京もんが、冬にたかだか氷点下2,3度で「寒い、たえられない」と大騒ぎしているとき、我々は、「それまだ秋じゃん」などと言ってバカにしてきた。しかし、今後は考え方を変えなければいけない。人の振り見て我が振り直せ。内地のモヤシどもの家にはセントラルヒーティングも壁の中の断熱剤も二重窓も何もない。防御が紙なのだ。ペラい。我々からみるとたいしたことない攻撃でもかなりのダメージを受けることは十分に理解できる。かわいそうだ。あわれむ。これからはもっとやさしくしてやろう。よしよし。
(2023.8.25 市原→西野)