攻略サイトをつくれ! ゲームは売れてないけど!
世界が100人の村だったら、という有名なシリーズがあるが、あたりまえだけれど人間は100通りではない。「脳」だけ見ても、人間の数だけバリエーションがある。
ただし、脳というハードウェアの性能については、あなたとわたしを比べたところで大きな違いはない。あなたもわたしも円周率を5兆ケタ暗唱することはできないし、明日の朝までに宇宙英雄ペリー・ローダンの既刊すべてを読み終えることもできない。つまりは、たかがしれている。「入れ物」自体はみんな似たり寄ったりだ。
コンピュータに比べれば、ぼくらがお互いに脳のスペックを競うことなど、「どんぐりの知恵比べ」にひとしい。
人間のバリエーションは、脳の性能差によって生じるのではない。
それは、ぼくらの脳が示した興味のちがい、あるいはぼくらが脳内で仕立てた物語のちがいによってあらわれてくるのだと思う。
ハードではなく、ソフト。
あるいはもしかすると、ソフトですらなくて、そこに書き込んだセーブデータ。
もっといえば、セーブポイントとセーブポイントの「間」。自分の名前をつけた勇者が仲間とともに歩んでいる道中。ゲームにあらかじめ書き込まれたイベント戦や取得必須フラグだけではなく、どこを歩き、何を感じたかという「プレイ時間」の細部。
そこにおそらくバリエーションがある。
あなたは何に興味がある?
みんなは何に興味がある?
たとえば、天文学にむちゃくちゃ興味がある人は世にどれだけいる?
昆虫の分類に興味がある人は?
ゴシック様式の建築に興味がある人は?
1990年代の洋楽に興味がある人は?
お茶っ葉の格付けに興味がある人は?
抗生剤の適正使用に興味がある人は?
プロ野球引退後の選手の進路に興味がある人は?
芸能人の不倫に興味がある人は?
最寄り駅周辺の外食スポットに興味がある人は?
詩吟に興味がある人は?
子宮頚癌ワクチンの情報啓発に興味がある人は?
どれだけとっぴな項目をたてても、必ずそれに「興味がある人」は見つかる。Googleを使えば1秒かからずにブログが出てくる。
TS百合、
裁判傍聴、
粘菌、
ギルガメッシュナイト。
セーターの編み方、
冷蔵庫の中身、
ベスパ、
うまいっしょ倶楽部。
廃校、
ガルシア・マルケス、
鮪の岬、
着衣のエロス。
それぞれの興味が個別のストーリーに編み込まれている。
私たちは、お互いに他人のストーリーに口出しできる。
でも出せるのは口だけだ。
コントローラーを代わりに握って、誰かの興味関心を「操作」して、好きなタイミングで感動してセーブしてクリアしてブックオフにソフトを叩き売ることまではできない。
ぼくの好きなゲームに興味がない人は、ぼくがよくわからないゲームに夢中である。それは、「世をはかなむゲーム」かもしれないし、「他人を貶めるゲーム」かもしれないし、「金で金を増やすゲーム」かもしれない。
他人のプレイするゲームを見て、思わず茉優を……ウッ誰が好きかがばれてしまう誤字だ……眉をひそめることはある。
しかし、コントローラーをひったくって電源をオフにすることはできない。できると思っている人がツイッターあたりには大量にいるようだが、絶対にできない。なぜならコントローラーもモニタもゲームソフトもすべて、各人の脳内にあるからだ。
そんな中で、ぼくらは「誰もが知っておくと便利な医療情報」を世に広めようと画策している。
振り返ってみると、なんというか、非効率なことをやっているなあと思うところはある。
だってみんながみんな医療情報に興味があるわけじゃないんだもの。
全員のゲームスロットに、「医療情報ブラザーズ」みたいなマニアックなソフトが刺さるわけがない。
いや、医療情報にもともと興味がある人だっているよ。天文学とか昆虫学くらいには。
でもその他の大半の人にとって医療情報というのは「他者のプレイするゲーム」であって、自分の脳に差し込むゲームだとは思っていない。
医療情報が、天文学や昆虫学や芸能情報学(?)とは大きく違う点がある。
それは、たいていの人は医療情報に生涯で一度以上は興味をもつ、ということ。
しかも、興味をもったらすかさず、その医療情報は役に立たなければならない。このゲームにはしばしば緊急性があるのである。
もともと、天文学や昆虫学とおなじくらい難しいゲームだし、ざっと全体を俯瞰するだけでも、松岡眉……松岡茉優の全出演作品を通常再生速度で見るくらいの時間がかかる。
「松岡茉優が好きになるまで○年かかりました、けど今ではその好きになる前のぼくも松岡茉優のことを好きだったんだなと思います。美しい思い出です」
みたいなノリで、
「医者からもらった薬を言われた通りに飲むか、それとも半分に割って飲むか迷って○週間かかりました、けど今ではどっちでもよかったと思います。迷ってるうちに具合がどんどん悪くなって入院したから。美しい思い出です」
みたいなことをやられては困るのである。
たぶん医療情報というニッチなゲームには「攻略本」的なものが必要である。いまどきどんなゲームもネットで検索しながら遊ぶ人が多い。
世にある医療情報の一部は「ゲーム」そのものであることが多い。興味があればなんとかかじりつく。しかし興味がない人にとってはオタクの世界、ミームの羅列、途中から入っていけないファンクラブ。
そこに攻略本を添える。
あるいは、「ファミ通」を添える。複数のゲームをレビューしたり、ゲームがもっと好きになるような周辺情報を書いたりする雑誌だ。
ここまでやって、ようやく、医療情報ゲームの遊ばれやすさが、数パーセントだけ上昇する。 #SNS医療のカタチ がやっているのも、どちらかというと攻略本やファミ通的アイディアなのだ。「大丈夫、ヤンデルの攻略本だよ。」
いろいろとやっていてわかること。人気のある「攻略サイト」は、しばしば、「プレイ日誌」の体裁をとる。興味があまりない人にとっても、興味がある人のプレイスタイルを後ろから眺めているような記事は、つい目を引かれるのだろう。
YouTubeでのゲーム実況みたいな企画もそこそこ人気がある。医療情報というゲームに表情や声が加わると、「自分事」になりやすいのだろうな。
でも、冷静に考えてみると……。
ぼくたちがやっていることは、「実売本数がさほど伸びていない医療情報というゲーム業界のために、攻略本をネットに揃え、ファミ通ウェブを毎週更新」ということだ。
医者には攻略本ばかり作ってるんじゃなくて、ゲーム本体をしっかり作って欲しい、という声をよく聞く。それはそうだな、と思うから、攻略本や動画実況は「副業」であり、「主業」としてゲームそのものを作り上げていく……。
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このような、「ゲームになぞらえた」医療情報発信にまつわる話は、結局のところ、「ゲームに興味がある人」にしか読んでもらえなかったりもする。
どうどうめぐりだ。
「医療情報に興味がある人の数を増やしたいな」と思って、かえって、「ゲームに興味がある人」に絞り込んだ文章を書いてしまう。
あるいは、「noteに興味がある人」。
もしくは、「文章を書く医者に興味がある人」。
興味にばかり目を向けていると、どんどん、奥まっていく。
自分のストーリーに合わせて、思いを込めれば込めるほど、設定は深くなり、ターゲットは狭くなる。
プハアッ! と息をついて、ぐっとカメラをひいて、俯瞰する。ああーまた狭めちゃったかぁーと思う。