さよなら、ブラック・ジャック(5)マンガ家の目線とゴング
こちらの記事(↓)の続きになります。
SNS医療のカタチのオリジナル3(大塚、山本、堀向)が選んだエピソードを含め、総勢10エピソードを元に、マンガが募集された。募集期間はなんと10日程度。この短い期間に、完成度の高いマンガが55本集まった。そこから受賞作品が選ばれた。
#医療マンガ大賞 アフタートークイベントでは、これらの受賞作品を言祝ぎながら、こしのりょう先生に簡単なコメントをいただく時間をもうけた。
で、この、こしの先生のコメントに、あと4倍くらい時間をかければよかったなーと後悔している。そもそもこしの先生がいらっしゃることが決まったのは直前だったのだが、さすがプロのマンガ家として、しかも医療系の作品を次々世に出されて長年活躍されているエースはコメントが的確だ。ぼくは何度かのけぞった。
中でもぼくが印象に残っているのは次のマンガに対する言及だ。
このマンガの1コマ目を見てこしの先生はしみじみと言った。
「この1コマ目で、どういうキャラクタなのか、どういう背景なのかを一気に伝えてるのがウマイんですよねえ」
会場でぼくは変な声を上げてしまった。「そ、そうか! 本当だ!」
だってオリジナルのエピソードには「人のよさそうなおばあさんがお茶を入れている。コポコポ。」などとは書いていないのだ。
元のエピソードの冒頭部分はこうである。
ある日突然、片方の手足がしびれてうまく力が入らなくなった。今まで大きな病気にかかったことはなかったので、しばらく休めば治ると思い、家でゆっくりしていた。その時、たまたま息子から電話があったので相談してみた。
これをそのまま絵に起こすだけでは、絶対にあの1コマ目は出てこない。
エピソードに出てくるキャラクタを掘り下げて、その後「電話がかかってくる」ことも情報として画面にわずかにしのばせつつ(スマホが置いてある)、愛着ある母親として、日常の風景として、さまざまな印象を、文字意外の部分でたったひとつのコマの中に凝縮して見せることができる。
ああこれがマンガの強みなんだな……。
ぼくはなんだか感動してしまったのだ。
ほかにもいいコメントがいっぱいあった。今度、こしの先生の元を訪れて、いろいろとマンガの話をおうかがいしてみたいものだと思った。
そういえば、今回、「特別賞」についてはアフタートークイベントでは言及されなかったのだが、ぼくは特別賞の受賞作もけっこう好きだ。
これぞマンガ、というか、マンガでないと無理な表現。
このあとの幡野さんとのトークで出てきた、「患者目線からの医療エンターテインメントはあり得るか」という難問を裏技的に解こうと思ったら、それはきっとマンガや、一部の挑戦的な手法を用いた映画が有効なのかもな、ということをもやもやと考えている。
・・・・・・が、この話は本筋と離れてしまうので、本項ではやめておく。
・・・
大賞の油沼さんの作品。
大賞受賞者にはその場でコメントを求めた。
ぼく「なぜこのエピソードを選んだのですか?」
油沼さん「応募要項を見ていて、感動が求められていると感じたので、一番人の心を動かすエピソードを探しました。正直に申し上げますと、人が死ぬエピソードがこれしかなかった。人の死こそは最も人の心を動かす、そう思いました。ですからこのエピソードを選びました。」
ぼく「ああー、戦略……!」
会場は瞬間的に静まりかえった。そしてぼくはある種の痛快さを感じた。
きれいごとで医療マンガが書けるかよ。
ジャブでしかないのに、きれいにアゴに入った感触があった。
ぼくはこのように返した。
ぼく「そもそも、今回の応募総数を見ていますと、このエピソードが必ずしもいっぱい応募作を集めたというわけではなかったんですよ。たぶんですが、死に関するエピソードを書ききること自体が難しい。
つまり、『死なら感動を呼べるだろう』とさらっと言えるのは、それだけマンガを作る力があるってことですね……。だってみんなそう簡単には書けないんだから。」
そしてぼくはさらに質問をした。
ぼく「このような演出方法(ふわふわとした絵柄、作風)を選んだのはなぜですか?」
油沼さん「あの……がんの患者さんのベッド周りって、資料がないんですよねー。」
会場(……?)
油沼さん「だから、病室でのがん患者とのやりとりを描こうと思っても、写実的には描けなかった。ですからデフォルメして描くしかないでしょ、と。」
会場「ああ……」
ぼく「ああ……」
油沼さん「……デフォルメして絵本のようにして。で、ウェブなんで。」
ぼく「はあ、ウェブなんで。」
油沼さん「ウェブなんで、縦書きにして、縦スクロールマンガでね、目線がだんだん沈んでいくような感じですよね、それでだんだん沈んでいって、最後ふわっと浮き上がるような構成にすれば、いいかな……と……。」
ぼく「ほう!!」
こしの先生「すごい!!」
いやーこれはまいった。
ほがらかな絵柄でほんわか描きました、だけじゃなかった。モチーフをどのような絵柄で見せるかという「作画演出」、さらには(このまま映画に例えるならば)「カメラワーク」や「ライティング」的なものも、ウェブという背景を理解した上で調節していたのだ。
思わず瞬間的に会場を見た。O山が激しくうなずいていた。パワーポイントを操作していたオズマピーアールの人がぎょっとした顔でこちらを見た。山本と大塚の頭がぐっと揺れるのが見えた。
マンガというのはすごい。縦スクロールって思いもよらない使い方があるんだなあ。
【さよなら、ブラック・ジャック(5)マンガ家の目線とゴング】
第一部のSNS医療のカタチ・エピソード選出理由トーク、そして幕間の受賞作品発表で15分ほど時間が押してしまった。おまけにこのnoteももう5話目だ(全3回って言ったのに!)
会場は幡野さんを待っている。読者も待っている。
楽しそう。
・・・
ぼく「壇上に、写真家・幡野広志さんと、京都大学・大塚篤司。上がってください。」
(拍手)
ぼく「お待たせしました。よろしくお願いします。自己紹介をぜひ。」
幡野「写真家の幡野といいます。よろしくお願いします。」
(会場拍手とシャッター音)
ぼく「それと、大塚……ぼくは今日、一応『医者側』として参加してて、SNS医療のカタチのお三方は身内だと思ってますので、さっきから大塚大塚と呼び捨てにしてますけどね(会場笑い)、いえ、実際にはほら、大塚先生のことは尊敬してます。だいたい彼の方がエライし……」
大塚「いやいや、偉くないし、ぼくら同期同期。平成15年卒。」
ぼく「だとしたらこの経歴の差はなんだ……かたや京都大学准教授……かたやディズニーストアで帽子を買って駆けつけた男……」
(会場失笑)(失笑するな。リアルにつらいだろ)
ぼく「まあいいや、ではここからは主にお二人にしゃべっていただきましょう。ここまでをご覧になって、大塚先生。いかがでしたか。」
大塚「はい、その前に……みなさん今日のイス座り心地どうですか、大丈夫ですか?」
ぼく「っかーやさしいー」
大塚「いや実際ね、これ結構長く座ってると大変ですから。」
幡野「なんかエコノミークラスの座席みたいになってますもんね。」
大塚「まあでも具合悪くなったら今日は医者もいっぱいいますし。」
(会場滑る)
大塚「今回、幡野さんに聞いてみようと思ってたことがあります。幡野さんって、医療マンガはどういう感じで読まれているのかなって。すごい気になりました。」
幡野「ぼく、マンガけっこう好きで、家の本棚にもマンガばっかりなんですけど、医療マンガは……けっこうマイナーなマンガなんですけど、たとえば、国境を駆ける医師イコマってマンガご存じです?」
ぼく「名前だけ聞いたことあります」
幡野「国境なき医師団を描いたマンガで、絵があんまりうまくない(笑)。でもすげーおもしろいの。すっごいおもしろくて」
ぼく「へぇー」
幡野「息子に将来読んで欲しくて、残してあるんですよ。」
ぼく(残すって言うんだな)
幡野「あと……手塚治虫のブラック・ジャックがあったんで、最近読み直しました。」
大塚(うなずく)
幡野「ブラック・ジャックは中学生くらいのときから何回も読んでるんですけれど、今になって読み直すと……けっこうつらい」
会場「へえー」
幡野「子どものころ、健康なときはそうでもなかったんですけど、病人になってから読み返すとね。あれって、ブラック・ジャックが治すでしょ」
大塚(うん)
幡野「治すんだけど、ほとんどのケースで、患者の親、患者の子ども、友達、行きずりの人とかが、患者の意志とは関係なく、問答無用で患者を治せって言うマンガなの。」
ぼく「はあー……」
幡野「で、ブラック・ジャックは患者とは特にコミュニケーションしないの。しかも『死にたい』とか言ってる患者には、とんでもねぇってぶったたいたりする」
大塚(うなずく)
幡野「時代の違いはあると思うんだけど、あれ、患者の意志がまったく反映されていない医療マンガなの。患者の家族の物語が感動ドラマになっちゃってるんだけど、あれ、今見てみると、けっこうつらかった。」
ぼく(首がもげる)
幡野「健康なときはブラック・ジャックみたいな医者が正しいと思ったし、登場人物もいいなって思ったんだけど、今は……『勘弁だな……』って、正直、思っちゃうかな」
大塚「そうなんですか……。ぼくも、今日ここ(麹町)に来るまでの間に、行きの新幹線の中でブラック・ジャック読んだんですよ」
ぼく「(笑)」
幡野「つっけんどんでコミュニケーションとらずに、治せばいい、っていうスタンスですよね」
大塚「うんうん」
幡野「今の時代だったらウケないかもしれない。治したからといって今の時代、幸せとは言えないですから。病気をきっかけに、たとえば仕事を失ってるとか、人間関係壊れたとか、婚約してたのが破棄になるとか、病気によって人生が壊れてるんですよ。病気だけ治したって人生が壊れる前に戻るわけじゃないから、病気だけ治すってのはあんまり本質に関係なかったりもする。実は、病気治してハッピーエンドってことではないんですよね」
ぼく(小刻みに痙攣するようにうなずく)
幡野「大賞とった作品はね、その点、患者側の視点がよく見られたので、すごくいいなと思いました。」
ぼく「ふんふんふん。」
幡野「でも……実際、あれって、大賞とってるわけですけど」
ぼく「ん?」
大塚「ん?」
幡野「ほんとの医療現場でね、あの状況に陥ったとき、ああなるかっていったら、たぶんなんないでしょ?」
ぼく「んん」(感情が喉につまる)
大塚「な、なります……?(突然目の前に座っている山本・堀向にマイクを向ける)」
山本(イスから浮く)
堀向(イスから浮く)
幡野「たとえばじゃあ、終末期の患者さんがいて、意識が落ちました、家族の方が、先生どうしましょう、なんとかしてください、と言ってるとする。そこで医者が、マンガのように、『何もすることはありません。』とパッと言えるかどうか。たぶん……ならない。なんとかしてくださいと言われたら医者はやるし、なんとかしたいと思うし……。あれは、レアなケースだからこそ大賞とれたんじゃないですか。」
ぼく(山本・堀向にマイクを渡してスマホで検索をはじめる)
幡野「みなさんは患者の意志に従うかもしれませんけれど、平均的な、一般的な業界の風習として、そこで患者の意志に沿って、蘇生をしないという選択肢を、とりますか?」
ぼく(スマホで「ゴングの音」というYouTube画像を探し当てる)
カンカンカンカンカンカン
ぼく「あっこれ決着ついちゃった! ちがう! 開戦のゴング探してたの! これだと幡野さんが全員殴り倒して終わっちゃう!!」
幡野「そんなのあるんだ(笑)」
ぼく「じゃあ山本先生……今の幡野さんの言葉に対して、何か。」
(文中一部敬称略)(2019.12.19)
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