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アーバン・フォークロア

 僕はしがない貧乏大学生。もちろん下宿先は地域で最も安い物件だ。詳しい説明はなかったが、きっと事故物件なんだろう。僕にとってはありがたいことだ。兎にも角にもお金が無い。けれどこのご時世だ、スマホだけはちゃんと持っている。でもWi-Fiなんて契約する余裕はない。インターネットはフリーWi-Fiでやるものだと思っている。僕みたいな貧乏人を世間ではWi-Fi乞食って言うらしい。文字通りすぎて笑っちゃうね。
 僕の部屋は四階の角部屋だ。すぐ近くに誰も使っていない非常階段がある。数日前に気付いたんだけど、この非常階段の四階と五階の間の踊り場に何故かフリーWi-Fiのスポットがあるんだ。きっと別の部屋の誰かがルーターのパスワード設定をしていなくて、このアパートの構造がいい感じにWi-Fiの電波をこの踊り場にだけ届けてくれているんだと思う。まさに渡りに船。その誰かさんがパスワードの未設定に気付くまでWi-Fi乞食をさせて貰ってるってわけ。今夜はお気に入りのYouTuberが生配信するみたいだから件の踊り場へ繰り出すとする。徒歩十秒のフリーWi-Fiスポット。自分の部屋で接続できたら最高だったのにな。それは都合が良すぎるか。


 「皆さんこんばんは。都会に潜む怪談をお伝えするYouTubeラジオ、アーバン・フォークロアのお時間です。今夜も生配信でお送りしていきます。進行は私、ロバートと」
「アニャでーーす。宜しくお願いしまーす♡」
「ねえアニャ。地縛霊って聞いたことあるだろう?」
「A24のア・ゴースト・ストーリーみたいなやつでしょ。何となく分かるわ」
「日本人なんだからジャパニーズホラーを挙げようよ」
「はいはい。じゃあ話を続けてちょうだい」
「今って多様性の時代って言われているよね。LGBTQやMeToo運動、人種差別についてならBlack Lives MatterやStop Asian Hateなんか記憶に新しいだろう?人間の価値は多様化していて保守的な考えよりいかにリベラルな価値観を持てるかっていうのが現代の主流なんだ」
「そんな分かりきったこと改めて言わないでよ。というか地縛霊はどこにいったのよ?」
「地縛霊も多様化・・・しているみたいなんだよ」
「なるほどねー。で、何かエピソードでもあるのかしら?」
「これは知人から聞いた話なんだけどね。この世に恨みを持って自殺した人の魂はその自殺現場に地縛霊として残るっていうのが今までの通例なんだけど、その地縛霊がフリーWi-Fiのスポットになることがあるんだって」
「めちゃくちゃ便利な地縛霊じゃない」
「でも地縛霊だからさ。恨みだけこの世に残している訳で、恨む相手は無差別なんだよ。つまりそのWi-Fiを何回も使っている人を呪い殺すらしい。実際に事故物件のアパートでWi-Fiの地縛霊に呪い殺された学生がいるらしいよ」
「なーんだ、それなら無闇に野良Wi-Fiを使わなければ対処可能ってことね。しかも怪しい野良Wi-Fiなんて使う人いるのかしら?ウイルスを感染させて情報を抜き取る手口も有るらしいわよ」
「まあリテラシーが十分じゃない人も居るだろうし、やむを得ない理由でフリーWi-Fiを利用する人は沢山いるだろうからね」
「じゃあこれを聞いている視聴者さんたちは気を付けてね。怪しい野良Wi-Fiには御用心!アニャとの約束よ♡」
「それではまた次回。アーバン・フォークロアでした!」
「バイバーイ」


 「はあ疲れた」そう呟いてアニャと名乗った女性はノートパソコンの画面を閉じる。コロナ禍以降すっかりリモートでの配信も板についてきた。本来ならパートナーであるロバートと直接会って配信したいが自粛している。重箱の隅を突くような人間が多すぎるのだ。今夜の配信もコメント欄が荒れていた。ユーザーネーム:貧乏学生@Wi-Fi乞食という奴が永遠と意味不明なコメントを送り続けて来ていた。


『コノアパートニゴカイナンテナイ』


炎上を最も嫌うロバートの意向でユーザーのブロックは行わなかった。しかし今夜の奴は度が過ぎていると思った。ウケ狙いなんだろうけど滑っている。本当につまらない奴。まあいいわ。今後も続くようなら通報してあげる。そんなことを思いながらアニャはスマホでさっきの配信のアーカイブを確認しようとした。しかしWi-Fiの調子が悪いのか全然ネットに繋がらない。仕方なくネットワーク画面を確認すると見覚えのないアクセスポイントが表示されている。

「ふふ、地縛霊も見える化の時代って訳ね」そう呟くとアニャはスマホの電源を落とした。



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