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街風 episode.11.1 〜並んだグラス〜
年季の入ったドアを開けて入ったお客さんは意外な2人だった。つい先日に仲良しのダイ坊を連れてきたと思ったら、今日はショウコちゃんを連れてくるとは。カズのやつも隅に置けないやつだな。しかも、驚いたことに2人で仲良く手を繋いで入ってきた。それを見たらついつい口元が緩んでしまった。
「「こんばんはー。」」
2人の声が重なった。ああ、この感じも久しぶりだな。職業柄なのかお客さんを忘れることは殆どない。いや、厳密に言うと毎回思い出すことができると言ったほうが正しいか。その時の会話や頼んだものとセットで覚えることが多いから、いつも同じものや同じ注文の仕方をする人の方が覚えはいい。
ショウコちゃんとの最後の思い出は、あの手紙を預かった時だった。あの時は、カズときっぱりと別れるためにケジメとして手紙を認めたのだと思っていた。ショウコちゃんもあの日はさっぱりとした顔つきで笑顔で手紙を渡してくれたこともあり、俺はてっきり勘違いをしてしまったようだ。
ショウコちゃんに出したカクテルは「ギムレット」だった。ギムレットに込められた意味は諸説あるが、あの時に込めたのは「長い別れ、遠くで想う、」だった。
今まで色々なお客さんと出会ったけれど、ショウコちゃんやカズのように遠く離れても想い合っていた2人は居なかっただろう。お店を長く続けているとこんな奇跡も起こるんだなと感慨深くなっているとカズとショウコちゃんは2人並んで隅の席に座った。
「ユウジさん、いつもので。」
カズはそういうと胸ポケットからタバコを取り出した。それと同時にカウンターに灰皿をスッと出すとカズは気まずそうに取り出したタバコを胸ポケットにしまおうとした。
「吸っていいわよ。私、カズ君がタバコ吸うの嫌いじゃないわ。それに今日は昔を思い出すためにも吸ってほしいかも。」
ショウコちゃんはそう言ってタバコをしまおうとしたカズの腕に手を添えた。その言葉に甘えたカズは一本取り出すと火をつけた。
「ユウジさん、私はお任せでいいかしら?」
2人はオーダーを終えると、昔話に花を咲かせていた。長い年月をゆっくりと取り戻すかのように沈黙もなくお互いの話をしている。兄貴肌のカズもショウコちゃんと2人きりの時は良い意味で落ち着いている。お互いを激しく愛している激流のようなカップルではなく、お互いを尊敬し余計なところまで踏み込まない2人は清流のように美しい。周りも誰も邪魔をしないし寧ろ近くでせせらぎの音を楽しむかのようにそっとしていた。だから、俺もこうしてまた2人が昔のように隣同士並んでいることが嬉しくてたまらない。
「お待たせしました。」
カズにはボウモアのロック、ショウコちゃんには「チェリー・ブロッサム」を差し出した。
「綺麗なカクテルですね。」
ショウコちゃんはそう言うとカズと乾杯してから一口飲んだ。
「とても美味しいです!飲みやすい。」
こうやってみんなの笑顔を見れるのもこの仕事の醍醐味だ。
「そのチェリー・ブロッサムは日本生まれのカクテルで世界でも飲まれているんだ。まだ冬なのに桜のカクテルでごめんね。でもね、2人を見たらどうしてもこのカクテルしか思い浮かばなかった。さっき仲良く手を繋いでお店に入ってきた姿を見たら、長い冬を終えてまた春が来たんだなあって思っちゃってさ。そして、桜のように見る人たちを幸せにする2人が戻ってきたことを祝してそのカクテルにした。」
やれやれ、年を取るとどうも色々と語りたくなっちゃうな。悪い癖だ。
「...ありがとうございます。」
ショウコちゃんの目から一粒の涙が溢れた。
「実は、今日こうやってカズ君と戻ることが本当に嬉しい反面、夢だったらどうしよう、みんなから反対されたらどうしようって心のどこかでずっと考えていました。でも、このカクテルにそんな素敵な意味を込めてくださったユウジさんのおかげで、もうそんなことは考えるのやめようって吹っ切れました。預かってくれた手紙の件も含めてユウジさんには感謝しかないです。ありがとうございます。」
ショウコちゃんはそう言って俺に軽く頭を下げてくれた後にカズの方を向いた。カズもショウコちゃんを優しく見ていた。
そこには10年以上も前の2人が重なって見えた。どうやら今夜は長くなりそうだ、今日は花見酒だな。
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