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ウエストンの598を買うまで
……なんか靴、高くなってね?
決して気のせいなどではない、普通に値上がりしまくっている。
手頃な本格革靴!なんて触れ込みで売っていたようなものが一昔前の高級靴くらいの価格で売られている。パンデミックやら戦争やらによる業績不振が原因とは言え、数年で倍近い値上げというのは少々、消費者の不信を買うんじゃあなかろうか。
そんな気分になりながら、その日も僕はインターネットで靴を眺めていた。
「コードバンのブーツがこの値段、しかもマイサイズ!?」
なんて言う出会いに恵まれながら、ふと思った。
「——そう言えば、外羽根の黒靴って無かったよな」
この気付きが、僕を散財へと導いた。
決定打は、パラブーツ札幌店への訪問だった。平日の夕刻ということもあってか、客は1人も入っていない。
もとより、少々奥まった立地の店だ。こんな日もままあるのだろうと、敷居を跨ぐ。
徐に店内を見て回っていると、感じのいい女性店員が声を掛けてきた。
「気になるモデルがあれば、試着も出来ますので」
との決まり文句。まあ人も居ないしなと、少しばかり付き合ってもらうことにした。
選んだのは王道エプロンダービーのアヴィニョン。普段履くUK6~6 1/2を出してもらい、足を入れる。
——良い。パラブーツはよく『踵が大ぶりなので、日本人には合わない』と言われるが、そんな気はしなかった。
皺を入れぬよう、慎重に鏡の前へと移る。足元には、黒々としたエプロンダービーの姿。
少し長いノーズが、ワイドシルエットのパンツとよく釣り合う。
「良い、良いですよこれ」
間抜けな言葉だが、この雰囲気を繊細に拾ってやれるだけの語彙は持ち合わせていない。
その日は、オールデンの54321を履いてきていた。似たようなデザインながら、全く違った雰囲気。
フランスの風が吹いた気がした。閉め切られた店内で、僕の心のミニスカートが悪戯に翻される。
「買います」の一言を言うより先に、手持ちがない事に気付けたのは幸いだった。
『いつか迎える』との思いを胸に、店を後にする。
その日からずっと、フランス靴の魅力にとらわれ続けていた。
ずっと、ずっと。
てな具合で、僕はとにかくフランス靴が欲しかった。靴好きならわかってくれるだろう、あの、英国靴にも、米国靴にもない雰囲気を。
俗に言う『エスプリ』なるものにガッツリとデリケートゾーンを撫で回されてしまったが最後、パリ・コミューンでは靴があなたを履きにやってくる。
出会いは楽天市場、そこには靴好き御用達のヤミ市がある。
関税やら代理店の甘い汁やらで随分な額が飛ぶ革靴界隈の一筋の光、並行輸入品を取り扱う店へ指を進める。
95,000円、送料は無料だった。追加で関税を徴収される事もない。
冒頭で触れたように、今日日革靴というのは10万程度当たり前にふんだくってくる代物になっているし、そのレンジに来るのは大抵、ありし日の入門靴達だ。
なにより、そんな値段で投げ売りされているのはあのアヴィニョンではない。598 Demi Chasseなのだ。
あのウエストンがアンダー10万、リジェクト品でも無い。僕は半狂乱になりながら、マイサイズ探しを始めた。
幸い、ウエストンならもう持っている。310という、オーソドックスなセミブローグだ。
中古で手に入れた一足だが、面白いくらいにジャストフィットなので、これがマイサイズという事にしているくらいだ。
スマートな内羽根シューズで、僕は6/Dというサイズらしい。恐らくは、レンクスをそのままに、ウィズをCあたりにしてやるのがベストだっただろう。
しかし僕は到底ブティックになどいけない(北海道在住)し、プロパーに倍以上の額を出すだけの金もない。
そこで、半ば妥協的に、6Dを選ぶ事にした。
すごいアッサリと決まっているようだが、実際には遭遇から購入まで、実に3日を要している。
浪費家フリーターにとって、10万というのは途轍もない大金なのだから、当然と思っていただきたい。
ともかく、こうして僕は憧れのおフランス靴を手に入れたわけで、届いた靴はと言うと、もう。
ブチ上がったテンションに任せてこんな駄文を認めるくらいには最高だった。
レビューまがいの靴自慢はまた別の機会にやろうと思う。