#2-3 大人になれなかった俺へ③

 目を覚ますと、そこは看護テントのベッドだった。どうやら熱中症で倒れたらしい、と当時の俺は思った。
 横で濡れたハンカチを絞っているナースと目が合う。大きい。D…いや、Eはありそうだ。思わず見惚れる。
 「小さくて何が悪い!ぶっ飛ばすぞ!」と何処からか空耳が聞こえた気がしたので、即座にナースから目を離す。と同時に、ヤマザキ隊長がテントに入ってくる。

「おお、起きたか。体調はどうだ。この数字、わかるか?」

 隊長が手をぶんぶん振りながら指でいくつかを示している。いや、振りすぎてわかんねぇよ。てか、これ普通の時でもわかんねぇだろ、ってくらいぶんぶんしている。

「分かりません」
「おお、そうか。じゃあ、まだ寝ていた方が良いな」
「いえ、自分はもう大丈夫なので警備に戻らせてください!」

 曲がりなりにも俺は兵士だ。こんなところで寝てたら性根が腐っちまう。

「いーや、行かせない。だってこの数字が分からなかったからな」
「や、だってそれは……」
「それもこれもない!……そうだ。そんなに外に出たいなら俺と来い」
「分かりました」

 どうしても俺を任務に行かせたくないようだ。これも彼なりの配慮なのだろうか。ここは黙って隊長について行くことにする。

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 湖畔の侵攻軍の方角とは逆、イーストパレスの歩道を30超えたおっさんと17の少年が歩く。どんな絵面だコレ。

「なぁ、彼女がいるってどんな感覚なんだ?」
「へっ!?な、なんで隊長がそれ知って……」
「なに、部下のことを知るのは隊長の最低限の役目だろう。別の兵から聞いたんだ」

 まったく、俺を外へ連れ出したと思ったら、開口一番とんでもないことを口にするものだ。

「えーと、そうですね……。彼女になった直後はもの凄く嬉しかったんですけど、途中からちょっと全部は受け止めきれないなってなって……」
「わかる」
「え」
「いや、俺の場合は妻なんだけどよ。結婚したては二人でずっとイチャついてたよ。けど、だんだん共同で生活するに連れて互いの生活の違いが出てきてよ、小さなことでも言い争いしてばっかだったよ。だから、この戦争で妻の元を離れたときは思わずガッツポーズしちまったよ。まあ、今となっちゃ早く会いたくなって仕方ないけどな」
「もの凄くわかります。自分も最近彼女とケンカしちゃって。あ、聞いてくださいよ、彼女がわざわざ電話したきた時になんて言ったと思います?『最近流行りのクレープ屋がね…』って言ってきたんですよ!俺、戦争中なのに!ヤバくないですか?」

 ……しまった。自分勝手に喋りすぎた。流石に怒られる。そう、思ったのだが、

「ハハハ!そりゃ、ヤバイな!こっちの気持ちも考えれくれやって感じだよな。いやぁ、俺なんか今の妻と交際期間ほぼなしで結婚したもんだから彼女ってどんな感じなんだって思ってたけどよ、案外彼女も妻も変わらねぇんだな。勉強になったわ」

 あれ、怒られない?それどころか話に乗ってくれた。この隊長、めっちゃ良い隊長かもしれない。いや、別に前の隊長が悪い人ではなかったんだけど、必要以上の干渉はしない人だったから今のヤマザキ隊長がより良く見える。距離の取り方が上手いからつい話してしまうのだ。

「おっ、そうだ。この前監視中に見つけた洞穴があるんだ。五分くらいで着くから今から行ってみないか?」
「えっ、でも監視は……」
「なーに、ちょっとくらい休んだって誰も文句言わねえよ」

 それ、戦争中でも使えるセリフなのだろうか……。
 ともかく、俺らは洞穴へ向かった。

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