楽曲が語る豊かな物語
ひとつの楽曲は、実に様々な物語を語っています。
それは起承転結のような物語構造がある歌詞、みたいな非常に解りやすい事ももちろん含まれますが、それだけではありません。
例えばポップスのAメロ、Bメロ、サビというスタンダードな楽曲構成。
これもひとつの物語構造といえます。
または、コード、メロディ、リズムなどの楽曲を構成している要素のアレンジも、楽曲のテーマやモチーフという物語構造を効果的に伝える為の文法である、といえるでしょう。
そして、その楽曲がどの様なジャンルに属し、どの様なモチーフを扱っているかという事も、過去の文化遺産からの影響があり、そこには時代を超えて受け継がれる物語を感じる事ができます。
さらに、その楽曲が制作・発表された時代や、制作、演奏するアーティストの持つバックグラウンドや、楽曲制作の経緯なども、その楽曲の背景を彩る物語でしょう。
この様な多様な物語の要素が、明確なビジョンの元に調和した音楽が語る豊かな物語が、リスナーの心を豊かに満たします。
僕がこの様な観点で音楽を捉えているのは、僕の音楽ルーツがビートルズだからだと思います。
彼らの楽曲はこの上なく豊かな物語を語っています。
しかも、僕が初めてビートルズに触れたのは『ビートルズ・アンソロジー』でした。それはビートルズという文化現象を俯瞰的、網羅的に整理・検証して20世紀の文化史に位置付けようとする壮大なプロジェクトでした。
『ビートルズ・アンソロジー』には、当時10代だった僕が知りたい事や、胸を熱くする事の、全ての要素が揃っていました。
そこには少年が抱く夢があり、仲間との友情があり、創作の神秘と喜びがあり、成功による陶酔と混乱がありました。
それらはすべて物語でした。
僕はその様な大きくて豊かで深みのある物語と共にビートルズの魅力的な楽曲に触れたのです。
そんな音楽の原体験があるから、僕は楽曲が語る物語にどうしようも無く惹かれるのです。
だから僕も自分で音楽を作ることで、ささやかでも自分なりの物語を紡ぎ、楽曲に丁寧に織り込み、誰かに伝えようとするのだと思います。