【エッセイ】僕の大好きなアルバム⑤The Beach Boys『Pet Sounds』
『ペット・サウンズ』との出会いは色々な意味で印象的でした。
最初はたしか大好きなポール・マッカートニーが激賞してたので手に取りました。
でも正直あんまりピンときませんでした。
ポールみたいな一聴して人の心を鷲掴みにしてしまうメロディメイカーが褒めまくっているからには、さぞかしカラフルで煌びやかなアルバムなんだろう、と勝手に想像していました。
実際にはその真逆で、どちらかというと暗くて得体の知れない響きをした異物に聴こえました。何重にも重なったコーラスや、テルミンなんかも飛び出す不思議なアレンジ、不安定にデコボコしたベースライン。
お菓子の家かと思って入ったら、お化け屋敷だった、みたいな感じで、「なんか気味が悪い」というのが率直な感想でした。
現代音楽にも造詣の深いポールのアヴァンギャルド趣味の一例なのかなぁ、くらいの印象でした。
しかし何度か繰り返して聴きながら『Don't Talk(put your head on my shoulder)』のオーケストラによる渦のようなストリングスの響きに吸い込まれるような錯覚を覚えたその時、突然その楽曲の美しさに打たれました。
同時に、それまで解けなかったパズルのピースが次々にあるべき場所に収まっていく様に『ペット・サウンズ』という作品全体の神秘のサウンドスケープを見渡す事ができ、その美しさに息をのみました。
この時、僕は本当の意味でこの作品と出会いました。
お化け屋敷の奥には、小さい頃自分だけがその存在を知っていた秘密基地のような、親密でかけがえの無い空間が拡がっていたのです。
『ペット・サウンズ』と「出会って」から、20年近くが経過しましたが、未だにその音空間は、僕にとってかけがえのない場所であり続けています。