10X Genomicsとシングルセル解析
10x Genonmics社(カリフォルニア)は、世界のトップ100の研究機関の中の96機関、世界のトップ20の製薬会社の19社を含む世界中の研究者に採用されている、シングルセル解析分野のトップメーカーです。主な用途は生物・医学研究です。Serge Saxonov、Ben Hindson、Kevin Nessによって2012年に設立されました。ソフトバンクGも投資している企業です。
10x GenomicsのCofounderでCEOのSerge Saxonov氏は、同社の単細胞解析製品には短期的に約130億ドルの市場規模があると見ており、長期的には約500億ドルの世界的なライフサイエンスツール市場の大部分に参入できる可能性があると述べています。
同社は現在、1,500台以上のChromium機器を世界中に設置しており、それぞれが年間約15万ドルの消耗品収益を生み出していると述べています。消耗品は収益の70%以上を占めており、非常に収益性の高いビジネスモデルとなっています。
10X Genomicsが開発したものは、大規模な細胞集団を100万個以上の細胞に分割し、細胞ごとに分析することができる高解像度のシーケンシング・プラットフォームです。最終的には1回の実験で1,000万個の細胞を分析することを目標としています。
資金調達とIPO
2016年3月に実施したシリーズCラウンドにはソフトバンクGも参加していました。その後、シリーズDラウンドで、同社の企業価値は12億8000万ドル(約1400億円)とされました。2019年にNASDAQ市場に上場ていします。
現在は約78ドルで取引されており、IPO時の1株当たり39ドルから大きく上昇しています。10x Genomics は、単細胞解析のためのツール(機器、消耗品、ソフトウェア)を提供する市場のリーダーであり、これらのツールは、新しい生物学や疾患の理解を可能にするため、バイオテック企業や学術機関の研究者からの利用が増えています。2015年には332万ドル、2016年には2,748万ドル、2017年には7,118万ドル、2018年には1億4,500万ドル、2019年2億4590万ドルの収益を上げており、創業以来大きな成長を持続しています。
シングルセル解析とは
人体は単一細胞から始まり、最終的には40兆個以上の細胞からなり、それぞれの細胞は30億のDNA塩基対からなるゲノムを持っています。遺伝子に関する研究のほとんどは多数の細胞からDNAを取り出し、結果を平均化し、それぞれの群間の違いを見極めようとするものです。しかし、10x Genomicsの技術は、1個1個の細胞に目印(バーコード)をくっつけ、それにより1個1個の細胞内にある遺伝子の挙動を理解できるようになっています。この技術がシングルセル解析です。シングルセル解析は、細胞集団の平均的な解析ではなく、個々の細胞の変化を動的に追い、システマチックな理解へ繋げることが可能になる技術です。例えば、がん組織においてシングルセル解析を行うことで、多様ながん細胞の中で、どういった役割分担がなされていて、どの細胞が最も大きな原因となっているかということも分かるようになります。
10X Genomicsの技術とは
10X Genomics社Chromiumシステムは、分子バーコードとマイクロエマルジョン作成技術を利用する、次世代シーケンサー(NGS)用の前処理装置です。シングルセルからNGSライブラリーを調整する際に、細胞毎に異なる分子バーコードを付加することで、数千〜数万細胞のシングルセルRNA-seqを実現しました。集団を構成する個々の細胞の発現プロファイルの解析だけでなく、割合が1%以下のレアな細胞の解析も可能です。
上図ではBarcoded Gel Beadsがマイクロ流路を通り、単一細胞と結びつきます。それがオイルでコーティングされ、集められ、Single Cell GEMsとなります。それらを逆転写し、Barcoded cDNAが得られ、さらにオイルを取り除くことで、Barcoded cDNAライブラリが得られます。これらは、イルミナのシークエンシングに適した短読ライブラリであり、そのGEMに固有の14塩基の分子バーコードが付与されています。
知的財産を巡る争い
知的財産をめぐるいくつかの激しい争いが起きており、10X Genomicsに大きな影響を与えています。
2018年11月の裁判では、10X GenomicsのGEMマイクロ流体チップが、Bio-Rad社の特許の一部を侵害しており、侵害は故意であるとの結論を下しました。そのため彼らは違う仕組みのマイクロ流体チップを作ることにしています。10X Genomicsは175件以上の特許を取得しており、470件の特許を出願中です。ただ、これからも競合他社が彼らを法廷に引きずり込まないという保証はなく、リスクの一つとなっています。
競合は?
comparative analysis of commercially available single-cell RNA sequencing platformsという論文では、シングルセル解析を行う3つの企業が紹介されています。
・タカラバイオ - ICELL8 cxシングルセルシステム
・Fluidigm - C1システム
・10X Genomics - Chromium
ただ、この分野はまだ黎明期であり、ゴールドスタンダードのツールはまだ開発されていないと言えます。その点では、投資するには不確実性が高い領域であり、他の企業の動向にも注意が必要です。