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The story of a band ~#29 shape of dredkingz~
誠司は一枚のCDを感慨深く眺めていた。しっかりと透明なビニルで包装され、表面にはカラフルな文字でdredkingzと書かれている。これが店頭に置かれるのかと考えると不思議な気がしてならない。
思えば今河と出会い、バンドの歯車は大きく勢いをつけて回り始めた。ジョンとの出会いによって、バンドの可能性が広がった。
誠司は、できあがったCDを父の仏前に供えた。
父は54歳という若さで亡くなった。寡黙で部下思いの父は、ストレスのせいか、脳内出血でこの世を去った。生前父は、誠司と仁志が音楽にのめりこむとよく言っていた。
「どうせ、流行だからな。」
これで飯が食えるわけない。それを目指してるわけではないとしても、どうせすぐやめるだろう。
そう思っていたのかもしれない。
「親父。とりあえず、形にはできたよ。」
そう言って、誠司と仁志は両手を合わせた。
できあがったCDのタイトルは「dredkingz Ⅰ」。大してひねりを加えたようなタイトルではない。いったい誰が考えたのだろうか。
ビニル袋を外して表面のタイトルを見てみる。
「そっか。この表紙の文字体は俺の落書きをもとにしたんだな。その中に描かれている模様は今河さんが手を加えたんだっけ。」
「そういえば、今河さんがこのCDを一番最初に見たとき、『あれ?俺の注文っていうか、下絵がそのまま使われてるよ。そうじゃなく、ちゃんと色をつけてほしかったんだけどなあ。』って言ってたよ。」
確かに、表紙の着色などは、いかにも手作り感があるので、こちらの意向をくんでほしかったと思う気がする。
少し残念な気持ちになったが、多くを望む立場ではない。
「ほら、横には、『重厚なサウンドにキャッチ―なメロディが絡み合う』なんてキャッチがあるよ。こういうのを見ると実感わくよな。」
ケースから歌詞カードをはずした。手触りは、まさにこれまで手に入れてきたCDのそれと同じだ。
恐る恐る中身を見てみる。
「おお、これはかっこいい!俺が書いた歌詞がそのまんまだ。」
ところどころ間違って鉛筆で消されているようなリアル感がたまらない。この歌詞は仁志がレコーディングで使用したものだった。
「この歌詞のつくりはいいな。うん、うん。」
自分たちのオリジナル楽曲が形になると、俄然モチベーションも高くなる。努力を形にしてこそ、次へのステップがまた現れてくる。
後日、今河宅にメンバーが集合し、今後の活動についての話があった。
「伊東くんから電話があって、宣材写真を撮ってほしいと言われたんだ。事務所のホームページに載せたいというんだ。」
「なるほど、宣材写真なかったですよね、そういえば。」
「でも、誰がどこでどうやって撮るんですか。」
「そうだね。。そこらへんは、俺がなんとかするよ。」
「ありがとうございます!」
「んで、もう一つ。俺らを含めたアーティストのデビューライブイベントを渋谷のライブハウスでやる予定なんだってさ。そこでCDも売ろうっていうことらしいよ。」
「へえ~!渋谷のライブハウスで!それで思い出したんですけど、タワレコにも俺たちのCD置かれるんですよね。」
「たぶんね。」
「ついにここまで来たかあ。がんばらないとなあ。」
dredkingz全国版CDの発売は10月に決まった。しかし、秋田県内、地元でもこの話を知っている人は少なかった。
インターネット配信やSNS全盛の現在であれば、間違いなく簡単に広められたであろうが、当時は自分たちで宣伝するためには、直接友人や知人に話すか、ライブを行い、来てくれたお客さんや関係者に知ってもらうか、など知らせるすべが限られていた。
今思うと大変悔やまれる事態であった。
宣材写真は、今河の知人である一村が一眼レフカメラで撮影することになった。
場所はバンドの雰囲気を生かすため、地元にあるBARを借りた。
勢いのある今をメンバーの誰もが感じていた。しかし、そんな時こそ、大きな壁が現れることを知っている。その壁が現れた時、どんな判断を下すのか。
dredkingzは、渋谷ライブに向けて、ただひたすら前進する。
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