読んだもののメモ

 ラムジー・キャンベル「Just Waiting」、W・F・ハーヴィー「Euphemia Witchmaid」「Ripe for Development」、アルジャナン・ブラックウッド「The Lock of Grey Hair」「The Philosopher」を読んだ。

「Just Waiting」

 おもしろかった。
 作家のイアンは五十年ぶりにその森にやってきた。子どもの頃、両親に連れられて、ピクニックに来た森だった。彼はある空き地で足を止め、金のインゴットを置き、恐怖を感じながら祈る。そこは五十年前にも来た場所だった。
 そのときは道に迷っていて、両親は口論ばかりしていた。歩いていくうちに、彼らは例の空き地に出るが、そこにあったのは期待していたピクニック用のテーブルではなく、古い井戸だった。母親は願掛けの井戸だと考え、イアンに硬貨を投げさせる。彼は両親がけんかをしないでほしいと考えていたが、本当にそう願ったのかどうかはよくわからなかった。
 その後も森を進んでいると、木々の合間をだれかが並走しているような気がしはじめる。やがて一家は別の空き地に出て、そこにテーブルを発見する。
 野外にしては妙にきれいだったが、彼らは食事をはじめる。だが、母親がフォークやナイフを忘れてきたことが発覚し、またけんかになりかかる。そこにどこからともなく、やけに口の大きな黒ずくめの給仕ふたりがやってきて、皿やナイフやフォークを準備し、さらにはワインまで出し……。
 回想がいきなり挟まるのでちょっと面食らうけど、これもイアンが森をさまよいながら、強烈な記憶をたどっていくところを追体験させるための仕掛けなのかなと思った。
 願掛けの井戸を題材にした怪奇小説はE・F・ベンスンも書いていたけど、本作ではさらに得体のしれない怪物が出てくるし、ぎくしゃくした家庭の子どもが抱く感情が怪異の出現につながっているし、また別のおもしろさがあった。

「Euphemia Witchmaid」

 語り手である看護婦は、医師のペニーファザーからの要請でウィッチメイド夫人のもとに派遣される。だが、現地で出てきたのは健康そのもののウィッチメイド夫人で、語り手は困惑する。しかもペニーファザーは事故に遭って瀕死の重傷を負っており、問い合わせることもできなくなる。夫人はきっとペニーファザーが混乱していたのだといって彼女をもてなし、泊まっていくようにすすめる。
 それから七年後、語り手はウィッチメイド夫人が住んでいた土地を訪れ、墓地でウィッチメイド夫人の墓を見つけるが、死亡日は彼女が泊まった日となっていた!
 手厚くもてなされている裏で殺人計画が進行していたかも……という話で、事情が明かされるくだりでは背筋がひやっとした。証拠もなく、真相も不明なままで終わるので、ウィッチメイド夫人(若いほう)の底知れなさが際立っているように感じる。

「Ripe for Development」

 語り手の看護婦は、今回は住民全員が内に閉じこもっているような、郊外の住宅地へ派遣される。
 休憩時間中に交代要員の同僚と散歩していると、ゴッシントン氏の邸宅の前を通りかかる。そこにはコンゴウインコの籠が置いてあり、しきりに「出られない!」と叫んでいた。
 だが、しばらく経って、そのインコは犬に襲われて死んでしまう。語り手は寂しく思うが、散歩ルートは変えなかった。ある日、ゴッシントン氏の門の前に少年ふたりが立っており、どうやらボールが庭に入ってしまったらしかった。語り手はなかに入っていってボールを拾うが、そのときに「出られない!」というインコそっくりの声を聞き、さらに窓辺でびっくりした顔をしているゴッシントン氏を目撃する。
 この作品でも真相ははっきりしないが、ゴッシントン氏(とその妻も?)はしょっちゅうだれかを監禁していて、不満の声をごまかすためにインコを飼っていた、ということだろう。平凡な住宅地は見かけほど平凡ではなかったという結末はちょっとぞわぞわする。

「The Lock of Grey Hair」

 おもしろかった。
 医師のブレーンの髪は一部だけ白くなっていて、しばしば友人の話の種になっていたが、なぜ白くなったのかはだれも知らなかった。語り手はブレーンが死ぬ直前に、その経緯を知ることとなる。
 ブレーンはかつて、ジュラ山脈の村に友人と旅行に行ったが、そこで友人はジフテリアに倒れてしまった。村ではほかにふたり、ジフテリアの患者が出ており、ひとりは別荘つきの医師、もうひとりは近所で「いじわる金持ち」と呼ばれている老婆だった。「いじわる金持ち」は裕福なくせに吝嗇家で、うわさでは食費を浮かすために隣人の猫を食べるなどしていたという。その真偽はともかく、嫌な人物であることはたしかだった。
 そんなわけでブレーンは彼女の診察をなるべく避けていたが、「いじわる金持ち」のほうはブレーンに診てもらいたくて、やたらと高圧的な調子でしつこく依頼してきた。それでもブレーンは診察に行かず、友人の看病をしていたが、そうしているうちに「いじわる金持ち」の容体は悪化し、死んでしまう。
 ブレーンは寝ている友人のそばにいたが、彼の下宿のおかみがいきなり物を落とし、だれかに押されたと言い出す。同時に友人もがばと起きて、ブレーンを見ると、早口のフランス語で「よくも見殺しにしてくれたね。でも、あたしはあんたを逃しゃしないからね!」とまくしたてはじめるが、それは彼の声ではなかった。しかも、見るみるうちに、友人の顔は「いじわる金持ち」に変貌してしまう。
どうにか友人を落ち着けて、ブレーンは自分の下宿へ向かうが、うしろからぱたぱたという足音が追いかけてきて……。
 いじわるな老婆が死してなお執拗に追いかけてくるというゴーストストーリーで、幽霊の姿を直接出さず、憑依された友人の変貌や、足音を通じて描いているところがたくみだった。部屋に入りこんでくるあたりも厄介だし、ふとんをじわじわひっぺがされるところはかなり怖かった。
 ブラックウッドには「La Mauvaise Riche」という、やはりジュラ山脈を舞台にした怪奇小説があって、こちらの「いじわる金持ち」も本作と設定が共通している(霊体となって他人に入りこむくだりもあったと思う)。彼は同じような設定・舞台で別の話を書くことがちょいちょいあったので、本作もそのひとつかもしれない。

「The Philosopher」

 よかった。
 ある老婆が大きな犬とともに町へ出かけていた。犬はカエサルという名で、いつも彼女を守っていた。道を渡るときも、車が来ないか確認してから、先に立って歩くのだ。
 この日もそうして道を横断していたが、そこに不注意な車が猛スピードでつっこんでくる。老婆はパニックになってすくんでしまい、カエサルは彼女をどうにか動かそうと、鼻先で押したりするが……。
 ひき逃げした連中はもちろんろくでもないし、老婆の家族もわからず屋(目撃者がいないので仕方がないといえば仕方ない)だし、カエサルが不憫でならないが(それでも元気にしているのは健気というほかない)、すべてはなにか宇宙的なものの意志なのだと考えて、ひどい仕打ちを受け入れるあたりは、たしかに「哲学者」だった。カエサルの悟りきったような態度は『王様オウムと野良猫の大冒険』のダッドリーを思わせるし、人間が愚鈍さゆえにそれを理解できないというところでも、ちょっと『王様オウム』ぽいと思った。

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