読んだものメモ

 W・F・ハーヴィー「Atmospherics」、アルジャナン・ブラックウッド「The Perfect Poseur」「The Celestial Motor 'Bus」「The God」を読んだ(ハーヴィーのはほかにも読んだんだけど、感想を書き終わっていないので、また今度……)。

「Atmospherics」

 語り手はダーリング夫人を看護するため、一家が住む〈赤の屋敷〉に派遣される。夫人は息子のフィリップ、その妻のメアリー、娘のミリアムとともに暮らしていた。とても親切な老婦人で、ひとを助けることによろこびを見出しているらしく、メアリーの庭仕事や縫物を手伝ったりしていたが、一方でメアリーは、語り手からすると自己中心的に思え、彼女がいると憎しみが感じられるほどだった。
 ある日、夫人は出かけている途中で体調を崩し、帰宅すると言い出す。家にもどると、若い医師が来ており、メアリーはいくぶん慌てた様子で電報を打って呼んだのだと説明するが、夫人は医師に対してものすごい憎悪を抱いているらしかった。
 その後、語り手はメアリーとふたりきりになり、彼女から驚くべき話を聞かされる。それによると、ダーリング夫人はメアリーをものすごく嫌っており、やさしさで殺そうとしているのだというのだ。
 憎しみの中心にメアリーがいるという描写があるので、てっきり彼女がいやな人間かと思ってしまうのだが、実は夫人が恐ろしい人物だった。伏線を張りつつ、ミスリードを誘うあたりがうまいと思う。

「The Perfect Poseur」

 ある日の夕暮れ、作家や画家や洋服屋などが集まって、気取ることについてああでもない、こうでもないと話し合っていた。あるものは気取るのは自分を偽ることだと言い、またあるものは、いや、気取るのだって人格の表出なのだと主張する。だが、彼らはだれも、完璧な気取り屋がうしろにいることに気づかなかった。その謎めいていて、まっくろで、緑の目をした気取り屋こそは……。
 人間たちの議論は(ちょっと興味深いところはあるものの)わりかし退屈なのだが、最後に〝完璧な気取り屋〟が出てくるところで一気に不思議な雰囲気が生まれていてとてもよかった。すぐそばにいる動物こそ完璧な気取り屋なのに、人間は理屈をこねくりまわすあまり気づかないという点がユーモラスでおもしろい。

「The Celestial Motor 'Bus」

 第一次大戦時のプロパガンダ掌篇。
 寒い日の朝、語り手の「わたし」がバスに乗ると、身分が高いであろう若い婦人が添乗員として働いていた。本来であれば社交パーティーに出たりしているはずなのに、そうした楽しみを捨ててまで働く姿はとても健気で、乗客たちはみな幸せな気分になり、車内はまさに天上のバスとでもいった空気に包まれる。
 添乗員の女性の存在が車内を暖かで幸せな雰囲気にする描写は作者らしいかもしれない。戦争によって男性の働き手が不足し、女性が添乗員を務めるようになったという歴史的な事情も垣間見れる作品だった。

「The God」

 こちらもプロパガンダ掌篇。
 作家のジョーンズが古代ギリシアを舞台にした新作長篇を口述して、秘書のロビンソンにタイプさせていると、彼はなぜかミスを連発してしまう。ジョーンズがどこか悪いのかと訊くと、秘書はすばらしい気分だと答える。彼は椅子からたちあがり、自分は必要とされていると言い出すが、その姿は、いつもの背を丸めた男ではなく、堂々としていて、光輝に包まれているかのようであり、しまいにはこの作家のフラットに古代ギリシアを思わせる雰囲気が漂いはじめ……。
 この作品は小説らしい体裁になっている。ロビンソンが入隊を決意して古代ギリシアの神のように変貌し、部屋を満たすかと思えるほどにもなり、あたりの雰囲気までもが変わっていくところは幻想的でよかった(戦争に行って死ぬよりは、タイピストをつづけたほうがいいとは思うが)。作家はプロパガンダではあっても自分の流儀で書こうとしたのかもしれない。
 ジョーンズは年齢からしても作者の分身のような気がする。戦時下における芸術と小説家という職業について葛藤しているようなところは、作者のそれが反映されているようにも思えた。

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