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今時、家電話にセールスでは怪しまれる。メール、ラインなどのツールで誘いが来る。いや、案内かな。「あなたの原稿を本にしませんか?」。自費系の出版。多くの人が、本を出してみたい、と思っているのでは。でも無理だ。そこへ誘いが来る。一発当たれば……夢に賭けるのも悪くない。売れるかどうか? 出してみなければ分からない。そうとも言えるが、現実は甘くない。あなたも作家になれる‼――甘い話の仕組みを解説する。

――by Drifter(Koji Shiraishi) 生き馬の目も抜く、Tokyo Sports Pressに約20年在籍した。退社後、アメリカン・フットボール誌の編集長、出版社運営など多種のマスコミ業に身を置いた。ある時、縁あって自費系の出版プロデュース業で禄を食んだことがあった。

☆プロデューサーはつらいよ

【出版バブル!?】

 PCにスマートフォン……今や、連絡、ニュース、読み物は電波で飛び回る。紙の媒体は衰退の一途。2024年の秋には東京中日スポーツが休刊を発表した。1956年2月23日、東京中日新聞が世に出て、1970年3月1日に東京中日スポーツが。手堅い内容の新聞で半世紀以上、存在感があった。Tokyo Sportsから優秀な記者が何人か移籍した。一人は編集のトップへ上り、ドラゴンズの球団代表にもなった。かくいう私も、現場を求めて移籍しかけたことがあった。
 今、新聞は軒並み、部数が激減している。サラリーマンが駅で買う姿を見かけなくなった。電車の中、昔は新聞を広げている人が目に付いた。今電車の中は、老いも若きもスマートフォンを操作している。
 衰退していく紙媒体。出版社だって、苦難の時代に入った。しかし、バブルとは言わないが、出せば確実に利益が上がる出版が存在する。それが自費系の出版ジャンルである。
 今や、大手のブランド出版社も進出している。なぜか? 自費出版はリスクの非常に少ない、ビジネスなのである。出版にかかる経費は著者が持ち、版元には手数料が入る。版元はISBN(裏表紙などにあるバーコード)を提供する。これが書店流通の"手形"なのだ。さらに、著作完成のタイミングで、全国紙系の新聞に広告が出る。形の上では著名な作家先生と肩を並べる? ことができる。悪くない話だ。
 著者になる人が、売れて儲かる……を期待しなければ、これはこれで良いのだ。
 刷り部数は著者本人の希望があれば増やせる。支払いの手数料が増える。多くは千部いくかどうか。このうち200~300部は本人の手元に。残りが都内の大手書店、著者の居住エリアに配本される。最近は自費出版のコーナーが設けてある書店もチラホラ。普通の出版では、無名の著者の本を手に取ってくれる客は少ないので、内容が面白ければ、店がポップを付けてくれるかもしれない。これはありがたい話だ。

"手持ちの原稿をお見せください”

【著者を発掘する】

 ミレニアムという言葉が横行し始めた頃、知り合いからの誘いもあって、自費出版系で売り出し中のB社に、嘱託プロデューサーとして禄を食むことになった。人材派遣会社を通す形を取った。これは経営側にメリットがある。意に添わなければ、派遣会社にクレーム入れて首を切れる。収益の上がるように、補助だけしてくれれば良いということなのだ。もっとも、売れるかどうかに関係なく、無事に出版されればオーケーなのだから、割り切れば、時給2000円も悪くない話ではあった。

 著者を発掘する――手っ取り早く言えば、営業活動。出版相談会、説明会という名の場をセッティングする。本を出したいと思っている人は手持ちの原稿を持っていけば、何かの評価を与えてくれる。ほめられるだろう。原稿が無ければ、アドバイスをしてもらう。どうしても書けないとなれば、ゴーストも手配してくれる。これなら、著者デビューが可能だ、という気になるだろう。
 手持ちの書き物がある例——。
「なかなか、ここまでの完成度は見かけません。是非、一人でも多くの人に読んでいただきたいと思います」
「そうですか。でもどうしたらいいのか?」
「お手伝いしますよ。こういう作品を埋もれさせては、いけませんよ」
「そうですか」
「最初に作る段階で、少しだけお金がかかりますが、印税もあるので、ちょっと売れれば、すぐ元が取れますよ」
 出版説明会では、こんなキャッチボールが交わされる。ここから先、契約の動き次第で、出版のスケジュールが出来上がっていく。ここで、登場するのが、進行プロデューサー。証券、金融の元営業マンが多かった。夢を抱かせて財布のひもを緩ませるプロである。といって、"悪いビジネス"ではない。著者になる人も納得してお金を出していれば、なんの問題もないのだ。
 お金の支出があるから、進行に理解できていない部分があれば、クレームとなりやすい。いや、出版など経験したことがないのだから、理解仕切れなくて当然。クレームというより、疑問の提示なのだ。
 出版の効率を上げるにはクレームを防ぐ。起きたら、早めに火消しをする。その仕事を受けるのが、お金で雇われた出版プロデューサーの私たちだった。
「進行を親切に教えてくれるということだったのに、契約したら、連絡が来ない。どうなっているんですか?」
 その都度、電話やメールなどで疑問に答えていく。
「クセのある人だから、気を付けてください」
 営業サイドでは、著者をA、B、C、Dとランク付けをしていた。C、Dはクレーマーの恐れありだったが、"クセのある著者"と相対してみると、たわいない疑問である事が多かった。契約を取り付けた人たちは、証券や金融は得意分野だが、編集に関しては素人。案件が進行するほどに、著者をリード仕切れなくなったのだ。
 防波堤の我々は電話、メールで対応。限界があれば、直接面会した。著者の自宅で、あるいは指定の喫茶店で。
 こちらはお金で雇われているのだが、話をまとめるためのオベンチャラは言わなかった。
「どうなんでしょう、売れるんですかね?」
「本を売るのは大変な事なんです。名前で売れるのはほんの一握り。それも、担当編集者もろとも、身を削るような努力をして何とか……〇〇さんの原稿は私的メッセージを伝える事を第一の目的にしているわけですから、出す事がまずはゴール。お世話になった人に贈って読んでいただいて、評判になれば、重版(再刷)という可能性もあるわけですから」
 こんな流れで、ほとんど納得してもらった。オベンチャラはその場凌ぎに過ぎず、その後がもっと大変になることは明白だった。

興信所が依頼主だった、九州大手運送会社オーナー自伝

☆"あわや”もあった、自費出版の現場

【K市の夜は間一髪?】

「クレームになるかもしれないので、慎重にお願いします」
 またか……自費出版の契約を取った人たちは、進行に自信が持てなくなると、簡単にSOSを求めてきた。ある日のケースーー。
「先方はどうも素人じゃないんですよ」
 契約書類をチェックすると、普通の案件でないことが一目で分かった。契約金額は約800万円、刷り部数も多かった。九州のK市に本拠を置く大手運送会社D社のオーナーの自伝。ここまでは何も不思議はない。ゴーストライターを付けて、話をまとめれば本になる。この人は戦後に立ち上げた企業を、孤軍奮闘の末、九州にこの企業あり、にまで押し上げたのだから、苦労話、成功の秘訣話には困らないはずだ。そこそこのライターが取り組めば、"感動の一冊"はさほど難しくない話だ。
 依頼主はやはりK市に本拠を置く興信所、T社だった。三角関係? あまり例がなかった。
 さて――? 窓口となっていたのはT社の東京支社長だった。
 まずは電話でご挨拶をして、対面で打ち合わせすることにした。
 東京支社長も待っていたようで、翌日、渋谷の編集部を訪ねてきた。
 なるほど、警察、裏筋、興信所関係の業種の人たちは雰囲気が違う。目つき、しゃべり方など明らかに一般の人たちと違うような気がする。東京支社長も一目で分かった。その場凌ぎは、いらぬ疑問を与えることになる。
「社長同志で付き合いがあり、仕事上でも取引がある。D社の社長の苦労話、実績は九州財界でも一目置かれている。私どもがプロデュースして、広く知ってもらいたいと考えているのです」
 私は関連資料の提供を依頼し、主人公のインタビュー→まとめた原稿の本人確認などの大まかな進行スケジュールを提案した。
「持ち帰って、本社と相談させていただきます」
 東京支社長は、納得した笑みを浮かべて帰って行った。
 その日のうちに連絡が来た。
「早い段階で、K市に来ていただいて、我が社の社長とも会っていただいて、その後、D社の社長インタビュー……はいかがでしょう?」
 願ってもない話だ。私は与えられた資料を元に、自伝の設計図を作成して、K市へ飛んだ。
 興信所T社ビルでオーナー社長と会った。なかなかの押し出しだった。K市は九州でも、裏筋の存在感が目立つことで知られている。そこで興信所となれば、何かのつながりも大いに考えられる。この人も素人ではないような気がした。
 出版までの流れをかいつまんで説明した。
「よく分かりました。簡潔な説明は助かります。今まで回りくどい話ばかりで。区切りが付いたら、顔を出してください。食事をしながら、今後の打ち合わせをしましょう」
 D社本社で主人公の社長に自伝出版の意義を説明して、苦労話、ビジネスの信条などをインタビューした。あれこれスムーズに進んで、ほっとした。これで自伝はゴールへ向かうことができる。
 興信所T社に戻った。社長が待っていた。東京支社長の案内で市内の高級割烹へ。出版企画の進行が明白となって、社長は大変機嫌が良かった。
「押し出しも良いし、お宅は素人に見えませんね。ずっと出版関係なんですか?」
「いえ、元々はスポーツ新聞の記者をやってました」
「ほ~どちらの?」
「Tokyo Sportsです。こちらではKyushu Sportsですね」
「えッ、オーナーはKさんですよね? Kyushu Sportsはよく拝見してます」
 Tokyo Sportsのオーナーは玄人筋にはブランドである。それを知っている人は……。
「記者の訓練した人は、我々の業界に向いてます。いかがですか?」
 興信所の社長は冗談とも本音とも判定しかねる話を振っては、グラスを傾けた。
 誘われてもねぇ、雇われプロデューサーまでは良しとして、人の裏側を探ってお金にするのは……などと思考が流れたところで、社長が東京支社長に目配せして、言った。
「おい、あそこへご案内しろ」
「電話を入れてきます」
 東京支社長は2、3分で戻ってくると、
「女の子たちを揃えて、待っているそうです」と。
 あそこ――というのはK市一のクラブ、Aだった。
「いやぁ、そんなクラブだなんて、気を遣わないでください」
「ここまでおいでいただいて、九州のきれい処を見てってくだいよ」

【えッ!? 手榴弾だって?】

 K市の繁華街S区のど真ん中に、クラブAはあった。ゆったり、広々としたスペースだった。中央にグランドピアノがあり、着飾った女性たちが笑顔を振りまいていた。
「この辺りはN組関係の縄張りなんですね? 怖い所もありそうですね?」
「さすがに、よくご存知のようですね。昔ほどじゃありませんよ。それにここのオーナーは、この地区の暴力団撲滅運動のリーダー的存在なんです。私も応援しているんですよ」

 K市訪問から3ヵ月くらいでハードカバーの見た目になかなかの、自伝が完成した。その間、東京支社長とは、打ち合わせと称して、何度か飲んだ。
「本社からの直々の指令ですので……」
 先方には大義名分があったのだ。

 それから、1年くらいたった頃……今日も暑くなりそうだ、と自宅で冷たいお茶を飲んでいると、テレビの朝番組で、物騒なニュースが流れてきた。九州のK市にあるクラブAに手榴弾が投げ込まれ、負傷者が出た、と。このクラブのオーナーは暴力団撲滅運動のリーダー的存在で、悪名高いN組から恨みを買っていた、らしいと。2003年8月1日のことだった。
 何!? この前、ご馳走になったクラブじゃないか‼ 
 その昔、揺れる飛行機にビビッていたら、隣の席の人に、
「飛行機が揺れて落ちるというのは少ない。宝くじの確立ですよ」
 と笑われたことがあった。しかし、宝くじも買わなければ当たらないし、飛行機は乗らなければ、落ちる危険とは無縁……君子危うきに近寄らなければ……である。セーフ‼

【えッ!? Y組の卒業生?】

 2003年の秋に入った頃、自費出版ブランドB社の営業のお偉いさんから電話が入った。
「困ってるんですよ。初校のゲラが出たんですけど、先方は話が違うとご立腹で。なにか普通の人じゃない感じで。関西弁で……誰か寄越せ、の一点張りで」
 契約書類を見ると、著者は足立区の探偵事務所の経営者であった。
 私はまず言った。
「この方は普通の人ではないかもしれません。探偵事務所は普通の人では無理でしょう」
「そんなものですか?」
「金銭がらみのいざこざ、人間関係の調査……危険とも隣り合わせ。修羅場を乗り切る自信が必要。警察のOB、裏筋のOBが多い世界でしょう」
 困った人たちの駆け込み寺。信頼関係の上に成り立つ。探偵事務所のPR活動にjは、著書出版は格好のツールなのである。政治家もよく使う手法だ。政策らしきものを文字にして、単行本の形にする。もっともな事が書いてあるので、選挙民に配れば、票集めには役立つ。これから選挙に出ようという人には、一つの"箔"になる。かくいう私も何度か、助っ人を務めたことがある。こちらであらかじめの目次を組み立てて、著者に語ってもらう。それを起こせば良いのだ。
 アメリカなどは、こうして作られた著書には、著者とライター名が併記される。これで良いと思うのだが、どうも日本の場合は、ゴーストライターの存在を隠したがる傾向にある。この人が本当に書いたのか?……という疑問はあちこちに見受けられる。
 さて本論。困った人の信頼を得て、仕事を展開したい探偵社。これから事業展開となれば、当社はこれが得意です、というアッピールを分かりやすく伝える事ができる著書が必要だ。大手新聞の広告に載れば、かなり有効な”営業ツール”となるはずである。
 足立区で偵事務所を始めたSさん。"営業ツール"として単行本を出すべく、B社の誘いに乗ったのだから、夢とかそいう話ではなかった。契約を取った営業マンから、制作進行の具体的説明が聞けなかったので、怒った。
「おんどれ、ええ加減にさらせ‼」
 と関西弁で地を出してしまったのである。
 案件は初校のゲラが出たところで止まっていた。頼まれたけど、乗り気がしないまま、足立区の探偵事務所を訪問した。当然だ。危険の匂いも漂っている。
「よく来たね。何度も電話したのに埒が明かなくて」
 Bさんは愛想よく迎えてくれた。がっちり系の体、坊主に近い短髪、目は鋭い。私は腹を決めて、進行手順を盛ることなく、説明した。
「最初から、そう言ってくれれば分かるんだよな。皆、回りくどいからついね」
 きれいな、小粋な女性がお茶を出してくれた。
「ン⁉ うちのカミさん。電話の窓口になった時はよろしく頼むわ」
 探偵事務所を開設したばかり、単行本を"営業ツール"と考えているのは間違いない。私は初校のゲラを取り出して、どこを活かしてどこを削り、何を付けたしたいかを聞いた。テーブルの上にゲラを広げ、お互い、手で押さえながら、赤ペンを入れていった。ふと目の前に見慣れぬものが現れた。Sさんの左手小指、薬指の第一関節が無かったのだ。
"やっぱりOBだったのか"と確信した。Sさんはそれに気付いたかどうか分らぬが、ぽつぽつと語り出した。
「関西の大手でいろいろやってましてん。そろそろ、きっちりした商売をやろうと思うて、勉強もしましてん」
 関西の大手……おそらくY組で間違いないようだった。
「商売に嘘はいけません。お宅は簡潔に話してくれたので、すべて了解しました。これからも、よろしゅう頼んます。本がでけたら、飲みまひょか?」
 お誘いは丁重に辞退申し上げた。
 裏筋を経験したことはないのに、なんか良いコミュニケーションができてしまう。小倉の興信所もしかり。飾らずに本音でコミュニケーションすれば良い……単純は話ではないか。相手が怒ったらどうしよう、怒らせないためにどうしたら……気持ちが引いた小細工は、うまくいったためしがないのだ。

 探偵事務所の案件は、その後至ってスムースに進行して完成した。いかつい著者から、完成後、丁重な感謝をいただいた。雇われプロデューサーも悪くない、と思った。

 記者時代、告訴すると脅されたり、家の電話で罵声を浴びせられたり、仕事上の摩擦には枚挙に暇がなかった。その都度、本音を曲げずに持論を通したことで切り抜けてきた。
 それに比べれば、雇われプロデューサーの"火消し"は、
「一体、どんな裏技を使ったのですか?」と恐れられるようなものではなかった。社内では、彼に任せれば何とかなる……という評判が立った。痛しかゆし、ギャラが上がるわけではなかったので、なるべく近寄らないようにした。
 その後も誰もが敬遠した案件を次々と進行させたが、B社直属で契約しないか、という話にはならなかった。それで良かったのではないだろうか。収益を効率良く上げようという仕事だから、本音の生き方はどこかでぶつからないわけがない。

 自費出版は悪い事ではない。良いネタを持っていたり、筆力が優れていた李、発想力が認められたすれば、B社のように自費系ブランドとても、商業出版の道を提案してくれるケースがたまにある。自信があればトライしてみるのも悪くないだろう。
 常に自分を見失なわなければ、貴重な体験となるはずである。

 noteの土俵をお借りして、キャリアでの面白い話を披露させていただいているが、時折、Line上にG社の出版案内が流れてくるようになった。基本は自費と分かっていても、ドキッとするものである。
 さて――。お後がよろしいようで。


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