Vulfpeckの新譜に入ることになった、5年前のカヴァー曲「Poinciana」。5年間の間に起こった、バンドの変化について考察する
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、21回目の連載になる。では、講義をはじめよう。
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Vulfpeck(ヴォルフペック)の2020年のアルバム、「The Joy of Music, The Job of Real Estate」がリリースされることが決まり、徐々にその収録曲が明らかになってきた。
「Bach Vision Test」、「3 on E (feat. Antwaun Stanley)」、「Test Drive (Instrumental)」、「Radio Shack」、「LAX (feat. Joey Dosik)」などが発表されている。さらに、先日eBayでオークションにかけられていた、「誰でもこのアルバムに曲を入れることができる権利」を射止めたファンによる曲も入ることだろう。
という状況で、突然、次の曲に、「Poinciana(ポインシアナ)」が入る、という発表がバンドから成された。
「Poinciana」?
それは5年前、2015年にアップされた、Vulfpeckによるカヴァー演奏の動画の曲名だったはず。
しかし…「Poinciana」は、アメリカでは「懐メロ」として有名な曲である。以前のVulfpeckなら、そしてリーダーのJack Strattonなら、これは絶対にアルバムに収録することがなかった曲だ。Vulfpeckは有名曲のカヴァーをアルバムに入れないというポリシーがあったからである。
(👇2015年にアップされた動画)
「本当にこのテイクが入るのか?」と思っていたら、突然、👆の動画に歌詞を付けた動画がアップロードされた。
(👇2020年の動画。サムネは一緒)
ということは、やはりこのテイクが収録されるようだ。
どういうことなのか、気になって調べてみたところ、今回のアルバム収録に関してではないが、2015年時点のJackのインタビューを発見した。
これを読んで参考音源を聴いてみたところ、興味深いことに、この短い発言のなかに、今回のカヴァーについての全てが詰まっていることが分かった。
と言うわけで本日は、この曲が、そもそもどういう曲なのか?という解説と、なぜ、今回カヴァーが収録されるようになったのか?という考察を行っていきたい。
「Poinciana(ポインシアナ)」という曲について
ではまず、この曲がどういう曲なのか、についてだ。最初は、曲名の意味から入っていこう。
「Poinciana」とは、日本名を「ホウオウボク(鳳凰木)」という、樹木の名前である。
アメリカでは「Flam Tree(フレイムツリー) 」とも呼ばれ、マダガスカルが原産。亜熱帯地方でよく観られる、赤い花と緑の葉のコントラストが綺麗な木だ。
当時は「チュニジアの夜 (A Night in Tunisia) 」や「キャラヴァン(Caravan)」のように、異国情緒を感じさせる曲の流行というものがあり、この曲もそういった流れに乗って知名度を上げていった曲だと考えられる。
1950年代にはジャズピアニストのアーマッド・ジャマルによる演奏が有名となり、これによって「Poinciana」は、「On Green Dolphin Street」などと同じように、「有名映画の曲をジャズマンが取り上げてスタンダードにする」流れも辿ることになった。
アーマッド・ジャマルは「Poinciana」をジャズ・スタンダードとして定番化させたという功績がある(キース・ジャレットも取り上げているほどである)が、
現在、この曲が”懐メロ”として語られるときにまず挙がるアーティスト名は、アーマッド・ジャマルではなく、フォー・フレッシュメンである。
フォー・フレッシュメンは当時流行したコーラス・グループの形態をとったグループで、男性4名によるハーモニーが美しい演奏だ。
この曲は遠く日本にまでたどり着き、「川の流れのように」のサビのメロディーに転用された、とも言われている。
というように、アーマッド・ジャマル、そしてフォー・フレッシュメン。この二つのカヴァーが非常に有名である、という前提を踏まえて、次へと進もう。
Vulfpeckによるカヴァーを解説
では、Jackの発言を思い出してみたい。
まずはビートについてだ。
👇アーマッド・ジャマルのビート
聴き比べてもらえば分かるが、まるっきり同じビートで始まっている。
そして、「フォー・フレッシュメンのアレンジを参考にして」とも発言している。
👇フォー・フレッシュメンのアレンジ
「参考にして」というか、まったく同じだ。
男性4人のコーラスによるハーモニーであるという点だけではない。聴き比べてもらえば、Vulfpeckがこのフォー・フレッシュメンのテイクを音源として聴き、歌い方や構成に関して、それを真似しようとしていることが分かる。
ここまでだと、ただ有名なバージョンの掛け合わせでしかないが、Jackはここに、インタビューで語っている最後の要素を加えることにした。
Vulfpeckの演奏では声がロボットボイスになっているが、これは口に咥えたチューブの先に繋がっている、Talkboxという楽器の音だ。
このロボットボイスで歌うというアイデアは、Vulfpeckによるオリジナル要素である。
演奏者はTalkboxに接続されたチューブを口に咥えることで、シンセサイザーが歌っているかのようなロボットボイスを鳴らすことができる。これの名手が、ZAPPで有名になったロジャー・トラウトマンだった。
(👇ロジャー・トラウトマンについてはこちらの動画を参照)
つまり、
この発言は一切の隠し事もなく、Vulfpeckのアレンジを全て解説し尽くしている。まさに、
①アーマッド・ジャマルのビート
②フォー・フレッシュメンの歌
③ロジャー・トラウトマンのTalkbox
純粋にこの3つの融合で成り立っているのが、Vulfpeckの「Poinciana」だ。
以上を理解したうえで、Jackの発言の最後のひとことに隠された思いと、現在のアルバム収録について、考察を行いたい。
なぜ、今回アルバムに収録されることになったのか?
「それぞれに訴えられることを期待しているよ。」
これは2015年の話、まだVulfpeckがそこまで有名ではない時代に行われたインタビューでの発言だ。
さて、当時のVulfpeckが、どれかひとつからでも訴えられることがありえただろうか?
答えはNOだ。
そこまでの知名度がなかったからである。
文言からも分かるが、当然、これはJackのジョークだ。
そして…アレンジはほとんど、アーマッド・ジャマルとフォー・フレッシュメンの掛け合わせに近い内容である。つまり、有名曲の知名度を利用したアレンジ、と言えなくもない。
Jackはカヴァーで有名になりたくはなかった…そんなひとが、こんな有名曲の、「いかにも」なカヴァーをアルバムに入れるだろうか。
これも、答えはNOである。
つまり、「Poinciana」はレコーディング時からアルバムには入らないことがJackの中では決まっていたと思われる。そのうえで、この録音が関係者のところまで拡散されることはない、と思い、ある種、自虐的なトーンで喋っているのだろう。「それぞれに訴えられることを期待しているよ。」と。
しかし時は流れ、Vulfpeckは変わった。AppleのCMに起用され、有名フェスの常連になり、NYのマディソン・スクエア・ガーデンに自らの力で14,000人を集めることができるまでに成長したのだ。
これが、今回の文脈においてはどういう意味を持つのか?
Vulfpeckは既に「カヴァーでない方法で」有名になったのだ。
そして、そんな今だからこそ…過去にレコーディングしたが、アルバムから外された、「Poinciana」を新作に収録できる。
そう判断したのではないだろうか?
もしかしたら…「有名になったらアルバムに収録しよう」。そんなふうに思っていた、のかも、しれない。
似たようなケースが、実は他にもある。今回のアルバム、「The Joy of Music, The Job of Real Estate(2020)」は、「Poinciana」を含む数曲が有名曲のカヴァーなのだ。
例えば、2016年にカヴァーで録音された「Santa Baby」。
この「Santa Baby」もEartha Kittによる有名な曲、「懐メロ」の一種だ。
「Santa Baby」は、ドラマ「Glee」で歌われたほどの有名曲である。
2016年時点ではどのアルバムにも収録されなかったが、今回のアルバムには晴れて収録されることが決定している。
さらに、2015年のライブで、Bernard Purdieをゲストに呼んで演奏された、ビートルズの「Something」のカヴァー演奏。何のアレンジも施されていない、ライブにおける単純なセッションの様子だが、これも、今回のアルバムへの収録が報じられた。
Bernard Purdieは、JackとTheoを始めとしたVulfpeckメンバーにとって神にも等しいミュージシャンであるため、このテイクがビートルズのカヴァーでなければ、もっと早くアルバムに収録されていた可能性もある。
この「基本的なルール」のうち、後半の「レコード・レーベルとは契約しない」というルールは今も固く守られているが、
「カヴァーをアルバムに入れない」というルールについては、バンドが有名になったことで、少しずつ変化していった…。
私は今回の「Poincinia」などの、カヴァー数曲のアルバム収録を、そんな風に考えている。
おわりに
もっとも、これだけが理由ではないかもしれない。最近の悪疫の流行により、レコーディングで集まるのが難しくなり、年内のアルバムリリースのため、過去曲を出してくる必要があったのかもしれない。
ただ、それにしても、そこで有名曲のカヴァーを入れても大丈夫だ、という判断ができたのは、やはりJackに何らかの心境の変化があったのだと私は思っている。
最後になるが、今回の話の関連動画を紹介して締めとさせていただきたい。
JackがTalkboxを使っている動画は他にもあって、これは2016年、バッハのフーガの技法(The Art of Fugue)の中の1曲だ。
Jackはたびたびバッハの曲を取り上げており、彼の趣味がここから伺える。
この動画で注目すべき点は、👆のサムネイルでも分かるとおり、彼がシンセサイザーを弾いていないというところだ。
通常、ロジャー・トラウトマンの動画で紹介した通り、Talkboxは元となる楽器の演奏――シンセサイザーかギターのリアルタイムな演奏が必要な楽器である。
というわけで、Jackの場合は録音されたシンセサイザーの音を使い、鍵盤のリアルタイムな演奏が不要な状態を作っている。
よく見れば、「Poincinia」での演奏も、誰もシンセサイザーを弾いていない。
ここからも、「Poincinia」とバッハの動画は、同じ演奏手順を辿っていることがわかる。
そもそも、Theoがベースを弾きながらTalkboxを演奏している時点で、何らかのトリックがないと不可能なのだ。
しかも、4声のハーモニーを皆でシンセで弾くとなれば、こんな顔芸はできないだろう。
リアルタイムな演奏を放棄し、顔芸に走る――しかしある意味、これはカヴァーであり、ちょっと力の抜けた、笑い要素の強い動画ですよ、というJackのメッセージでもあるように感じられる。
手を抜いているわけではなく、この動画はこれでいいのだ。
ちなみに、使用したシンセの録音は、こちらのサイトですべてJackが無料公開している。
そして、「Poincinia」は、ファンによるトランスクライブ動画が作成されている。
これもかなり見ごたえがあり、ただ眺めているだけで面白い。ぜひとも、曲を聴いたあとは、この動画で音の流れを追ってみていただきたい。
以上、「The Joy of Music, The Job of Real Estate(2020)」に収録されることになった、「Poinciana」についての考察だった。お読みいただき、ありがとう。
次回は、さきほど一瞬登場した、謎のサイトについて。
「Vulf Stems」とだけ記された、ファン必見のページをご紹介しよう。お楽しみに。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
バンド公認のVulfpeck解説書籍
「サステナブル・ファンク・バンド」
(完全無料)
ファンク誕生以前から現在までの
約80年を解説した歴史書
「ファンクの歴史(上・中・下)」
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