Vulfmonニューアルバム『Dot』徹底解説 /// Jack Strattonが辿り着いたミニマル・ポップの世界
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、55回目の連載となる。では、講義をはじめよう。
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2024年7月、ついにVulfmonのニューアルバム『Dot』の予約販売がスタートした!
今回はQratesではなくDiggers Factoryで注文を受付。USA盤、UK盤、日本盤の3種類を買うことができる。販売期間は7月末まで。
そこで今回はこのニューアルバムについて、いつものように徹底解説を行っていきたいと思う。
それでは始めよう!
アルバム概要
このアルバムはVulfpeck(ヴォルフペック)のリーダー、Jack Stratton(ジャック・ストラットン)のソロプロジェクト、Vulfmon(ヴォルフモン)としてリリースされる3枚目のフルアルバムである。
※Vulfmonについて知りたい方は、こちらの記事を参照のこと👇
前作『Vulfnik』が2023年6月にリリース。そこから2024年7月までにリリースされてきた曲、リミックスをまとめたものが今作『Dot』である。
前作までもVulfmonが自由に、ミニマルにレコーディングしていくアルバムであったが、今作もその方向性は大きくは変わっていない。
ただ、楽曲はさらにポップに、さらにファンキーになっている。
Vulfpeckはファンクの比重が高いためファンクバンドであると言えるが、今作までのVulfmonの曲を聴いてきたなかで総合的に受ける印象は、ファンクというよりはファンキーなポップスだ。Jackはポップスというフィールドのなかでファンキーな曲も書くし、もちろんそれ以外の曲も書く。例えばスティーヴィー・ワンダーのように。例えばマイケル・ジャクソンのように。
そして、それらをすべて、ミニマルなアレンジでレコーディングしていく。今作も、すべての曲に共通しているのは、ミニマル(少人数編成)であるということ――Jackの、Vulfmonのシグネチャー、美意識だ。
そうして作られた『Dot』は――Jack Strattonが辿り着いた、彼独自のミニマル・ポップの世界だと言えるのではないだろうか。
参加ミュージシャンは前作までと同様に、Jackと関係が近いミュージシャン、またコラボを希望したミュージシャンが選ばれている。
前作で全体の半分に参加したLAのシンガーソングライター、Jacob Jeffries(ジェイコブ・ジェフリーズ)は今作でも10曲中4曲に参加。JacobはVulfpeckのライブやレコーディングにも最近頻繁に参加しており、現在、もっともJackの近くにいるミュージシャンである。
また今作では、前作にチラッと登場したLAのシンガーソングライター、Evangeline(エヴァンジェリン)が重要な役割を果たした。冒頭の3曲に参加し、その爽やかな歌声でアルバム全体の雰囲気をポップに仕上げていると言えるだろう。
本作はこの2名、Jacob JeffriesとEvangelineと、Vulfmonのコラボ作だというような見方もできるだろう。それほどこの2名の存在は大きい。
ただもちろん、それらをまとめあげているのは紛れもなく、Jackの、Vulfmonのミニマルな美意識だ。その点において、本作は間違いなくVulfmonのアルバムである――。
もちろん他にも魅力的なゲストが参加し、それぞれ素敵なコラボとなっている。
それでは、各曲を細かく見ていくことにしよう。
1. Got To Be Mine
まず1曲目は、Evangelineとの共作。アルバム全体の方向性を示すような、爽やかでファンキーなポップスだ。
歌詞はおそらく、Evangelineによるもの。こういう場合、Jackは共演者に歌詞も任せるケースが多い。
この曲はJoe DartとNate Smithがリズム隊と書かれているが、実のところは「The Joe Dart II Bass」の動画のために行われた過去のセッションの録音が使われている。
こうやって過去の素材をうまく活かして1曲完成させてしまうあたりも、Jackらしいミニマルさである。
JoeとNateによるファンキーでディスコっぽいグルーヴが、Jackのアレンジ、Evangelineの爽やかな歌とメロディーで見事にファンキーなポップスに仕上がっている。ベースとドラムのグルーヴだけであれば完全にファンクだったので、これはJackが意思をもってポップにアレンジしたと言えるのではないだろうか。
特徴的なぼやけがあるMVは、Kern Paillard(ケルン・パイラード)のレンズを使って撮影されたと動画クレジットに書かれている。過去のJackはiPhoneのアプリでレトロな画質を作ってきたが、ここ最近はリアルなカメラとレンズでレトロな撮影を行っているようだ。
ちなみに、MVのロケ地はロサンゼルス川に架かる「テイラーヤード自転車道橋」とその周辺道路。
2. Letting Things Go
こちらもEvangelineとの共作。完全なデュオ演奏で、ヴォーカル、キーボード、4つ打ちのタップ音だけと非常にミニマルな編成でアレンジされている。
楽曲的にはEvangelineが得意とするメロウなポップ路線で、そのままEvangelineの曲だと言われても納得できるような内容になっている。
冒頭、髪の長いJackと、向かい合って座るEvangelineが一瞬だけ映るが、
これは前のアルバムに収録された「James Jamerson Used One Finger」のラストシーン(セリフ)を引用している。
「James Jamerson Used One Finger」ではEvangelineは最後にひとこと「No」とだけ言う役だったが、そのコラボから発展し、今作はそのふたりのデュオ曲である、という流れが演出されている。服装や髪型は違うが、撮影場所は同じ。
また、「James Jamerson Used One Finger」でも使われていた、本来レコーディングでは使われるはずもない極小のミニマイクを使ってレコーディングされている。これもミニマルさや、画の面白さを狙うJackらしい手法だ。
歌詞は以下のとおり。
歌詞では、ふたりの関係を進ませることに臆病だった主人公の心の変化を描いている。
前半では「私を愛しているなら、早く見せてちょうだい 私はそのままにしてしまうから (if you love me then let it show, cuz i’ve been getting good at letting things go)」と相手の行動を待っている状態だったのに対し、
ラストのヴァースで「離れたくないからあなたに知ってほしい 私はやり遂げるのがうまくなってきたって (don’t want to leave so i’m letting you know, that i’ve been getting good at letting things go done)」と、doneの一語を加えることでふたりの関係を先に進ませる決意を示している。
3. Tokyo Night
本アルバムを象徴するような1曲。Jacob Jeffries、Evangeline、そしてVulfmonの共作となっている。
SaxにVulfpeckのJoey Dosikが参加。
演奏はJacobとEvangelineのヴォーカル、Jackのピアノ、Joeyのサックス、そしてドラムはマグカップや鍋などを叩いて鳴らしているだけと、こちらのレコーディングもミニマルで、かつ画的に面白いものになっている。
曲的にはやはりポップスで、Jackがピアノを弾くにしては珍しいGのキーとなっている。通常、Jackは鍵盤ではDbなど黒鍵が多いキーを好むが、今回は白鍵ばかりで弾いている。
また、曲のブレイク部分でThe Doobie Brothersの「What a Fool Believes」のピアノリフがオマージュされている。
この曲はVulfpeckのライブでさっそくバンドアレンジが披露され、JacobとEvangelineがゲスト出演した。
ちなみに本作では本編動画内に日本語の字幕が入っているが、こちらの翻訳は筆者が担当した。ある日突然Jackから「この歌詞を訳してほしい」とメールが入り、すぐに翻訳して返したところ、そのまま動画内に使ってもらえた、という経緯である。
そこで今回は、Jackに送ったメールに載せた訳文をそのまま転載しよう。
Jackからのメールではこの歌詞の順序だったが、実際の動画ではもう少し歌詞が繰り返しなどで長くなっている。また、最後の「もう一晩だけ、東京で一緒に過ごそうよ!」は実際の動画には字幕として使われなかった(歌詞としては歌われている)。
この曲では非常に貴重な機会をいただき、筆者としては感謝に堪えない。Thank you Jack Stratton!!!
4. It Feels Good To Write A Song
恒例となったJacob JeffriesとJackの共作。それに、VulfpeckのAntwaun Stanleyが参加した、非常にキャッチーなファンク・ナンバーだ。
この3人の演奏にJackが追加でベースを、Mike Violaがタンバリンを叩いているだけと、またもや非常にミニマルなアレンジ。曲構成的にもAパートとBパートをひたすら繰り返すだけとなっており、そちらの面でもミニマルな1曲だと言える。
スタジオは以前から「Radio Shack」などで使われている、シンガーソングライターMike Viola所有の個人スタジオ。Mikeとは「For Survival」で共演して以来、良い関係が続いているようだ。
歌詞は以下のとおり。途中で子ども(Jacobの甥っ子?)たちの声が入っているように、キッズソングとしての側面もある歌詞。だが非常にキャッチーで、一発で覚えられる優れたメロディーと歌詞だ。
5. Little Thunder
前作でも共演したシンガーソングライターのHarrison Whitfordと、Jacobの共作。
先ほどの「It Feels Good To Write A Song」同様、Mike Violaのスタジオでレコーディングされた。
動画の冒頭にちょっとした解説が出てくるのだが、この文章がこの曲を端的に説明しきっていると言える。
ここにあるように、この曲はビートルズオマージュである。「Rubber Soul」(1965)時代の雰囲気を再現しようとして、「Revolver」(1966)のサウンドになった、ということだ。
実際にこのあたりの曲を聴けば、その類似性が分かるだろう。
キャッチーなギターイントロ、メロディー、8ビートのドラム、そしてタンバリンと、ビートルズオマージュとして完成度が高いし、またメロディーも覚えやすくポップスとしても非常によく出来ている。
歌詞は以下のとおり。こちらも散文的でビートルズらしいと言える。
6. Too Hot In L.A. (Vulfmix)
こちらはWoody and Jeremyという、VulfpeckのキーボードWoody Gossが友人のJeremy Dalyとやっているデュオの曲「Too Hot In L.A.」を、Vulfmonがリミックスしたものだ。
原曲ではTheo Katzmanがギターとドラムを担当していたが、その音を抜いて、代わりにJackが演奏し直している。
もともと80'sポップスのような曲だったものが、Vulfmonのリミックス=Vulfmixになったことでミニマルになり、VulfpeckやVulfmonの曲のような雰囲気になった。
WoodyはMVではベースを持っているが、実際にベースを弾いているのはJoe Dart。この曲もポップスだが、非常にファンキーなベースを楽しむことができる。
また、歌詞は以下のとおり。かなり雰囲気ベースのラフな歌詞で、こちらもポップな路線になっているのが分かる。
7. Surfer Girl
こちらはカヴァー曲。原曲はビーチ・ボーイズの「Surfer Girl」。
ゲストは、初共演のDrew Taubenfeld(ドリュー・タウベンフェルド)。ペダル・スティールという、床に置いて弾くスライド・ギターを演奏している。
この曲がレコーディングされた経緯については、動画の概要欄に記載がある。
というように、ジャムセッションで行われた演奏を聴いて、その本人にレコーディングをもちかけた、という経緯らしい。撮影場所はJackの自宅だろうか。このテイクも2人だけのレコーディングで非常にミニマルになっている。
原曲もかなりロマンチックでサーフテイスト満載な曲だが、ペダル・スティールのカヴァーになるとさらにサーフ感が増すように思う。これは非常に良いところに目を付けたと言わざるを得ない。
そしてビートルズのオマージュ、ビーチ・ボーイズのカヴァーと、Vulfpeck本体では見えてこないJackの音楽嗜好が垣間見えるのも、ソロプロジェクトであるVulfmonの良いところである。
8. Nice To You (Little Yacov Version)
こちらは前作『Vulfnik』に収録された「Nice To You」の別バージョン。やはりJacob Jeffriesとの共作である。
全て録り直しているのでリミックスではなく別バージョンなのだが、大きく異なっているのはJacobの歌声がとても高く子どものようになっている点だ。
これはMicheal Jacksonのヴォーカル・モデルを使って、Jacobの声がマイケルの声になるように加工したものだということである。
ジャクソン5を思わせるヴォーカル、またバックトラックもそれを想起させる。非常にクラシックなソウルだ。
歌詞も当時のソウルっぽさ、特に👆の「ABC」をオマージュしていると思わせるような箇所があり、こういった路線もJacobとのコラボ曲が得意とするところである。
ちなみにこの曲は2024年1月9日、NHKの「おげんさんのサブスク堂」で紹介された。
9. Disco Snails
こちらは初共演となる、LAのコメディアン・ミュージシャンのZachary Edward Barkerとのコラボ。(👇Instagramアカウント)
曲名は「カタツムリ・ディスコ」。その名のとおり、レトロなディスコファンクの曲調となっている。
演奏はすべてJackが担当、またストリングスアレンジは他の曲同様にWeber Marleyが担当。このストリングスがまたディスコっぽくて良い。
完全に2人だけのサウンドで完結、またAパートとBパートの繰り返しだけの構成になっている点も、非常にミニマルな曲だと言えるだろう。
こちらの歌詞はなんとJackがVufpeckのXアカウントで機械翻訳による日本語訳をアップしてくれていたのだが、いつものようにすぐに消されてしまった。というわけで、ここでも筆者による翻訳を掲載させていただく。
10. Hit The Target (Vulfmix)
アルバム最後の曲は、Theo Katzmanの「Hit The Target」をVulfmonがリミックスしたテイク。
イントロのシンセは同じだが、そこからが全く異なっている。原曲がシンプルなロックなのに対し、こちらのVulfmixではシンセポップ、テクノのような曲調に変化している。
動画のイントロに「LIVE AT GUITAR CENTER」と書かれているが、これは大手楽器チェーンのGUITAR CENTERで撮影した、という意味だろう。手元とサウンドが全く合っていないので、勝手に売り物のDJ機器の前にカメラを置いて、適当に機材を触っているだけだと思われる。これでMVを完成させてしまうあたり、さすがJackだ。
曲はTheoのヴォーカルが消されていて、メロディーを別の楽器がなぞっている。これはEddie Barbash(エディー・バーバッシュ)のサックス録音を、ボーカル・モデラーに取り込ませて加工したものだとVulfpeckのInstagramに書かれている。バックのシンセは初共演のDave Mackay。
曲調はアルバムのなかでは異色だが、ミニマルでポップだという路線については、この曲においても全くぶれていない。むしろアルバムの最後を飾るのにふさわしい1曲だと筆者には感じられた。
そして、この曲にTheoの声は入っていないが、曲がTheoのものだということで――実にこのアルバムには、Theo、Joe、Woody、Joey、Antwaunと、Cory以外のVulfpeckメンバーが全員関与していることになる。
それは彼らの変わらぬ友情を示しているようで――素晴らしいことだと言えるのではないだろうか。
以上が、Vulfmonのニューアルバム『Dot』の解説である。
記事の最初にも述べたが、このアルバムは2024年7月末までDiggers Factoryで予約注文を受け付けている。
今回はなんと特別に、アルバムジャケット中央の空白に、35000円で自分の名前を入れることができるサービスがある。
Diggers Factoryでの注文方法についてはこちらの記事👇で紹介したので、もし注文する場合はぜひ参考にしていただきたい。
それでは、また次の記事でお目にかかろう。
◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク博士。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。「KINZTO」と並行して、音楽ライターとしても活動しています。
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