Vulfpeck唯一の日本人MVはなぜ撮影されたのか? /// Half of the Way 東京都MV 監督インタビュー
KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、47回目の連載となる。では、講義をはじめよう。
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アメリカのファンクバンド、Vulfpeck(ヴォルフペック)。
だかそのYouTubeチャンネルに、日本人が監督し、東京で撮影されたミュージックビデオ(MV)があるのを知っているだろうか?
実はこれがVulfpeckとしては唯一の、日本人監督の映像作品となる。
タイトルは「Half of the Way 東京都MV」。
「Half of the Way」とは、前述の『Hill Climber』に収録された曲。もともとはVulfpeckではなく、Ryan LermanとLarry Goldingsによる作曲である。2018年にVulfpeckで初レコーディングされ、バンドが演奏するMVも撮られていた。👇
私は長年、疑問だった。なぜこの曲だけ日本人がMVを撮影できたのか?
そもそも、バンドリーダーであるJack Strattonがオファーをしたのだろうか?それとも、どこか別の日本の企業とかの依頼で撮られたものだったのだろうか?
そこで今回は、監督であるShuhey Murataさん(現在はヘソさんとして活動)にインタビューを行い、この「Half of the Way 東京都MV」にまつわる話を詳しく聞かせていただいた。
Jack Strattonとの貴重なやり取り、MVに込められた想い、訳詞と映像に隠されたマジックなど、大ボリュームでこのMVに関する話をまとめてある。ぜひ最後までご覧いただきたい。
それでは、始めよう。
はじめに
――はじめまして、本日はよろしくお願いいたします。まず、自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか?
Shuhey Murataです。今年から名前を変えて、ヘソ(Heso)という名前で活動しています。
僕は主にCMディレクターで、普段はテレビCMとか、ウェブCMとかの演出家として活動しています。
CMディレクターなんですけど、この後、9月から短編映画を撮る予定なので、それが終わったら映画監督って言おうかなって思ってます。今年完成させて、2024年の映画祭に回して、2025年にどこかで公開する予定です。
ミュージックビデオについては、音楽がすごく好きなんですが、あまり気軽に撮ることはなくて。アーティストの方々は本当に、その1曲に人生がかかってると思うんで、そこに応えられる時だけ……熱烈なオファーをいただくか、自分がこれは絶対に撮るんだって思ったものだけをやってきました。
MV撮影までの経緯
――ありがとうございます。では。最初に、Vulfpeckを知ったきっかけを教えていただけますか?
はい。けっこう前で、8年前とか……。YouTubeで、『Mit Peck』(2011)の動画(👇)を見つけて。僕は大学生の時にドイツ語専攻だったので、「mit」が「with」っていう意味だなと思って、それが変な引っかかりになりました。
僕は60~70年代の、英米のロックのサウンドがすごく好きなんです。だからあんまり2000年代以降の音楽は聴いてなかったんですけど、『Mit Peck』を聴いた時にけっこう衝撃を受けて。ただ、その時はなんとなく「いいな」という感じで終わりというか……。
そこからけっこう間が空いて、(2018年に)VulfpeckがAppleのCMで使われましたよね。「Back Pocket」で。
それをたまたま観て驚きました。「こんな、たぶん世界中の誰が聴いても、良いって思えるような曲を作るバンドだったんだ」って。そこからサブスクリプションで聴いていって、そうしたらちょうど『Hill Climber』(2018)が出たんです。
「Mit Peckでやってたことを続けてたんだ。それでこんなに成功して」って思いました。しかも『Hill Climber』は衝撃で、「好きなもの全部入ってるな」みたいな(笑)。そこですごく好きなバンドになって。
――なるほどなるほど。それでは、そこからどういった経緯で2019年に「Half of the Way 東京都MV」を撮影することになったのですか?
ちょうど僕、2019年に独立して。昔いたCM制作会社を辞めてフリーランスになったんです。その時に、せっかくフリーランスになったんだから何か自分でやりたいな……最初のプロジェクトとして、すごく好きな曲のミュージックビデオを作れたらいいな、って思って。
それで、そういうことを周りに話していたら、「じゃあ連絡してみればいいじゃん」って言われて。でも、AppleのCMで使われてるようなバンドの連絡先なんて公開されてないでしょ、と思ってHPを見てみたら……その当時はまだあったんです。HPに、直通のメールアドレスが。(筆者注:現在は削除されています)
それでとりあえず送ってみるか、と思って。僕はこういう人で、こういうことがしたい(Half of the WayのMVを作りたい)っていうのを含めてメールを送ったら……。
これはもう、今回の話の面白さの頂点なんですけど。
その晩にすぐ返事が来て。
しかもめちゃくちゃシンプルな文章で、
「そのアイデア、いいね」
「いくらほしい?」
この2文だけ。それで末尾にJackって書いてあって。
だからもう、パニックですよ。「Jackから返事来た!」みたいな。
それで、(どう返事したらいいか)考えあぐねてしまって。夜中でしたけど、すぐにプロデュースをやってくれた知り合いとかに連絡しました。まずは「Vulfpeckって知ってます?」っていうところから(笑)。
「いや、ちょっと分からないなぁ」「むちゃくちゃいいバンドで。何か一緒にやれるかもしれないんですけど」って言って。
そこでさっきの「いくらほしい?」っていう質問に対するアドバイスをもらって、Jackに返事をして。Jackとも金額の合意が取れたんです。合意した金額は映像制作には少ないものでしたけど、そこは工夫すればいいし。そもそもそんなお金もらえると、僕自身は思っていなかったし、お金なんてもらえなくてもやろうと思ってたんで。
それで、(その金額で撮影を)やりますって返事したら、「じゃあPaypalアカウントを教えて」って返事が来たんです。Paypalアカウントを教えたらすぐに、10分後くらいに振り込まれてました。まだ企画も練っていない、何も始まってない段階なのに。
――すごい話ですね。私も過去にVulfpeckファンブックと『Schvitz』のライナーノーツの執筆の件でJackとメールをしましたが……本当にとにかく返事が早くて、しかも短い。基本的に1行か2行で完璧に返してくる。あと、私の時もPaypalでした。やっぱり一瞬で振り込まれて(笑)。
『Hill Climber』の日本盤が出る記念で「Half of the Way 東京都MV」がリリースされた、とTwitter(現X)に書かれていたので、(日本盤の販売元である)Pヴァインさんからオファーがあって撮影されたのかな?と思っていたのですが……いまのお話、ご自身からJackに直接かけ合っていたというのにはとても驚きました。
そうですよね。Pヴァインさんとお話させていただいたのは、全てが完成した後でした。そもそも、日本盤が出る記念で、っていうのも、Jackが一番最後に教えてくれたことなんです。
もともと撮影したのはけっこう早くて、7月、8月とか……。その後MVが完成したのもすごく早かったです。だから、(動画公開は11月でしたが)Jackにはかなり早めにファイルを送ってあって。
Jackには、「MVを公開する日を決めたら教えてほしい」って伝えておいたら、しばらく経った後に「11月に日本盤を出すから、その時に公開するね」って連絡が来て。それでJackとのメールは終わりでした。
その後にPヴァインのご担当の方から、「Jackから聞きました、MV撮られたんですね。今更ですがありがとうございました」ってご連絡があって。Pヴァインの方もJackからギリギリになるまで教えてもらえてなかったようですね。
Jackとのやり取り
――Jackとのやり取りは、他にはどんな感じでしたか?MVの内容については話し合ったりされましたか?
一番最初のメールで、こういうことを撮りたいっていうのは伝えていました。僕は東京で撮りたかったんですね。東京で、東京のキャストと撮るから、バンドを撮りたいわけじゃないんだ、っていうのをまずクリアにして。そのアイデアに対して「いいね」って返事が来て。
その後、不完全ですけど(撮影する前に)コンテを送って。それも、いいね。
撮影後に編集したものを仕上げする前に送って、それも、いいねでした(笑)。
――そのメールって、短い単語でミニマルに「いいね」だけって感じでしたか?
そうです。「they look great」だけです。(筆者注:Jackはメールで大文字を使わない……これは筆者の経験談)
そんな感じで、何を送っても「いいね」だけでした。直してくれとかも一切なかったですし。
――では、出来上がったものは全て、100%、ヘソさんの意図によるものだということでしょうか?
そうですね。一応、日本語の字幕と、日本語のタイトルを付けてほしいという要望だけがJackからあったんですけど、その内容も含めて全て、こちらで作ったものがそのままOKになっています。
(クリエイターに対して)すごいリスペクトがあるな、って思って。ああいうバンドの形態でやれてるのが納得できました。たぶん、誰とコラボレーションするかをしっかり選んだ後は、個々人を活かしてるんだろうって。アレコレ言わないからみんなついて行くんだろうな、って思いました。
――なるほど、仰るとおりだと思います。また私の話をして恐縮ですが……私の担当した、『Schvitz』のライナーノーツ執筆の時も似たような感じでした。Jackは私に「君は何をやってもいいよ(you have full creative freedom)」とメールしてきたんです。
Jackは日本語が読めないから、私のライターとしての実力なんて知りようがなかったと思うのですが、それでも全権を与えてくれました。とても勇気があって、賢いやり方ですし……それが信頼を生んで、皆がついて行くんでしょうね。
ですよね。同時に、プレッシャーもすごい感じますよね。
――そうですね。ちゃんとやらなきゃ、というのは非常に感じました。……それにしても、我々がJackとやり取りした内容に共通点が多かったのは本当に面白いですね。
「Back Pocket」の影響
――では、次はMV本編についての話をさせて下さい。今回のMVは、曲と映像がとてもよく合っていたな、という印象でした。どうやってあの映像をイメージしていったのでしょうか?
いくつかベクトルがあるんですけど……Vulfpeckに関係ないところから話すと、日本人が監督した2017年~2019年ごろのミュージックビデオって、暗い作品が多かったんです。
特に東京の街でロケする人たちが増えてて、ダークな雰囲気、夜とか地下とかを映したものが多いと感じていたんですね。僕の見てる作品の偏りもあると思うんですけど。
僕自身が東京出身で、もちろん東京はそういうダークな面も持っているとは思いつつ、でもけっこう、大半の人は能天気に生きているっていうムードを当時は感じてたので。
なので、若い人たちも観るような映像、ミュージックビデオとかで、東京の暗い面ばかりを、ビジュアルとしてもコンセプトとしても描いていくっていうことに、すごく違和感を感じていて。
それで、何か(東京の)明るい面を撮るようなものを作りたいという気持ちがありました。
それから、(Vulfpeckの)「Back Pocket」のミュージックビデオ。
あれすごい可愛いな、と思ってて。やっぱり、Vulfpeckとコラボレーションすると、(バンドに)底抜けの明るさみたいなものを感じて、ああいう風に演出するんだろうな、って。
あれは小さいカップルの話でしたけど……あれのもうちょっと成長したカップルの話を、東京でやったら面白いかなって。大人版の「Back Pocket」を作りたいっていうのがあったんです。
僕的にはあのカップルが大きくなって、お互いにちょっとずつ恥ずかしさみたいなものが芽生えた後に、もう一度コミュニティが重なって再会したらどんな感じなんだろう、っていう。
楽曲としても、「Back Pocket」と「Half of the Way」に繋がりを感じたんですね。曲の構造や、歌詞についても。どちらもあっけらかんとしたラブソングですけど、Vulfpeckでは珍しいですよね。
なのでなんとなく、「東京で」「カップルで」と、テーマを決めていきました。
あと、都市開発が進んでる時期に撮影したんで……あのミュージックビデオに写ってる表参道・青山の景色って、ほぼ全部、今は無いんですよ。
看板だけでなく、交差点にあるものもほとんど変わっちゃったし、ふたりが踊るところに映ってる素敵な団地は取り壊されてて……反対側の工事中だったあの景色にも建物が建ってます。
彼女が立ち止まるところ(👇)も、今ではお店が変わって別の風景になってます。
だからそういう(ハンパなふたりという)ふたりの関係と、(都市の風景などのように)変わっていくもの、というのを同時に見せていくってコンセプトがあったんですね。
結果的に、あのミュージックビデオに映ってるものって、あの映像が資料的に保管しているんです。それは結果論ですけど、面白い感じになりました。
――なるほど、それは非常に興味深いですね。
先ほどお話に挙がった「Back Pocket」のMVについては、実は私もお聞きしようと思っていたんです。あまりに類似性があるので、影響を受けられているんじゃないかと。
どちらのMVも、アスペクト比(映像の縦横比)がシネマスコープ(12:5)になっていますが、こちらもご参考にされましたか?
はい。そういう(類似性に)気づいてくれる人に対してのヒントは、できるだけ入れたつもりでした(笑)。
――なるほど、なるほど。やっぱりそうだったんですね。ちなみにテーマとなる街を「東京」に設定した理由もお聞きしてもよろしいでしょうか?
そうですね。明るい東京を撮りたかったっていうのと……あとやっぱり、東京が自分の地元だから、っていうのもあって。
「Back Pocket」のミュージックビデオ、あれを撮ってる人も、あの映像の場所が地元だと思いますし。
大人版の「Back Pocket」を自分が自然に撮影するなら、やっぱり地元である東京だろう、って。
「Back Pocket」のように公園で遊んでた子どもたちは街で遊ぶようになるし、成長したふたりが出てくる場所、っていう意味もあります。だから、Vulfpeckだから、っていうわけではなかったです。
ちなみに、動画のタイトルが「Half of the Way 東京都MV」になってますけど……あれは、なんでか分かんないです(笑)。
――え!? もしかして、あれってJackが付けたタイトルなんですか?(笑)
そうです。最初公開されたとき「なんだそれ!?」って思いましたね(笑)。
――私も、あれは気になってました。東京都が依頼したのかな、とか思って(笑)。
いや、ほんとですよね。Google翻訳とかなんじゃないかと思いますけど(笑)。
――「Animal Spirits」のMVのように、おかしな日本語はJackの得意技ですから……今回もそうだったんですね(笑)。
ファッション /// キスシーン
――今回、登場人物のファッションがすごくステキだったと思っています。それこそ先ほどお話にあった「明るい東京」というものがとてもよく表現されていると感じました。下北沢の古着屋さんのお洋服だとクレジットに書かれていましたが、あれはどうやって衣装を決めていったんでしょう?
ファッションは、石谷 衣さんというスタイリストの方にコンセプトを伝えてアイデアを出していただいて、衣装を(出演者たちに)着てもらったらすごいしっくり来たんです。
今回、信号でふたりの気持ちを表現しよう、と考えてて……信号が、日本語で言うと、赤と青。
それで、中間色はムラサキ。その色を演者に身に付けさせられたら一番いいな、と思ってて。そうしたら、スタイリストさんが一番最初に持ってきてくれたプランがそれだったんです。
だからもう、その考えは伝えずに、いいですねって言って進めました。
――なるほど。あの彼が着ていたムラサキのシャツのことですね?
そうです。だから、彼のほうがちょっとうじうじしてるんだろうな、っていうのが、視覚的に視えたらいいなと思って。絶対誰にも伝わらないこだわりですけどね(笑)。
――ありがとうございます。では、キスシーンについて聞かせてください。今回は、後半の連続したキスシーンもとても印象的でした。本来Vulfpeckは、そういう直接的な男女の表現を避けるバンド(※)なので、結果的にあのシーンは、Vulfpeckチャンネルとしてはとても珍しい映像になっていると思います。あれにはどういう意図があったのでしょう?
※Vulfpeckの作品には感謝祭や、母親の前でも観せられるものを、というコンセプトがある
それもやっぱり、「Back Pocket」の影響からの続きで。あのミュージックビデオでは小さいふたりが「踊る」っていう……すごいピュアな表現ですよね。
それを「Half of the Way」という言葉と一緒に考えたときに、もう一歩……しっかりと大人の階段を上っていくという意味でいうと、やっぱり少し直接的な表現がないと、関係性として「Back Pocket」の数年後を描いているっていうのが見えづらいんじゃないかな、と思って。
もちろん人種とかは違うので、直接的に繋がっているわけじゃないですけど。コンセプトとして「Back Pocket」の次のものを作るとしたら……「Half of the Way」じゃない状態はどこだろう、って考えた時に、しっかりと身体的に接触する表現がいいんじゃないかと思って、ああいう設定にしました。
途中のキスシーンで登場するエキストラは、本当の恋人たちです。それは知り合いにあたってみたり……Facebookとかで、「某アメリカのバンドのミュージックビデオを作るんですけど、人前でキスしてくれる人探してます」って募集しました(笑)。
いわゆるプロのエキストラもあたってたんですけど、何か少し違うと思って。けっこう撮影の直前まで粘って、集まってくれたひとたちで撮った、って感じですね。
意訳の歌詞に隠されたマジック
――ありがとうございます。今、エキストラについてのお話があったので、そのまま製作スタッフやメインキャストの方々について教えていただいてもよろしいでしょうか?
はい。カメラマンとかはずっと一緒にやってるひとで……やっぱり、すごい今回の撮影を面白がってくれて。スタッフも、みんなただやりたいって協力してくれて。やっぱり、Vulfpeck(のMVに参加できる)っていうパワーがすごいありましたね。
メインキャストのふたりは役者さん(※)で。ふたりとも当時もご活躍されていましたけど、今はさらに大きな舞台でご活躍されています。
――では訳詞とタイトルについて……。今回、Jackから日本語訳を載せてほしいという要望があったとのことですが、あれはどなたが訳されたのでしょう?
訳は僕がやりました。めちゃくちゃ意訳ですけどね。
――そうだったんですね!「ハンパなふたり」というタイトルも、素晴らしい訳だったと思います。全体的に意訳だというのも存じていますが、そこも含めて最高でした。
それでは、これで最後の質問です。少し長くなります。
さっきの、意訳に関係した話で……今回のMVは、訳詞と映像の両面で、この曲の新しい解釈を表現したものではないかと思います。
この曲はもともと、VulfpeckではなくRyan Lermanが書いた曲でした。Ryanの原曲では、全体的にもう少し暗く、ナイーヴな雰囲気、曖昧な結末になっていますが、それを明るく前向きに、ハッピーエンドの物語として捉え直しています。
Ryanが書いた英語の歌詞は「僕を中途半端に愛さないで (So don't love me half of the way)」といった部分とか、ちょっと重たく、ナイーヴな表現です。それが「ハンパなふたりはやめにしよう」というように、意訳によって表現がポップになっていたり、また「僕を」ではなく、「ふたりはやめにしよう」といった感じで、原詩よりも前向きで成長した人物像が描かれています。
さらにRyanとVulfpeckのMVでは、ふたりの恋の行く末は描かれていません。破局したのか? ハンパなふたりを卒業したのか? そこは曖昧で、リスナーの想像にゆだねられています。
でも、今回のMVでは赤信号でスタートした交差点が青信号に変わり、メインキャストのふたりがキスをして終わる、といったように、ふたりのハッピーエンドがしっかりと描かれています。
この、訳詞と映像の両面で新しい解釈をして、しかもそれが原曲のサウンドにしっかりと合致していたというところに、このMVのマジックがあったように感じているんです。
私はこのマジックに本当に心奪われているんですが……なぜこのように製作されたのでしょうか?
そうですね……僕自身、ふだんから英語を話すんですけど、英語を話すときと日本語を話すときで、言葉遣い、言葉の意味が変わったり……ニュアンスとか、キャラクターとかも変わると思うんです。日本に生きるアメリカ人の方が、英語で喋るときと日本語で喋るときとではキャラクターが違って見えるように。
だからこれはただ直訳していっても、曲が持っている良さみたいなものは伝わらないだろうな、っていうのが個人的にあって。いい翻訳家の方だったらそのへんもクリアするのかもしれないですけど。
それと、Jackが日本語のタイトルと歌詞を付けてほしいと言ってきた時に、僕は今回のミュージックビデオは、日本のひとに対してのプロジェクトになるんだな、というのを認識したんです。
もちろん原曲のニュアンスは大事なんですけど、「どうやったらこのバンドが良く伝わるか? いいなって思ってもらえるか?」っていうのを考えて……こういうラブソングって、この国のひとたちは好きじゃないですか。
だから、この曲の持つ良さを伝えるために、(意訳や映像などで)完全に日本語版として伝えた方がいいんじゃないか、と思って、製作しました。
なので、それはやっぱり、Jackがスタートですね。日本語のタイトルと歌詞を付けてほしい、という話で、Jackのスタンスが見えたので。
おわりに
――なるほど! 素晴らしいお話、ありがとうございました。最後に何か、ヘソさんからお話しておきたいことなどありますでしょうか?
いえ……最初にお話した、Jackとのメールのやり取り。あの話は自分のものだけにしておくのはもったいないと思っていたので、今回お伝えできてよかったです。
やっぱり何もかも自分でやる(※)っていうのは、あれぐらいの責任と、ああいう明瞭なコミュニケーションが必要だと思いましたし、僕自身もすごく勉強になりました。
※Vulfpeckは自主レーベルで活動し、バンド・レーベルの運営、音源のミックスや動画編集などをすべてJackひとりが担当している
――そうですね。私もJackの仕事のスピード感は非常に勉強になりました。本当にすごい人ですよね。
はい。本質ではないですけど、『Sleepify』(※)とかもすごいし、でもサウンドへのこだわりもあって……ちゃんとミュージシャンもしてるし、でも(活動は)現代的であるっていうのはすごく稀有な存在だと思います。
※2014年のVulfpeckのアルバム。全10曲、完全無音。Spotify収益システムの裏をかき、2万ドル以上を稼いだことが世界的な注目を集めた
音楽か、話題性か、どっちかの人がすごく多いと思うんですね。
――そうですね! まさに仰るとおりだと思います。
少し違う話になりますけど、例えば、ミック・ジャガーも僕からするとそういう存在で。
Jackみたいに、自分の手をどこまで動かして活動しているのかは分からないんですけど、ご本人はすごく戦略的に活動されている面もあるし、ちゃんとブルースミュージシャンでもある。
だから僕はVulfpeckってバンドが好きなんだろうなって思います。Jack Strattonに惹かれるのは、そういうところですね。
――私も、Jackのそういうところに惹かれていると思います。本日は素晴らしいお話、ありがとうございました。
ありがとうございました。
(インタビュー /// 2023年9月12日)
1989年生まれ。東京出身。
TV番組のディレクター、構成作家を経てCMディレクターに。
TVCM、短編映画、ミュージックビデオなど幅広い映像を演出する。
―監督作品―
◆著者 & インタビュワー◆
Dr.ファンクシッテルー
宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。
◇既刊情報◇
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「ファンクの歴史(上・中・下)」